第28話 那由多さんの昔の知り合い

 金髪のパリピ集団四人組が公園にずかずか入り込んで、ニヤニヤと笑みを浮かべながら那由多さんを見ている。


「ねぇ、那由多だよね?」

「ホントだ~、ひっさしぶりぃ~元気してたぁ~、那由多ぁ~」


 気軽に那由多さんに話しかけてくるが、那由多さんは体を強張らせている。

 完全に彼女は怯えていた。


「———あの、誰ですか。あんたら?」


 俺は立ち上がり、那由多さんをかばうようにパリピ集団の前に立ちふさがる。

 ここで「行こう、那由多さん」と彼女の手を引いて逃げるように公園を出るのは簡単だ。この那由多さんのことを知っているらしいパリピ集団も二度と会うことはないだろう。

 それでも、ここで逃げてしまうとプライドが傷つく。

 恐らく那由多さんにとってこのパリピ集団は恐怖の対象であり、絶対に弱みを見せたくない相手だ。そんな相手に対して明確に逃げたという行動を取れば、彼女の心の中にしこりができる。嫌な相手にまた、自分の弱いところを見せてしまったという負い目ができる。

 だから、嫌な相手に対して正々堂々と迎え撃つ必要があった。


「え、イケメン……え? 那由多、コレ彼氏?」


 右耳にピアスを開けているギャルが、俺の顔を指さす。人のことを〝コレ〟呼ばわりしたり、相手を不快にさせるとわからずに平気で指さしたりする様子からも、あまりいい人間ではなさそうだ。

 那由多さんは心配そうな声色で「黒木君……」と俺の名前を呼んで服の袖を引いていた。


「あんな根暗だったあんたが彼氏ぃ~⁉ それもこんなイケメンのぉ~ありえねぇ~!」


 ピアスの隣にいる泣きボクロを付けているタレ目の女も馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを浮かべて俺と那由多さんを交互に見る。


 ———なるほどな。そういう関係か。大体わかった。


 パリピ集団と那由多さんは昔の知り合いで、パリピ集団は恐らく彼らとしては親し気に那由多さんに話しかけているつもりなのだろうが、那由多さん自身は彼らのことを二度と顔を合わせたくない相手だと認識しているようだ。じゃないとパリピ集団は那由多さんの姿を見かけてわざわざ近寄ってこようとはしないし、那由多さんもこんなにパニックに陥って縮こまったりしない。彼女はもっと堂々とどんな人相手にでも優しく接することができる人間だ。

 そこから導き出される結論として———彼女らは那由多さんをいじめていたヤツらだ。

 那由多さんは昔よく虐められていて、そのときに俺が助けたことがあるとも言っていた。

 いつまでかは知らないが、少なくとも彼女には虐められやすい時期があった。顔が可愛いくて気弱で、そういった悪意を跳ね返す力がなければ、たやすく一方的に加虐を受けてしまう。

 そうだと仮定し———俺は、


「そうですよ。俺が〝愛〟の彼氏で、同じクラスの黒木卓也と言います」


 奴らに向かって、怒りを抑えて優しく微笑んで挨拶をした。

 あえて、下の名前を呼んで。

 その様子にパリピ集団は毒気を抜かれたように目を見開き、


「愛って、名前呼びしてるんだぁ~。ヒュ~~~」


 口笛を吹く右耳ピアス。そして彼女は片手を上げる。


「ウチ、小学校の頃のそいつの友達で安藤っていうの。こいつは鈴木で、後ろの男どもが田代と宮之原」


 ピアスの安藤さんは、どうでもいい情報を教えてくれる。何でも泣きボクロの彼女は鈴木らしくて、後ろのヤンキーっぽい男どもが田代と宮之原というらしい。

 名前を呼ぶことはないだろうから、直ぐに忘れよう。人間の脳は無駄な情報はすぐに忘れるようにできているのだから。


「そう。よろしく。で、見てわかる通りデートの途中なんだ。邪魔しないでくれるかな?」


 圧を込めた笑みを向ける。

 こっちは不愉快な思いをしているという空気を全身から醸し出す。すると鈴木と後ろの男どもは察してくれたみたいだが、恐らくリーダー格である安藤は全くこちらの気持ちを察することなく、


「え、いいじゃんちょっと話すぐらい。昔の友達なんだからさ」


 食い下がって来る。

 まったく……すこしこの安藤という子はわからずやの様だ……。


「悪いね、安藤さん。俺は嫌なんだ。可愛い彼女とのデートの最中に他人がズケズケ入って来て、雰囲気を壊されるの。君だって嫌だろう? ちょっと想像してみてよ。自分が好きな男と一緒にいるときに知らないおっさんが君をナンパしに近づいてきたら、メチャクチャ嫌な思いするだろ?」

「や、あたしオッサンでも那由多をナンパしに来たわけでもねーし」

「俺にとっては、同じようなものだよ。邪魔されてるのには変わりない」

「あんたちょっとムカつくね」


 安藤がじろりと俺を睨む。


「まぁ、君も俺をちょっとムカつかせているから、おあいこってことで。別にいいでしょう? 見たところ那由多さんとは久しぶりに会うみたいだし、お互い普通に暮らしていたら今後顔を合わせることもない。今回みたいに君が近づこうとしない限り、こっちからは絶対に近づかない。そしたら君がイライラすることもない。これ以上不愉快な思いをする前にこのまま別れませんか?」


 本心から言うと、那由多さんを虐めていた連中なのだから、それ相応の報いを与えたい。

 だが、あくまで彼女らがいじめっ子というのは俺の仮定で、彼女らもまだ那由多さんに危害を加えていない。この時点では先にこちらから攻撃するわけにはいかない。そうなればあっちに正当性を与えてしまう。

 だから、最小限度の接触で終わらせ、別れることにしようとする。

 安藤は渋々俺の言葉を飲み込んだようで、一歩後ろに下がった。


「チェ、何だよ。せっかくうちらが世話してやんないと何もできなかった根暗オタクが元気にしてるか。様子を見に来て上げたって言うのにさ」


 唇を尖らせて、安藤はそんなことを言った。


 ———オタク? 那由多さんが?

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