第20話 火花を散らす二人

 ぎくりと、心臓が跳ねた。 


「うそ———っていうのは?」

「あんたと那由多……愛さん……だっけ? 二人はまだ付き合ってない、でしょう? あんたがこんなに早く、こんなに可愛い彼女ができるわけないもんねぇ……」

「嘘じゃないよ。じゃないと男の子の部屋に来たりはしないでしょう? それに、私たち明日デートに行く約束を取り付けているの。彼氏彼女だから」

「デートォ……? 本当に?」


 陽子の疑わし気な眼差しが俺に向けられるが、本当の事だ。

 俺はコクコクと頷く。


「ふぅ~~~~~ん……」


 疑わしな眼差しを向ける陽子。


「ねぇ、陽子ちゃん」

「ん?」

「———私たちが付き合っている付き合っていないって……陽子ちゃんに関係ある?」

「—————ッ!」


 空気が凍り付いた。

 那由多さん……かなりぶっこんできたなぁ……。

 陽子は顔を赤くして、怒り心頭の様子で唇を震わせる。


「関係———」


 ないな……。


「———ある!」


 いや、ないだろ!

 空気が空気なので言葉に出して突っ込むことはできなかったが、陽子はあくまでただの幼馴染の関係、それ以上の関係になりたかったのに、拒否したのは彼女自身だ。


「———私とこいつは幼馴染だからよ」


 だが、そのことを陽子は、そのことだけを振りかざす。


「こいつの昔馴染みとして、ちゃんとした相手と付き合っているか審査する必要があるの!」

「ふぅん……そんな資格、陽子ちゃんにあるのかなぁ……」

「ある!」

「ただの幼馴染なのに?」

「ただの幼馴染だから! ずっと私はこいつのことを見てきたんだから!」


 ビシッと俺を指さし、


「それはもう、家族みたいなもん! こいつは私にとって弟みたいなものなんだから、だから姉として、あんたがこいつにふさわしいかどうか、ちゃんと見てやらなきゃいけないのよ」


 陽子がニヤリと笑った。さっきのセリフは考えながら喋ったんだろう。理屈がメチャクチャだ。それでも何とか彼女自身が満足いく筋を付けられたようだ。あの笑顔はそういう感情の表れだろう。


「姉……なんだ。陽子ちゃんは」

「そ、そうよ! 家族みたいなものだから、ちゃんと世話を焼いてあげないと……」

「じゃあ、陽子ちゃんは〝絶対に〟黒木君と付き合うことはないんだね。あぁ~……安心したぁ~」


 わざとらしく胸を撫でおろす那由多さん。

 ヒクりと陽子の眉が動く。


「じゃあしっかりと私が黒木君にふさわしいか見届けてね。陽子お姉ちゃん」


 バッチバチに、那由多さんと陽子はやり合っていた……。


 ◆


 飯を食い終わり、片付けもひと段落したところで、俺は那由多さんを送ってやることにした。

 俺の部屋から那由多さんの家まで50メートルも離れていないので、わざわざ送るような距離でないのだが、ぼっこぼこに那由多さんに言い負かされた陽子と二人きりでいたくないというのと———那由多さんが食事の時も片付けの時もチラチラと俺の顔を見て何やら言いたいことがありそうな感じだったので、俺はそれを察して家まで送ろうと申し出たのだ。


「……ごめんね。嘘言っちゃって」

「さっきの、付き合っているってこと?」

「うん」


 静かに那由多さんが切り出し、歩きながら喋る。


「別に……嬉しかったけど……でも何であんなことを言いだしたの?」

「やっぱり、怒ってたから、かな」

「怒ってた?」


 それは、陽子に対してだろうか?


「うん、私には陽子ちゃんが今更カッコよくなった黒木君にすり寄っているようにしか見えなかったから。今更遅いんだぞ……って言ってやりたくなっちゃって……」

「…………」


 まぁ、俺もそれは少しだけ思った。

 こんなに早く陽子と再会するとは思ってもみなかった。もしかしたら、振っておきながらいざ本当に自分のことを想っていないと名残惜しくなったのかと邪推もしてしまった。


「———ねぇ、黒木君。私はこんな形で君と付き合いたくはないんだ」


 夜空を見上げながら、那由多さんは言う。

 月が雲に隠れている夜空を———。


「ああ、俺もこんななあなあで付き合うことになるのは、嫌だ」


 もっとドラマチックな感じで告白して付き合いたい。


「だから、仮———ね?」

「仮?」

「陽子ちゃんがいる間だけの仮の恋人同士。絶対に陽子ちゃんに諦めてもらうため———の」

「諦めてもらうって……」

「………明日のデート、ラブラブなふりをして、陽子ちゃんに見せつけるの。そして完全に陽子ちゃんの心を折って諦めて帰ってもらおう。ね?」


 こちらを見る那由多さんの微笑に若干の圧を感じる。


「あ、あぁ……」


 俺はそう答えることしかできなかった。

 今日は雲が多く、月はずっと隠れたままだった。

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