第17話 ドキドキ☆暗闇に潜む敵を追え!

 時は少し遡り、杏子がバーへと向かう前、優花と有栖は下水道の中にいた。その理由は杏子が送ってきたメッセージ。それによると下水道に大量のネフィリムがいるらしい。ならば魔法少女として現状を確かめない理由はない。しかし真っ暗な下水道での頼りは魔法による灯りのみ。二人の側を小さな光球がふわふわと浮いて周囲を照らしているがそれでも数メートル先は闇だ。進む二人の足取りは重たい。


「こわぁ、何か別のものも出てきそうだよぉ」


 有栖の腕にしがみついて優花は周囲を見回すが当然照らされていない範囲は闇そのもの。大して意味のない行動なのだが、そうでもしなければこの不安を誤魔化せない。


「おおお化けなんているわけないでしょ。科がっがっ学的に考えて」


 有栖は平静を装っているがそれにしては普段よりも言葉の引っ掛かりが多く、動きも少しぎこちない。見ての通りだが魔法少女であっても怖いものは怖い。戦う力と勇敢な心を持ち合わせているが、彼女たちが未だ十二歳の少女であるということを忘れてはいけない。


「ネフィリムはどこにいるんだろ」


「下水道は広いからノーヒントの推測は難しい。完全な手遅れになる前に気づけたのは運が良い」


 杏子がメッセージを送ってきたから気づいたものの、もしそれがなければ誰も地下のネフィリムの存在に気づかなかっただろう。街にネフィリムが溢れ返れば、街を守るどころの騒ぎではない。こちらはすでに後手に回っているがそれでも敵が本格的に動き出す前にこちらも動けているのはまさに幸運と言うほかない。


「じゃあどうやって敵を探すの?」


「弱いけど魔力の痕跡がある。それを追っていくしかない」


「そんなぁ・・・」


 冷たく湿った空気が張り詰めた下水道の中を二人は進み続ける。一本道を進んできたのだから背後には何もいないはずだが、どうしても振り返りたくなる。もちろん何もいない。敵の気配もない。暗闇に僅かな水音が響くたびに自然と警戒心が高まる。まるで高低差の激しいジェットコースターのように安堵と不安を行き来している。


 そんな状態でどれだけ歩いただろうか。突如、有栖が足を止めた。


「どうしたの?」


「何かくる!」


 有栖は上着の下に隠していた腰のホルスターから三つの銃口を持つ白い拳銃を引き抜くと引き金に指を掛けて構える。それを見て優花もスマホを取り出すとスマホにぶら下がっていたストラップがハートのオブジェの付いたステッキへと変身する。


 身構える二人に向かって前方の暗闇から音が近づいてくる。足音とは違う水面で暴れる魚のような複数の騒がしい音だ。何かが近づいてきている音は聞こえるというのに目視できないという若干の認識のズレが緊張感を煽る。そうして高まる緊張感の中ついにその正体を視界に捉えた。


 初見の印象はサッカーボール程度の大きさの黒い塊。次に、それに水かきのある短い手足としゃもじのような平たい尻尾が付いていることを理解する。それだけ見えれば有栖が対象をネフィリムと判断するには十分すぎた。有栖が白い拳銃の引き金を引くと銃から魔力の弾丸である魔弾が放たれ、ネフィリムを的確に撃ち抜いた。


 後に続いて現れるネフィリムも有栖は正確な射撃で倒した。


「一体何!?」


「カエル・・・いや、オタマジャクシか」


 驚く優花に対して有栖は倒されて塵になって消えていくネフィリムたちを見て冷静に分析する。しかし悠長にしていられるのもつかの間、また奥から何かが近づいてくる。今度は人間のように二本の足で歩く音だが、それが人間でないことはすでに分かり切っていた。


「ただの人間ってわけではなさそうダァ」


 姿を見せたのは人型のオタマジャクシ。カエルともオタマジャクシとも言えない中間の姿。おそらく先ほどの個体たちが成長したものだ。有栖はクラスメイトの男子が遭遇したのはこれと同種のネフィリムであるとすぐに直感した。


