第11話 安全地帯を目指そう!
「とにかく進みなさい! そっちじゃないわよ!! もっとあっちよ!!」
クレメンタインが中央で叫ぶ。
僕らとしては後方になるのだが、全体がクレメンタインを囲む円のような陣形になっていた。
だからまるでクレメンタインが女王のような位置にいるようになる。
正直、クレメンタイン自身はどうでも良かった。
ただ円になった事で、防御はしやすい陣形になっていた。
目の前にはワラワラと大量のレッサーオリジンがいる。1匹が尻尾を引いた。力を溜めているのか。もうすぐ飛び出すように突き出してくるだろう。
きた。
「--クッ!!」
僕はヒビの入ったロングソードで受けた。
鈍い音が聞こえるがそれだけだった。
続く音は何一つない。
つまり目の前だけに集中すれば良かった。
横は他の人間が対処する。
守備は固くなった。
ただ移動速度は尋常じゃないくらい遅い。
僕らはどうにかリーブルの戦闘音のするところに移動しようとしていた。
しかし誰かが指揮をとっている訳でもない。全体が流れるように動く訳ではない為、若干の行ったり来たりを繰り返しながら、皆が方向を定めていた。
早いハズがなかった。
実際何度か、あっちだの、こっちだのとクレメンタインから指示はあった。
もちろんクレメンタインの指示なんかを僕らが聞く訳がない。
彼女を一番に守る事は契約で縛られていても、指示を聞くなんて義理は果たす必要がないのだ。
ましてや、クレメンタインは指揮官としては最悪だった。
一人の男が、レッサーオリジンの尻尾に刺された。その時、その男は腹を串刺しにされていた。そのままクレメンタインのところに投げられた。
血を撒き散らしてクレメンタインの側に転がる。いくつかの血液がクレメンタインに付着した。
すると彼女は、その血液を指で触ると圧倒的な嫌悪を示した。
「はあ? なに? 何を死んでるのよ? こんなに血を撒き散らして。汚いったらありゃしないじゃないの。死ぬなら向こうのほうで死になさいよ!」
仮にもクレメンタインの為に死んだのだ。
もちろん死んだ男も忠誠を誓っていた訳ではないだろう。
どころか嫌々やっていたと思われる。
それでもクレメンタインを守る為に死んでいるのだ。
その時、僕は思った。
死ぬしてもここで死にたくはない、と。
クレメンタインの為に死ぬなど、もっての他だと。
おそらくここにいる殆どの人間もそう思ったのだろう。
それ以降、皆、気迫が違っていった気がした。
寄せては返す波のように、レッサーオリジンが何度も襲いかかってくる。
しかし、どれだけタイミングをずらされようと、殆どの人間がその場で最大の対処をする。
移動の遅ささえ除けば、ある意味最強の布陣だった。
「ねぇ!! いい加減動きなさいよ!! ここでじっとしててもジリ貧よ!!」
クレメンタインがまた中央で叫ぶ。
--うるさい。
そんな事は分かっている。
しかし、レッサーオリジンが移動をうまくさせてくれないのだ。
誰かが突出しようとすると、そこを確実に攻めにくる。だから前に出れない。前に出れないから動けない。
そんな事が延々続いていた。
「だ、か、ら、こっちじゃないって言ってるでしょ!! 真反対!! あっちよ!! あっち!!」
しかしやはり僅かには移動できている。
クレメンタインの位置からだと、見えているようだった。
完全に明後日の方向のようだが。
ふと、疑問を感じた。
……完全に明後日というのは、おかしくないだろうか。
少なくとも行きたい方向は決定されている。
ある程度は皆も理解はしているだろう。
うっとうしいにせよ、クレメンタインも方向については言及をしている。
にもかかわらず、真反対に動くというのはどういう事なのだろうか?
ゾッと寒気がした。
自分の知らないところで、何かに動かされているのではないか、と
マズイ事が起こるのではないかと、何かの直感がそう告げていた。
僕は思考する。
動かされているといっても何に……?
