第19話 魔法少女なんだから

 近接攻撃を主体とするガマティが前に出て、魔法などの遠距離攻撃を主体とするガマドゥスがそれを援護するために後方に位置取るのは道理だろう。そしてまた魔法少女たちが同じように位置取るのもまた同じなのかもしれない。


 有栖は戦いの中でちらりと杏子の方に目をやる。杏子とガマティの打撃による激しい攻防の中、杏子の持っていた鉄パイプが弾き飛ばされた。


「もらったケロ‼ダブルニーケロス‼」


 杏子が武器を失ったことに勝機を見出したガマティは大ぶりな足技を繰り出す。フォローすべきか迷って、トリニティガンをガマティに向けようとしたが、対面している杏子はむしろ拳一つで姿勢を前のめりに頬をかすめるか否かの至近距離でガマティの足技を避けて拳を突き出す。しかし届かない。――と思いきや、次の瞬間、ガマティの右腕が吹き飛ぶ。


 近接攻撃を主体に防御ではなく回避を選ぶその戦いぶりは遠距離と防御を主体に戦う有栖とはまさに対照的。魔法少女らしからぬ戦い方だが、とても有栖に真似できる芸当ではなかった。


 腕を失ったガマティにガマドゥスが駆け寄る。


「本命は魔力で強化した拳、鉄パイプは気を引くための飾りケロか・・・‼」


「ああ。シンプルでいいだろ。技名は・・・現在募集中だ」


 最初から狙っていたのは魔力を込めた拳。しかも外れることを前提とした見た目よりもリーチが長い一撃。明らかに戦い慣れているのはやはり喧嘩ばかりの不良だからか。


「大丈夫ゲロ⁉こうなったらもう一度あれをやるしかないゲロ‼」


 二体の魔力が再び急激に高まる。カエルたちの必殺技である『デスデュエット』の前兆だ。


「アタシの後ろに‼」


 有栖には杏子が何をしようとしているのか、わからなかったがそれでもそう言われて咄嗟に従うほかなかった。『デスデュエット』は名前こそクソダサいが威力は本物。並の防御では完璧に防ぐことはできない。先ほど身をもってそれを知った有栖だからこそ杏子が何をしようとしているのか、そもそも素直に従ってよかったのか若干の不安が募る。


 暗闇に再びカエルたちの不協和音が響き渡る。床や地面に亀裂が走る。追い詰められたことにより、先ほどよりも威力が高いのは明白だった。


『リフレクトミラー』


 その瞬間、有栖は目を疑った。本来自分たちに向けられた『デスデュエット』は当然自分たちに当たるはずだった。しかし放ったその攻撃はカエルたちへと跳ね返ったのだ。不協和音が止んだ時、カエルたちは自分たちの攻撃によってズタボロになり、膝をついた。


終極魔法ファイナルコード パニッシュメント・アイアンメイデン』


 満身創痍の敵に有栖は魔法少女の必殺技である終極魔法ファイナルコードを発動する。するとカエルたちの背後に魔法陣が出現し、そこから現れた黒い不気味な装飾の箱が二体を封じ込める。そうして箱はそのままゆっくりと魔法陣の中に沈んでいく。暗闇に再び静寂が訪れた。


「カエルは倒したし、残党狩りか。ったく本当に面倒だなコイツら」




 あのカエルたちに比べれば、オタマジャクシの残党狩りは楽なものだった。実力の差もあったが、何より数が有栖が来た時よりも明らかに減っていた。状況からして杏子が大量の敵を蹴散らしたというのは考えるまでもない。大量の敵を倒して有栖のもとにたどり着いただけでなく、杏子が参戦した途端にガマドゥスとガマティの戦いに決着がついた。彼女の実力は本物だった。


 三人は閉じ込められていた人々を連れて地上に出た。優花と有栖はそこで初めて、ここが錆びついた無人の倉庫だったと知った。何故ただの倉庫にあんな地下施設があったのか疑問は残ったが、その時は追求よりも、ようやく地上に出られたことと人々を救い出せたことへの安心感が勝った。


