第42話 夏の章(17)

 冗談めかして唇を尖らせる緑の言葉が信じられなくて、私は目を丸くする。


 青島くんはいつだって優しい。初めて会った時も、さっきだって。それだけじゃない。下界の生活に慣れなくて、いつもワタワタとしている私に何気なく声を掛けてくれる。あの不思議な色の瞳でじっと私を見つめ、私の心を落ち着かせてくれる。


 そんな彼を優しくないと言う緑の言葉に混乱していると、緑は、何かを言いたげに私の瞳を覗き込んだ。


「なかなかストレートだと思うよ。私は」

「えっ? 何が」


 緑の言葉の意味が分からず、首を傾げて問い返すと、緑は予想していたのか、呆れ顔を私に向ける。


「まぁ、そう来ると思ったよ~。相変わらず、つばさちゃんは、つばさちゃんだね~」

「えっ? 何? 緑ちゃん、どう言う事?」

「ふふ。いいの。いいの。まだお子ちゃまには早かったよね~」


 目をパチクリとさせ、緑と傍らで静かに座っている司書を交互に見やる。どうやら司書は、私たちの会話から内容を察した様で、ニコニコと微笑んでいた。


「司書先生〜。緑ちゃんの言ってることって、どういう意味ですか?」

「う〜ん。そうねぇ。青島くんにとって、あなたは特別ってことかしら」

「特別?」


 ふふと、にこやかに笑いながらお茶のカップを手にする司書の言葉は、私の疑問を何も解消してくれない。


 混乱に眉根を寄せていると、緑が不思議そうな声を出した。


「それはそうと、さっきのつばさちゃんの言葉はどういう意味だったの?」

「え? 何が?」

「ほら。私の話を聞いても、嫌いにならないでねって、あれ。話を聞く限り、嫌いになるも何も、つばさちゃんは木本の被害者なだけじゃない」


 お茶と緑とのおしゃべりのお陰で、すっかり忘れかけていた心の中の黒いモヤを思い出した。思わず顔まで曇る。


 私の様子を目にした緑と司書は、互いに目配せをし合う。何があったのだろう。二人の視線がそう言い合っているようだった。


 誰にも知られたくないと思うほどに真っ黒に染まってしまった私の心だけれど、必ず味方でいてくれると言う緑の言葉を信じて、私は、二人の視線に促されるように、重たい口を開いた。


「実は私……、心の中……真っ黒なの」


 私の決死の告白を聞いた緑と司書は、ぽかんとした顔をする。意味が分からないのか、互いに顔を見合わせてから、困った様な顔をした緑が小さく手を上げた。


「ごめん。つばさちゃん。それはどう言う意味かな」


 緑にそう問われることは、なんとなく分かっていた。

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