突然、目の前のレッサーオリジンが
僕がこんな時に考え事をしていたのが、誤りだった。
--マズイ。
--死ぬ。
目をつぶってしまった。
………………。
…………。
……。
何も起こらない。
おそるおそる目を開けてみる。
レッサーオリジンは
襲ってはこない。
それにしては、タイミングがおかしい。狙えるなら、常に必殺を狙うのが野性の生物のような気がした。
違和感を覚える。
何故、僕のところに今、襲いかかってこないのか。
生物ならば、もっと烈火の如く襲いかかってきても良いハズだ。
しかし、やってこない。
つまり前提が間違えているのかもしれない。
生物ではない。
それがレッサーオリジンなのかもしれなかった。
また僕は虫に似ていると評した。
けれど、それは評価として誤っていた可能性がある。
虫なんかよりもっと高度な知能を備えている可能性があった。
--考えたくはないが。
--……あるいは人間よりも高度な可能性も。
「……なんだ、あれ?」
円陣にいる誰かが、ポツリと呟いた。
そんな言葉が聞こえて、僕は思考から現実に戻ってくる。
周りを見回す。
気がついた。右斜め後ろだ。
確かにおかしな物があった。
いや、厳密に言うとここは先ほどの戦場とほぼ変わらない。
しかし、大きな
ほぼ半球上の為、その
入り口こそ大きいが、中身がどうなっているかなんて殆どわからなかった。
「うわツ!!」
群衆の中の一人が声を上げる。
僕らの左斜め後ろの陣形が崩れかけているようだった。
僕らは右斜め後ろに下がりながら、移動する。
その移動はあの
それを自覚した瞬間。
僕の目の前のレッサーオリジンは猛攻を仕掛けてきた。
尻尾がくる。弾く。
どうにかまた僕はロングソードを構えるが、同じような猛攻は止まらなかった。
今、全体の流れは分からないが、右斜め後ろだけ猛攻にさらされていないようで、僕らにとって右斜め後ろにジリジリと移動させられているような状態だった。
どう考えてもマズイ。
しかし、どうする事もできない。
全体の流れが止まらない中で、どうやら右斜め後ろの何人かが、その
そして、その中の一人が大声で言う。
「皆んな、中には何にもない!! 特に入っても問題なさそうだ!! 一度、ここで体勢を立て直そう!!」
「はぁ!? 何を言ってる訳? そんなところに入っていい訳ないじゃない? あなた達何を--」
クレメンタインの言葉は途中で
群衆の中の一人が、クレメンタインを担ぐ。
どうやら、皆んなあの
正直、気持ちは分かる。
もう体力的にも精神的にも限界が来ていた。
どこかで体勢を整えられるなら、整えたい。
だけど、現状はクレメンタインに賛成だった。ここに入っていいとは全く思わない。
明らかに何か仕掛けようとしていると思えたのだ。
皆が中に入っていく。
クレメンタインも担がれながら行く。
クレメンタインが行く以上、僕も行なければ、契約破棄になるかもしれない。
僕も渋々その
その水晶の
またその
そしてその人工的なような
左斜め後ろを攻めていたレッサーオリジン達が止まった。
レッサーオリジン達は大きな入り口のところにびっしりと整列している。
整列していて音は立ててない。
気味の悪い光景だった。
四方の入り口のところを見ると、どの入り口もレッサーオリジンがびっしりと整列していた。
まるで僕らは
無音が続く。
ピンと空気が張り詰めているような気がした。
凄い緊張感だった。
その緊張感に耐えきれなくなったのか、一人の男が叫んだ。
「んだよ!! なんか訳ありみてぇにこんなところに押し込められたけどよ!! 何もしてこねぇじゃねぇか!! これだけだってんなら、さっさと退きやがれ!! 邪魔なんだよ!!」
その、一瞬あとだった。
その叫びに呼応したのか、レッサーオリジン達が騒ぎ始める。
水晶と水晶を擦り合わせたような、鈍くて嫌な音がした。
それも四方の入り口からだ。
雄叫びを上げているんだろうか。
ただただ、悪寒のみが張り付く。
何が起こるんだ、と周りを見渡そうとした瞬間。
レッサーオリジン達が四方から、うじゃうじゃと入ってきた。もちろん雄叫びを上げている。
怖いなんてものじゃない。
一気に来る。
覚悟を決めるしかない。
ここで迎撃するのだ。
そう思って目の前の近づいてくるレッサーオリジンに対して構えた。
ロングソードを握り直した。
その数瞬後だった。
ピカッと目の前のレッサーオリジンが光ったのが分かった。まるで雷のようだ。
そして続けてその後ろにいるレッサーオリジンも。
僕の視界にいたレッサーオリジンはおそらく全ての個体が光ったようだった。
しかし認知できたのはそこまでだった。
一瞬で視界全体が白くなる。
何も見えない。
何が起きたのか頭が追いついてこない。
--何が起きている? 一体何が? だって、なんだこれ? こんなの--
頭は整理がつかないままだった。
「--目がぁぁぁー」
そんな絶叫が聞こえた。
「--何だコレ!? 何だコレ!? 何だコレ!? 何だコレ!?」
あるいは完全に混乱しきっている声も。
阿鼻叫喚とはまさにこの事だった。
「いやぁ!? 何、これ!? ねぇ、何なの!? 何も見えないじゃないの!?」
明らかにクレメンタインの声だった。
僕の後方。彼女もまた悲鳴に近い声をあげていた。
「ふざけないで!! ふざけないでよ!! 私の奴隷たち!! いるんでしょ!? 早く私を守りなさい!! 契約破棄になるわよ!!」
正直、行きたくても行けない。視界も見えないし、頭の中が全くまとまらないのだ。
歩行もおぼつかない為、歩ける気がしなかった。
「ねぇ、早く!! 何よコレ!? 本当に何な--」
クレメンタインがそう叫んでいた。遮るようにグシャと音がした。
何かがひしゃげた音だった。
クレメンタインの声が続かない。
つまりはそういう事なのだろうか。
他のところからもグシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャと、聞こえる。
切断されたかの、刺されたのか、あるいは踏み潰されたのか。
一体どれほどの音が聞こえたのか分からないところで、僕の眼球がようやく視界を取り戻せそうになっていた。
まだ僅かに白い。
けれど、見れない事はない。
そう安堵しかけた瞬間。
目の前に大きな影が現れた。
間違いなくレッサーオリジンだろう。
何かを振りかぶっている。
--マズイ。
僕は握っていたロングソードを構える。
僕のロングソードが何とか間に合った。
しかし同時にギャリっと金属音がした。
割れたロングソードごと、
声にならない声が出た。
左肩が熱い。
感覚がないと思える。
見たら肩から先はついてはいたが、あまりの痛みに感覚が飛んでいるようだった。
--ころ、される。
自覚した瞬間。
また
僕はこんなところで終わるのか。
ただただひたすら悔しい思いだけが、胸をついた。
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