 西日が差し込む倉庫で優花に治療される人々を、少し離れたところから見つめながら杏子の隣に立つ有栖は呟くように言った。


「もっと早く辿り着けていれば被害に遭う人は少なかった。そして、もしあなたが来なければ私は負けていたかもしれない。・・・私は選択を間違えた」


 悔しそうに俯いてそう言う有栖の手は震えている。その震えは正義感の強さゆえだろうか。それを見て杏子は少しぶっきらぼうに有栖の頭に手を置いた。


「正しい選択なんてない。それは結果として正しかっただけだ。アタシたちにできるのはやるか、やらないか。その選択だけだ」


 結果など誰にもわからない。だから人間は自分の行動の正しさを求めてしまう。自分の選択が、結果が怖くて、せめて自分を正当化する理由や後押しする理由が欲しいからだ。自分の背中を押してくれるものがなくなった時、選択することがどれだけ恐ろしいか。


「何か一つ違った選択をしていれば確かにもっと良い結果になったのかもしれない。けどお前の選択が救った命もある。だから、お前の「やる」の判断のすべてが間違っていたとはアタシは思わない」


「でも・・・」


「いつまでも落ち込むなよ。魔法少女ってのはいつの時代もめげずに頑張るもんだ。そうだろ?」


 テレビの魔法少女は今も昔もどれだけ困難にぶつかっても前を向いている。時代や環境が変わってもそれだけはずっと変わらない彼女たちの強さ。それは所詮、テレビの作り物なのかもしれないがそれでも杏子たちと同じ心を持っているはずだ。


 有栖は頭に置かれていた杏子の手を振り払うと「そんなことわかってる」という代わりに目元を拭う。杏子もそれを見て安堵の表情を浮かべる。有栖も立ち直り、一件落着と思ったその時。


「マギカ‼シネーィ‼」


 突如背後から聞こえた声に振り返ると両手で岩を持ったオタマジャクシのネフィリムがこちらに飛び掛かってきた。すべて倒したと思っていたが生き残っていた個体がいたのだ。


 杏子は有栖を庇うように自分の後ろに隠す。


 ネフィリムの持っていた岩が当たり、杏子の額に鈍く重たい音が鳴る。岩が砕けるほどの威力だがこの程度の攻撃は魔法少女にとって致命傷には至らない。しかし流石にダメージがないわけではなかった。杏子の額から一筋の血が流れる。


 杏子は拳を力強く握る。突き上げた杏子の拳が顎に直撃し、オタマジャクシは高く舞い上がる。オタマジャクシは全身の力が抜けた状態で地面に落下すると同時に塵となって消えた。一撃で決着がついた。


「杏子さん大丈夫ですか⁉」


「ああ。雑魚のくせに乙女のデコに一発とは罪深い奴だなまったく」


 血は出ているがやはり致命傷ではない。少し擦りむいた程度の怪我だ。魔法での治療などしなくとも普通に絆創膏でも貼っておけば治るだろう。杏子は血を適当に拭う。それを見て有栖は言う。


「杏子、屈んで」


「さんをつけろよ・・・ほら、これでいいか?」


 有栖はペタリと杏子の額にピンク色の絆創膏を張る。


「ふっ、デコ助」


「誰がデコ助だよ。どう見たってプリティウーマンだろ」


 僅かな静寂の後、杏子と有栖は同時に吹き出した。何が面白かったわけでもないが不思議とこぼれた笑みだった。




 その後、杏子は探すのを頼まれていた不良が人々の中にいたことを確認し、救急車を呼んですぐにその場を離れた。攫われていた人々は無事に病院へと搬送されたようだった。オタマジャクシを倒し、人々を救い、頼まれごとも解決した。とりあえずは一件落着だろうか。


「僕が家にいた間にそんなことがねぇ」


 コメットは尻をぽりぽり掻きながら杏子から今日の出来事を聞いていた。


「お前肝心な時にいつもいないよな。もういなくても良いんじゃないか?」


「なっ⁉なんてことを‼杏子ちゃんは僕のありがたさがわかってないよ‼僕がいることによって全体的な華が」


 スマホの通知音が響いた。コメットの長ったらしい話を無視して、杏子が確認してみると登録していない人物からのメッセージだった。しかしそれが誰なのか杏子にはすぐに分かった。


『技の名前、マグブレイクが良いと思う』


 杏子が使う拳を魔力で強化した攻撃、あれにはちゃんとした名前がない。そしてそのことを知っているのは今日地下のあの場にいた人物だけだ。


「小学生センスだな」


 そう言いながらも杏子はオーケーのスタンプを送り返した。


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