第12話 私、異性だから三人とは違うよね

 自称吸血鬼という女性と会った後も静香の日常は、昨日と変わらずに続いていく。

 今日も学校へ行く準備をし、朝ご飯を食べ、身だしなみを整えてから学校へと向かう。


 昨日は自分が静江の生まれ変わりだと言われて困惑したが、そもそも静江など身に覚えがないのだから気にする必要なんてない。


「おはよう、帆波ちゃん」

「おはようございます静香」


 昇降口でたまたま帆波と会い、お互いにあいさつを交わす。


「ふぁ~ん……すみません。欠伸が出ちゃいました」

「ううん、別に大丈夫だけど珍しいね、帆波ちゃんが寝不足なんて」


 可愛い欠伸をする帆波。恥ずかしがる帆波もこれはこれで可愛い。


 よく見ると、薄っすらクマもできている。


 いつも真面目で規則正しい帆波が寝不足なんて、珍しいこともあるものだ。


「ちょっと前世や生まれ変わりについて考えていたら寝不足になってしまいました」

「帆波ちゃんがそんなこと考えるなんて意外だったな。帆波ちゃんってリアリストのイメージだったから」

「私も本気で前世や生まれ変わりのことを信じているわけではありません。ただ前世や生まれ変わりを信じている人がいるのも事実です。私とは違う価値観に触れるのは新鮮で、知的好奇心がくすぐられて楽しいですよ」


 真面目でリアリストの帆波が前世や生まれ変わりという非現実的なことを考えていたことに驚く静香。


 帆波自身も本気で前世や生まれ変わりを信じているわけではなく、そこは静香も同じだった。


 そもそも、静香の記憶は生まれてからの記憶しかなく、それ以前の記憶はないからだ。


「……それはちょっと分からないかも」


 自分とは違う価値観に触れることは楽しいと帆波は言う。


 頭が良い人は考えていることが違う。


 静香は、その帆波の価値観を理解することができなかった。


「それも一つの価値観です。私も静香の考えを理解できない時があるので静香のその気持ちも分かります」

「なになに~、天音ちゃんは最高に可愛くて優秀でスーパーな友達だって~。えへへ、照れるな~」

「そんなことは言ってません。静香、私にとって一番理解できない人間が天音です。この思考回路はいつになっても理解できる気はありません」


 帆波にとっての普通が静香の普通ではないように静香の普通も帆波の普通ではない。


 クラスで一番頭が良い帆波にも静香の考えが分からない時があるということに、静香は内心驚いた。


 その時、後ろから二人のことを抱きしめながら話しかけてくる。


 もちろん、こんなことする人は一人しかいない。


 天音だ。


 天音のウザ絡みに帆波は辟易そうな表情を浮かべる。


「私、理解、できない、人間」

「大丈夫だよ天音ちゃん。人はみんな価値観が違うから」


 帆波に思考を理解できないと言われた天音はショックを受ける。

 そんな天音が可哀そうになった静香は精一杯のフォローをする。


「静香も真に受ける必要はありません。ただのオーバーリアクションです」

「テへペリンコ」

「ほら」

「ホントだ」


 帆波は最初から天音のオーバーリアクションだと分かっていたらしく、反応が冷たかったらしい。


 それは本当のようで、天音はふざけた表情を浮かべている。


 それを見た帆波がさらに呆れ、静香も納得する。


「二人って幼馴染みたいだよね~。息ピッタリだし」

「怖いこと言わないでください。天音とは高校からの仲ですよ」

「そうそう、でも帆波ってノリが良いから冗談言っても面白いんだよね~」


 まるで幼馴染のように息ピッタリなやり取りに感銘を受ける静香。


 これが出会って一年の仲だと誰が信じられるだろうか。


 天音的には帆波はからかいやすい人種らしい。


 ニヒヒと笑っている。


「あっ、月だ。おはよ~」

「お、おはよう天音ちゃん」


 教室に入ると、月はもう登校していたらしく自分の机に座っていた。


 月の姿を見つけると一目散に抱き着く天音。

 月は少し動揺したが、別に嫌そうではなかった。


「おはようございます月。天音もいきなり月に抱き着かないでください。月は異性なんですよ。少しは異性との距離感を考えてください」

「別に良いじゃん。月は嫌がってないんだし」

「それでも異性との距離感は大事なんです」


 いきなり異性に抱き着く天音を帆波は叱る。

 天音的には不服らしく、唇を尖らせながら反論する。


「……異性か……そうだよね。私、異性だから三人とは違うよね」

「おはよう月ちゃん。どうしたの? なにか悩みごと?」

「ううん、おはよう静香ちゃん。今日はメアリーさんに待ち伏せとかされてなかった?」

「うん、大丈夫だったよ。ストーカーとかにならなくて良かったよ」

「それは良かったね」


 帆波はなにか言っていたような気がしたが、声が小さくて静香は聞き取ることができなかった。


 だからもう一度聞きなおそうとすると、そこにあまり触れてほしくないのか強引に話題を変えてきた。


 今日の朝はいつも通り平穏だったため、メアリーのことはすっかり忘れていた。


 特になにもなかったことを伝えると、月は安堵の表情を浮かべる。


 他人のことも自分のことのように心配してくれる。


 月は本当に良い女の子だ。

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