第39話 夏の章(14)

 すっと、気持ちが凪いでいく様な気がする。


「落ち着くわよね。おかわりもあるから、雨が止むまでゆっくりしていくといいわ」

「ありがとうございます。でも……」


 仕事の邪魔になるだろうからと誘いを丁重に断ろうとした私を、司書は笑顔のまま首を振って制した。


「あなたは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわ」

「肩の力を抜く?」

「そう。力が入りすぎていて、表情まで硬くなってるのが丸わかりよ」


 司書の指摘に、私は思わず手を頬に当てる。

 

「さっき、葉山さんには聞きすぎだって言ったけど、あなたの顔や、そのずぶ濡れの姿は、誰が見たって、何かあったなと心配になるわよ」


 無言で俯いた私に、司書は優しく語りかける。


「話せないことなら無理に全てを話す必要はないけど、ここには、あなたの話を聞いて、必要なら味方になってくれる友達がいるんだから、もう少し肩の力を抜いてもいいのよ。ね、葉山さん」


 そう言って司書は、遠慮がちにこちらへ視線を送っていた緑の肩をポンと叩く。その力に促されたかのように、緑が大きく頷いた。


「うん。私、どんなことでも、つばさちゃんの話聞くから」


 緑は真剣な眼差しを少しも逸らさずに、真っ直ぐに私を見ている。その瞳を見つめ返しながら、私の凪いだ心にまた少し波紋が出来る。


 本当は、自身の心の中を黒く染めたものの事など、口にしたくはない。無かったことにしたい。


 特に、いつも明るく周囲の人を照らしているこの友人には、私が黒い感情を持ったことを知られたくはなかった。


 でも、真っ直ぐに私を見つめ、私からの言葉を待っている彼女を見つめていたら、話を聞いてもらいたいという気持ちも生まれた。


 私の心に生まれた黒いモヤを、彼女の明るさで弾き返して欲しい。


 そんな思いのままに、私はポツリと言葉を溢した。


「私の話を聞いても、嫌いにならないでね」

「もちろん、ならない」


 力強く頷いてくれた緑の瞳に促される様にして、私は、これまでの出来事をポツリポツリと話し始めた。


「何それっ! 完全に嫌がらせじゃん!」


 私の話を聞いていた緑は、眉を吊り上げて声を荒げた。


「誰がやったか、わかってるの?」


 一緒に話を聞いていた司書も心配そうに顔を曇らせている。


 私は、ドライヤーの熱ですっかり乾いた服の裾をキュッと握り、コクリと頷いた。


「青島くんは、その人のこと木本って呼んでた」

「木本? 木本って、木本きもと徳香のりか?」

「名前は分からないけど、青島くんのことを大海ひろうみって名前で呼んでる子」

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