第89話 冬の章(17)

 青島くんの言葉に、私は思わず目を大きく見開いた。そんな私に、青島くんは爽やかな笑顔を見せる。


「今日のところは、白野の気持ちが落ち着くのを待った方がいいかなと思って。戦略的撤退ってやつさ」


 少し戯けて肩をすくめた青島くんの姿に、思わずクスリと笑ってしまう。自分の気持ちを押し付け過ぎず、相手のことを思える彼のそんなところが、やっぱり素敵だなと思う。


「まぁ、ゆっくり考えてよ。俺、待つからさ」


 青島くんはそう言って、止めていた足を再び動かし始めた。私は、もう一度小さく深呼吸をすると、少し先に行ってしまった彼の背中をパタパタと追いかけた。


「あの。ありがとう」


 青島くんに追い付き、そう小さく言うと、彼も「うん」と小さく頷いた。そのあとは、沈黙が二人の間をゆったりと流れていった。それは決して息苦しいものではなく、むしろ、ただ一緒に歩いているだけだというのに、私の心はポンポンと飛び跳ねるように弾んでいた。


 しばらくして、ふとあることが気になった。


「あの、青島くん? 聞いてもいい?」

「うん?」


 私の問いかけに、青島くんがのんびりと反応した。


「いつから、その……私のことを?」


 気になって聞いてみたものの、言葉にした途端、また心臓がドキドキと鳴り出した。なんだか顔も体も熱い。突然居心地が悪くなった気がしてモジモジとしていると、そんな私を見て、青島くんはニヤリと笑った。


「いつからだと思う?」


 質問に質問で返され、私は目をパチパチとしばたたかせてから、首を捻った。


「う〜ん。私たちが出会ってそろそろ1年くらいでしょ。その間で私が印象的だなと思っているのは、怪我をした時に助けてくれたこと、木本さんに絡まれた時、それから、あのコンビニの夜なんだけど……」

「ああ。俺も、どれも全部覚えてる」


 私の言葉に青島くんが懐かしそうに相槌を打つ。


「そうだなぁ? 青島くんが私のことを気になり出したのは、秋のあのコンビニの日くらい?」

「なんでそう思うんだ?」

「ほら。男の子は女の子の涙に弱いって言うじゃない? あの時、私、確か泣いてたと思うし」


 閃いたとばかりに、人差し指を一本立て得意気にそう言った私を、青島くんは可笑しそうに笑う。


「あはは。なんだその理由。お前、いろいろ鈍いのに、そう言うことは知ってるんだな」


 豪快に笑われて、思わず顔が赤くなる。それを隠すように青島くんから顔を背けて、少し唇を尖らせた。


「何よ。鈍いって。もう! 聞くんじゃなかった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る