第30話 夏の章(5)

 俯きがちに傘を差しているので、顔はよく見えない。


 誰だろう?


 そんなことをぼんやりと思っていると、不意に暗くて重たい声がした。


「必死で直しちゃってさ。マジで、あんた何なの?」

「え?」

「園芸部に入ったのだって、どうせ彼に近づくためなんでしょ。毎日毎日、必死でアピールしちゃってさ。いい加減目障りなのよ」

「ちょっと、何言って……」


 突然の言いがかりに、私は、混乱しながらも、なんとか、彼女の言い分を理解しようと言葉を挟む。しかし、彼女は、私のことなどお構いなしに、次から次へと、言葉を投げつけてくる。しかも、その言葉の数々は、明らかに、敵意を含んでいた。


「あんた、大海ひろうみの周りをいつもウロチョロしていて、鬱陶しいのよ。園芸部なんて入って、大海ひろうみのおじいちゃんにまで取り入ろうとしてさ。どんだけ必死アピールなわけ?」

「あ、アピール?」


 目の前の女子生徒の言っていることがさっぱり分からない。それでも、彼女が、私に対して敵意を剥き出しにしていることだけは分かる。


「目障りだから、あんたがアピールに使っている花壇でも壊せば、さっさと諦めるかと思ったのに……」


 勢いのままに投げつけられる言葉の中に、聞き捨てならない言葉が含まれていることに気がついた私は、彼女の言葉を思わず遮った。


「ちょっと待って! 花壇を壊した? まさか、最近花壇を掘り返したり、レンガを崩したりしていたのは……」

「私よ! 大海ひろうみに近づくなって警告の意味でやってたのに、あんたってば、全然気がつかないで、毎日毎日懲りもせず、土いじりしちゃってさ。鬱陶しいのよ。空気読みなさいよ」


 大声で投げつけられる言葉に、思わず私も大声を出してしまう。


「さっきから、大海ひろうみ、大海って言ってるけど、青島くんと花壇に一体何の関係があるのよ? もっとちゃんと解るように説明しなさいよ!」


 私の剣幕に怯んだのか、それまで敵意を含んだ言葉を立て続けに投げつけてきていた彼女が言葉に詰まった拍子に、私の隣から声がした。


「感情に任せて、人に悪意を向けるなんて、なんて醜いんだ。大樹様リン・カ・ネーションのために、アーラがここで、どれだけ必死に学んでいると思っているんだ!」


 それは、フリューゲルが女子生徒へ向けた言葉だった。フリューゲルの姿は、もちろん、目の前の彼女には見えていない。それどころか、フリューゲルが発した言葉の全ては、彼女に一切届いていない。


 それでも、フリューゲルは、目の前の女子生徒を目一杯睨みつけていた。

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