第55話 気が付く友

「ハニー、考え事かい?」

「ええ。屋敷へつくまでに終わらせるわ」

「わかった。手を握っておくよ」

「!…好きにしなさい」

 イザベルはツンと澄ましながら片手をエリックの膝の上に乗せた。王宮へ行くと未だに緊張するからかもしれない。暖かい手のひらが自分の手を包んでくれる事にホッとしながら、再び思考に沈む。

(さっきの…まるで、リリィに子供ができている前提ね)

 しかも彼女の中ではもうすぐ産まれる算段となっているようだ。

(…まさかあの子。……”知って”いる?)

 予言の能力を持つ者はほとんどが偽物だが、歴史上に稀に現れると聞いている。

 しかしそれなら懐古や哀愁の…先程は焦っている状態だったが、そうはならないはずだ。

(見知らぬペンダント、王の変化、”離れの君”の解放、メイソンの弱体化…)

 誰かからの情報で裏帳簿を見つけ出し、ダイアナを解雇したとも言っていた。アメリアは”神の啓示”と言い…その情報を探ろうとしたが”一切が不明”と密偵にも言われた。

(言った時のあの子の様子から、”啓示”が嘘なのは分かっているのだけど…)

 メイソン一派が情報を漏らすとは思えないし、裏情報に疎いアメリアが探り出したとも思えない。

(ではやっぱり、予知…?)

 だが幼い頃はその片鱗は皆無だったし、魔剣の”流星”にはそのような機能はない。

 もし予知の能力をある日突然授かったら、親友の自分には必ず言うだろう。

(……)

 嘘を付けないアメリア。これは昔からだ。だが所作が洗練されているアメリアには違和感を覚える。

 そして彼女が”知っている”風の出来事たち。

(懐古、哀愁…)

 そこから導き出される答えは少ないが、突拍子のない考えだった。

(…あのアメリアは…全てを経験した先…未来の記憶を持っている…?)

 それも、宰相の恐怖政治が確定してしまったような、最悪な未来だ。

 知っていれば対処が出来るだろう。

(若干、手際が悪いような気もするけど)

 それはアメリアが政治に不向きな性格だからかもしれない。

 しかし現実は、宰相派は弱体化しており宮中のアメリアの評判はすこぶる良い状態だ。

 噂の出どころは騎士団長あたりだと踏んでいるが、メイドたちの評判は本当に良い。

 ウィリアムについても、王子時代に受けるべきだった教育を再受講しつつきちんと公務をこなしている、という事が伝わっている。

 リリィはグリーン家へ預けられたが、ウィリアムは一切会っていない。

 王としての責務を放棄するほど執拗な愛を向けていた女性だというのに、あっけないと思う。

 それは花のせいでもあった、とアメリアは言っていた。

(危険な薬草、ね…)

 ウィリアムが送ってきた薬草の絵姿をお抱えの薬師兼薬草研究者に見せたらば、非常に驚いていた。

 媚薬の素材となる薬草で特定の環境でしか咲かない上に、時折見つかるのはダンジョンの中。群生しているのはありえないとも言っていた。

 王宮にあったその薬草は、魔導師たちに防護魔法を掛けられた庭師が全て撤去し、薬師により粉などへ加工されたが、王族しか入れない強い結界の施された宝物庫へ入れられたという。

(危険な薬は他にも多くあるわ。それを薬専用の保管庫へ入れないとなると…)

 結界が重要であり、なおかつ保存に適さない環境で腐っても、使えなくなってもいいという事だ。

(貴重な薬草だけども、”誰か”に利用される事を恐れたのね)

 侵入は結界でないと防げない、とくれば。

(嫌だわ。…魔物か、最悪は魔族ね…)

 とんでもない者にトゥーリアの国は目を付けられたものだ。

(それを引き入れたのは…メイソン)

 そして。

「ねぇ、エリック」

「なんだい?ハニー」

 穏やかな、思慮深い漆黒の瞳でこちらを見てくる夫に質問をしてみる。

「悪女ルシーダって、生きていると思うかしら?」

 エリックは少しだけ目を見開いたが、小さく微笑む。

「ハニーはどこからそんな情報を?」

 どうやら正解のようだ。ルシーダは生きている。

「あなたこそ、どこから…ああ、隣国のペルゼンね」

 ニコリとエリックは微笑み頷いた。彼の実家であるラスター伯爵領はペルゼンに隣接している。

 ペルゼンとの外交も一部担っていたから、当然、あちらのことにも詳しい。

「カーター氏はそう言っていたよ」

「随分とアッサリ教えてくれたのね?」

「協力体制を築くため、かな。戦になるとウチは戦場になってしまうし、ペルゼンは復興がまだ完全とは言えないから…火種になりそうなものを共有しているのさ」

 彼の実家も宰相から度々「道を広く整備しろ」と要請を受けていた。もちろん、様々な理由を付けて躱していたが少し前までは本当に圧力が酷かったし、領内で地主や商家の者など幾人かが行方不明になったりもしていた。

 その事で余計にカーターが教えてくれた事に信憑性が生まれ、ラスター家はずっとメイソンに逆らい続けていたのだ。

「なるほどねぇ。それで、教えてくれた内容というのは?」

「…ハニー、今は子供を産むことに集中しよう」

 王の婚約者として王宮へ上がるイザベルのことが心配でならなかったが、彼女は自分で何かに気が付いて、王の不義を証拠に婚約破棄を突きつけて身の安全を得た。

 アメリアには非常に申し訳ないと思ったが、今しかないと押しかけて結婚出来たし、子供も生まれる。

 ずっと警戒してきたメイソンもここのところは余裕がないらしく、こちらに構ってこない。

 だから今は、最愛の妻と子供の安全が優先なのだ。

 だがイザベルは大袈裟に言う。

「気になって気になって、出産の時も考えてしまいそうよ!」

「…イザベル…もう少しだよ?」

 エリックは妻の森のような目をじっと見つめるが、逆に吸い込まれそうになってしまい視線を外した。

「さ、お話しなさいな」

「…まったく、君には敵わないな」

「惚れた弱みよ」

「ハニーが言うのかい?それを」

「は、や、く」

 エリックはため息をつき、馬車内の月光石がきちんとあるかを確認した。

 もちろん自分の腕にもフローライトの腕輪が嵌っているし、馬も御者も馬車の車輪にも月光石の石があしらわれた装飾や装備がある。

「この事は、極秘だよ」

「もちろんよ」

 そうしてエリックは話し出す。

 ペルゼンの廃墟と化した王城の、禁書庫にあるロニー・カーターの手記の事を。

 イザベルは黙って聞き入り、エリックが話し終える前に王城を振り返り呟く。

「アメリア…!」

(なんてこと。その”繰り返し”に、あの子は巻き込まれている)

「ハニー、危ないから座って」

 エリックはもちろんこうなることを分かっていたから、話したくなかったのだが。

 立ち上がったイザベルをそっと抱き寄せて傍らへ座らせた。

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