第24話 勝つための条件
(どうすればいい?)
自分で自分に問いかけた。周囲は罠だらけだ。杏子は罠が仕掛けられているタイルを注意深く観察し、他の床に比べて若干魔力を帯びていることに気が付く。普段ならこれを見つけるくらい朝飯前だが、このモール内に充満する黒い霧の魔力が杏子の察知能力を鈍らせていた。
今この罠に気づけたのはこのタイルだけ妙に魔力が強いような気がする。と思えたからでしかない。言ってしまえば偶然だ。だが次も同じ偶然が続くとは思えない。
地雷原を歩いているかのような感覚だった。動けない。いや動けるはずがない。もと来た道を戻るべきか。だがもし、たまたま罠を踏んでいなかっただけだとしたら。迷う杏子だったが突如暗闇からモール内に設置されていた椅子が飛んでくる。
「あぶねっ‼」
咄嗟に避けると椅子は壁にぶつかって粉々に砕ける。
「じっとしてるのは勝手だけど。こっちも暇じゃないんでね」
次々と物が飛んでくる。杏子はそれを避けながら、時に倒れている人にぶつからないように破壊しながらも、防いでいたが最終的にはその場から移動せざるを得なかった。こんな状況でどこに罠があるのかなどわからない。とりあえず怪しそうと直感で思ったところだけを避けて移動を続ける。
しかし右足のすぐ横の床が爆発を起こし、吹っ飛ばされた杏子は下の階へと落ちる。背中から床に叩きつけられ全身に衝撃が走るが、悠長なことはしていられない。杏子めがけて様々なものが飛んでくる。地面を転がりながら避けてすぐに体を起こして移動する。
突如、足に痛みが走ったかと思えば視界がぐるりと回転し、上下が反転した。体が地面から離れ、宙吊りになる。足を見ると棘の生えた触手のようなものが足に巻き付いていた。
「やっちまったねぇ‼」
「ちっ‼」
巻き付いた触手を丁寧に解いている時間はない。追撃が来る前に杏子は自分の魔法で自分の足ごと触手を爆破する。触手が千切れて今度は頭から地面に落ちる。痛みはあるが足は無事だ。まだ走る程度はできる。立ち上がって移動する。
(どうする。どこに行けばいい?)
バックヤードか?だめだ。バックヤード内は広くないはずだが杏子は構造を知らない。今こうして動けているのはショッピングモール内の構造をある程度わかっているからだ。その情報すら手放してどうする。
ショッピングモールの外に出るのもマズい。外は明るく、逃げられる場所も多いがネフィリムが杏子を追って外に出てこなければモール内に籠城されてしまう。そうすれば再び中に入ることは容易ではないだろう。そうなっては誰も助けられない。
今、この場で決着をつけるしかない。
(何とか攻める方に回らねえと‼)
長期戦はこちらが圧倒的に不利。無理にでも攻めに転じるしか勝ち筋はない。杏子は方向転換し、ものが飛んでくる方に向かっていく。椅子や観葉植物など飛んでくるもの全てを拳で砕きながら突き進む。
暗闇の中で自分の五感を最大限まで活用して敵を捉える。
聞こえる。敵の動く音、僅かに乱れた息遣い。そして感じる。杏子からどんどん遠ざかろうと下がって行く一定間隔の風向き。まるで扇ぐような風。翼だ。この風と音は羽ばたきによるものだ。
あと少し先に敵がいる。そんなもどかしさを感じながらも遠ざかっていく敵を全力で追っていく。しかし何と最悪のタイミングか、いや、焦ったがための必然なのかもしれない。床のトラップが作動した。体が大きく横に吹き飛ばされた。
ショッピングモール内に並ぶ服屋の一つに転がり込んだ杏子はすぐに体勢を立て直し、レジカウンターの裏に隠れると店の外の様子を窺う。窺うと言っても数メートル先はもう闇そのもの。確認できるものなどほぼ何もない。
杏子は足に刺さっていた触手の棘を抜きながら頭をフル回転させて状況を整理する。
ショッピングモールが一瞬にして危険なトラップハウスになってしまった現状、非常に厄介だがわかったことが三つある。