 敵を視認した有栖と優花は変身の呪文マギカコードを唱える。


『エンゲージ・マギカ エンチャント・フォルメント』


『エンゲージ・マギカ エンチャント・フルール』


 彼女たちの足元に現れた魔法陣が二人の体を通り抜け光が二人を包む。下水道の闇をかき消すほどの光が消えた時、そこには暗闇に怯えていた小学生の少女たちはおらず、代わりに二人の魔法少女が立っていた。


 有栖は警官帽子のような帽子を深く被ると目の前の敵を威圧するように言う。


「魔法少女マギカフォルメント。あなたを断罪する」


 それに続いて今度は優花が威圧感とは正反対の明るい笑顔で言う。


「魔法少女マギカフルール。お花で笑顔にしちゃうぞ?」


 しばらく下水道内に沈黙がつづく。その時間、なんと五秒。敵同士が向かい合っているとは思えないほど悠長な時間だった。この場の空気には緊張感があるはずなのになんだかとっても気まずい。


「なんで敵を笑顔にする方針なの? ダメでしょ。あ、幻覚作用のある花とか?」


「ち、違うよ!魔法少女は愛と勇気で頑張るもん‼有栖こそ断罪は可愛くないよ‼」


 気まずくなった原因は一体何なのか。二人がやいのやいのと話しているところで存在を忘れられ蚊帳の外になっていたオタマジャクシはしばらくその様子を眺めていたがすぐに我慢の限界を迎える。


「ゲコゲコうるさいんダァ‼」


 二人に向かって飛び掛かった。


「うるさい。すっこんでてて」


 有栖が容赦なく引き金を引き、片手間に敵を倒してしまう。本来の目的であったはずなのに、一体なぜこんなことになってしまったのか。今倒したオタマジャクシも今頃地獄で泣いているだろう。


「わっ!その銃、トリニティガンだっけ? あんまり撃ちすぎないでよ。下水道がボロボロになっちゃう」


「全部当てれば問題ない。とりあえず話の続きは後にしよう。敵が来る」


 複数の足音が下水道内に響き渡り、敵が何体、何十体と迫りくるが二人の魔法少女たちは敵を倒しながら前へと進み続ける。オタマジャクシたちは全くと言っていいほど相手になっていない。攻撃は当たらず、近づくことすらできていなかった。


 敵が攻撃するよりも先に有栖の白い銃、三つの銃口を持つトリニティガンが襲い来る敵の胴体に次々と風穴を開ける。敵は何もできず、ただ力なく倒れていくだけだった。運良く生き残った敵も口から溶解液を飛ばして反撃するが有栖の防御魔法によって防がれてしまう。


 道中、敵の妨害よりも倒れた敵の亡骸が塵となって消えるまで道が塞がれ足を止められることに有栖は煩わしさを感じていた。全ての敵を倒しておきながら生きている敵など眼中にない。一人の魔法少女と数十体のネフィリム、その間にはそれだけの戦力差があった。


「ダメだぁ‼ニゲロ‼」


「ニゲロニゲロ‼」


 圧倒的な強さの前についに一部の敵が逃げ出し始める始末だ。それでも追撃の手を緩めず、引き金を引き続けた。敵を一方的に倒しながら二人がたどり着いたのはマンホール蓋の外れた出口だった。有栖が出口を見上げると見えるのは明るい空ではなく、暗い天井だった。どうやらどこかの室内らしい。


「ここが拠点っぽい。警戒しt」


 言いかけて優花を見ると彼女は通ってきた下水道の道に向かって合掌していた。


「いつまでやってるの?」


「さっきのネフィリムたちだって生きてたんだもん。それくらいはしないと」


 敵を倒したのは有栖であり、優花ではない。彼女はただ有栖の後ろにいただけで手を出していない。いや、だからこそ心が痛むのかもしれない。有栖の知る優花は優しいから。有栖はため息をつくがそれ以上は何も言わず、優花の合掌が終わるのを静かに待った。


 出口を前に二人は改めて気を引き締める。


「注意して。敵が待ち伏せてるかも」


「慎重に上がろう」




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