第55話 秋の章(11)

「本当に送らなくて大丈夫か?」

「うん。家、そんなに遠くないし」

「そっか。分かった。じゃ、もし何かあったらすぐに連絡しろよ。俺の連絡先知ってるよな?」


 そう言うと、青島くんはポケットからスマホを取り出した。


「うん。前に教えてもらったから知ってる。もう、心配しすぎだよ。大丈夫。でも、もし何かあったら連絡するね」


 心配する彼を宥めつつ、私は別れの挨拶がてら、彼に手を振る。青島くんもそれに応えるように軽く手をあげた。いつまでも彼とこうしていたいが、そういうわけにもいかない。私は思い切って、彼に背を向けて歩き出した。


 しばらく歩くと、フリューゲルののんびりとした嘆きが隣から聞こえてきた。


「あ~あ。焼き芋美味しそうだったなぁ。アーラだけ、ズルいよ」


 そんなことを言うフリューゲルに、私は少し呆れる。


「フリューゲル。そんな事を言うなんて、あなたもいつの間にか下界の人ね。Noelノエルは、そんな風に誰かを羨んだりしないものよ」

「それは、庭園ガーデンでの話だよ。変化のないあの世界では、人を羨むようなことは滅多に起こらないんだから。でも今は、僕だっていろいろ刺激のある下界にずっといるんだよ。少しくらい羨ましいと思うことだって出てくるさ」


 唇をちょっと突き出して、そんなことを言ってくるフリューゲルの姿は、まるで、学校の男の子たちのようで、ちょっと可笑しい。


「ふふ。あなた、本当に下界に感化されてるのね。そんなことで、庭園ガーデンに戻れるの?」

「それは、お互い様だよ。と言うか、むしろ、僕はアーラの方が心配だけどね。庭園ガーデンに居た時だって、下界の事が気になって仕方なかったきみが、下界での生活を知って、庭園に戻れるのかい?」

「もちろん。私は庭園ガーデンに戻るわよ。庭園で大樹様リン・カ・ネーションのお世話をするのが、私の仕事なんだもの。そのために、私はここへ『学び』に来ているんだから」


 私たちは軽口を叩きながら家へと向かう。


 こんなことも庭園ガーデンにいた頃はなかった。双子Noelノエルの私たちは、他のNoelノエルたちよりも、少しだけ互いに干渉しあう仲だった。でもそれだって、他と比べればの話だ。今のように、好きなことを好きなように言いあうことなんてほとんどなかった。


 私たちは、二人とも確実に下界に感化されている。果たしてそれは良いことなのだろうか。


「ただいま〜」


 玄関で帰ったことを告げるが、中にいるはずのお母さんからの返事がない。いつもならば、のんびりと間伸びした声が迎えてくれるのだが。

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