一つ、霧は杏子の動きやショッピングモール内の空調の影響を受けていない。魔法で作り上げたものだからだろう。払うことができない。
二つ、敵は黒い霧とともに一瞬であちこちに罠を張った。しかしそれには大きな制限がある。それは恐らく罠の場所を指定できないことだ。もし罠を置く位置を瞬時に選べるのならば、直接杏子の足元に罠を作ってしまえばいい。そうすれば直後に起動する。それをしないのはやはりできないからと考えていいだろう。
三つ、姿を現さないのは正面から戦っては勝ち目がないからだ。こちらを攻撃する魔力がないのか、はたまた魔力探知による位置の特定をさせないためか、魔法攻撃をしてこない。追えば逃げ、今この状況でも追撃してこないのが良い証拠だろう。
つまり敵は無敵じゃない。こんな厄介すぎる状況でもやり方次第で勝ち目はある。しかし、勝つにはこの暗闇の中で罠を攻略する必要が出てくる。
「どうしろってんだよ・・・」
この現状は何の対策もなくどうにかできるものではない。やはり最優先は地雷の除去か。そう考えながらふと上を見上げると、杏子は違和感に気づいた。
(なんだ?ここだけ妙に霧が濃いぞ)
杏子の隠れたカウンターの上、レジの周りだけ妙に霧が濃い。立ち上がってよく見てみると自動精算機に霧がまとわりついている。何故ここだけ霧がまとわりついているのか。杏子は店の中を見回して同じようなものが無いか探す。
ある。気が付かなかったが他にも数か所、霧が濃い部分がある。恐る恐る手ごろな位置の霧のまとわりつくものに触れてみる。
「熱っ!」
すぐに店の照明だとわかった。暗闇に包まれてから、無意識のうちに停電していると勝手に思い込んでいたがそれが間違いだった。ショッピングモール内の電気はどれ一つとして消えていない。ショッピングモール内が暗いのは照明、正確には光を発するものが隠されているからだ。
だから照明も、液晶のついている自動精算機も濃い霧に覆われている。
杏子が左手に魔力を集めると三角形の魔力が妖艶な紫の光を放つ。すると、その光に群がるように霧がゆっくりと魔力の光を包み始めた。間違いない。この霧には光を覆う性質がある。
わかりやすく自分に害をなす罠にばかり気を取られて気が付かなかった。勝つための絶対の条件は罠の攻略ではなく、この霧の特性を見破ることだった。この霧が対処不能な絶対的なものでないのなら、こちらにも勝ちの目が出てきた。
「ナメんなよ。こっちは一夜で魔法の基礎を理解した天才だぞ」
眩い魔力の光を覆い尽くそうと黒い霧がどんどん集まってくる。だが杏子も対抗するように魔力の出力を上げていくことで光を強める。黒い霧を吸い込むように集めていくと少しずつ黒い霧が薄くなっていく。それと同時に周囲の魔力の乱れも消えていく。
「今ならわかるぞ。罠の位置もテメエの位置も」
杏子は服屋から飛び出す。罠を正確に避けて地面を蹴って上の階に飛んだ。明るさが戻りつつあるショッピングモール内の中でようやく、ネフィリムの姿を視認した。コウモリを思わせるような姿のネフィリムだ。杏子は右手の拳に魔力を込める。
「何て強引なっ‼」
ネフィリムが辛うじて避けたことにより僅かに狙いが逸れて杏子の拳は当たらない。
「はずれた!」
「いや、終わりだよ」
ネフィリムの胴体が二つに分かれ、そのまま地面に倒れた。確かに拳は敵に当たっていない。だが杏子の技である『マグブレイク』はそもそも足りないリーチを補うための技。見た目とは裏腹に攻撃範囲が大きく、シンプルな性能であるため破壊力も高い。
必殺技である
そう思っていた。確かに罠と思われるものはすぐに消えた。だが、どれだけ時間が経とうとも黒い霧が消えない。人々も目覚めない。
「まさか、もう一体いるのか!?」
杏子は暗闇のショッピングモール内を走り出した。
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