第37話 夏の章(12)

 閲覧スペースの脇は中二階の造りになっており、一階部分にも二階部分にも、いくつもの本棚が収まっている。それらの本をゆったりと読める広々とした閲覧スペースは、勿体ないことに、男子学生が一人使用しているだけだった。


 司書はその生徒に、一言、二言、話しかけると、またパタパタと司書室へと戻ってきた。


「図書館内では走らないように」


 戻ってきた司書にドライヤーの先をビシリと突きつけ、緑は冗談めいた口調で言う。それに対して司書は、苦笑いを見せた。


「そうでした。気をつけますね。それはそうと、彼には少し煩くなるって伝えてきたから、もうドライヤー使ってもいいわよ」

「は~い」


 確かに、静かなこの図書館の中でドライヤーの音はさぞ響くだろう。どうやら司書は、私のためにあの男子学生に断りを入れに行ってくれたようだった。


「あの、すみません」


 自分のせいで他の人に迷惑をかけているのだと気が付いた私は、頭を下げる。


「いいのよ。そんな事より早く乾かして。風邪ひいちゃうわ」


 司書は気さくな態度で手をひらひらと振ると、緑を促し、自分はお茶の用意を始めた。


 司書に促された緑も、ドライヤーをコンセントに差し準備を整える。


 しかし、なぜ学校の図書館に都合よくドライヤーがあったのだろうか。


「ねぇ。緑ちゃん。そのドライヤーって、司書先生の私物?」

「え、コレ?」


 ドライヤーを手にする緑に小声で問うと、緑は、不思議そうな顔をした。


「うん。何で学校にドライヤーなんてあるのかなと思って。もしかして、司書先生の私物を借りてたりする?」

「ああ。なるほど。違うよ。これは、本を乾かすために置いてあるの」

「本を乾かすため?」

「そう。ここの図書館さ。綺麗に見えるけど、実際は、今まで使われていなかったから、湿気とか埃とかひどかったのよ。それで、本も湿気ていたりするの。それを乾かすために、コレを使ってるんだ」


 そう言いながら、緑は、手の中のドライヤーをフリフリと振る。緑の説明に私がなるほどと頷いている間に、緑は私の背後へ回ると、ドライヤーのスイッチを入れた。


 ブワリと太腿の後ろが温かくなる。


「うわっ。ちょ、ちょっと待って。緑ちゃん。自分でやるから」


 突然の生暖かい風に体を捩りながら、緑からドライヤーを受け取ると、ドライヤーの風を、湿気をたっぷりと含んだ服に当てる。


 風をうけて、張り付いていた服が肌から剥がれると、不快感が薄らいだ。


 肌を温める風に、少し気持ちが緩む。

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