日傘をさしての犬の散歩

 天気も良く、順調に進んで、本番当日。

 応援に来てくれた人々や、以前のクラブの人たち、ギャラリーも多少はいる中の本番前です。

「あ! あれあーこじゃない?」

 と、驚いている人もいて、私はちょっと誇らしく思いました。

 あーこもついにここまで来れたんだな、と思うと感無量です。

 来年からは、私もチャレンジして、そして、誰が乗っても競技に出られるような馬にして……などと、妄想が膨らんできます。

 本番前の準備運動も順調、うまく行きそう、相変わらず、ボロは3、4回しましたが、どうにかなりそう、ドキドキします。


 ところが、次が出番という時に、トラブルが発生してしまいました。

 ノーザンホースパークは、一般の観光客にも開かれた場所です。

 たまたま、馬場の横を日傘をさしながら犬の散歩をしている人がいて、その人が立ち止まって、馬の様子を見始めたのです。

 それに驚いたあーこは、もうそのあたりに近づけなくなり、大暴れして、もう少しで本馬場まで飛び込んで行ってしまうのでは? と思うくらい、落ち着きがなくなってしまいました。

 乗っていたインストラクターも、ここにきてこの大騒ぎにどうなることか、と思ったそうです。

 あーこは、このように一回暴れ出してしまうと、もうパニックになってしまい、落ち着かなくなる、という部分があります。

 日傘の女性と犬が去っていっても、その人がいた場所にはもう近づけず、興奮状態が治らなくなってしまいました。

 馬、あるある、ではありますが、なんでこんな時に! と、ハラハラしてしまいました。


 初めて出会った時のあーこは、こんなんじゃなかった。


 また再び私の中に、後悔やら、悔しいやら、悶々とした気持ちが湧いてきました。

 もしも、出会った頃のまま、私の馬になっていれば、こんな問題行動を起こす馬にはならなかった、あの頃のあーこは、工事現場の横でさえ、安心して乗れていたじゃないか、私を乗せて暴れることさえ、なかったじゃないか……と。

 今のままのあーこを愛そうと思ってはいても、昔のあーこを知っているだけに、イライラするのです。

 一度傷ついてしまえば、ペンキの上塗りのように傷を隠せても、何かの拍子でペンキがはげて傷が表に出てきてしまう、それが馬という動物なのだ、と聞いたことがあり、なるほど、そうだな、とあーこを見ると納得してしまいます。

 もう、昔のあーこには戻らないのです。


 本番前に、このようなパニックになってしまえば、私のような未熟な乗り手ならば、もうなす術なく、棄権するしかなかったでしょう。

 でも、乗馬が上手ということは、このような事態をどうにかする技術がある、ってこと、もうインストラクターの腕を信じるしかありません。

 私は、もう祈るような気持ちで、見守るしかありませんでした。

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あーこっこクラブへようこそ!〜競技会デビュー編 わたなべ りえ @riehime

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