第17話 断章Ⅱ:勇気の目覚め

 その女性は、月並みな言葉だけれども一言で表すなら、とんでもない美人だった。


 勇者と呼んでしまったが、それはさておき、流れるように滑らかな金髪と透き通った琥珀色の瞳。両手に握られた剣の武骨さを上回るほどに綺麗な女性ひとだった。


「大丈夫か、少年?」

「―――え。あ、はい!! ぜんっぜん大丈夫です!!」

「? そうか。ならば君の仲間と共に下がっていなさい。残りの敵は私が片付けるよ」


 そう言い残すと、鎧姿の女性は獣の群れに颯爽と飛び込んだ。剣の一振りごとに獣が細切れになり消し飛んでいく。爪も牙も一切合切を寄せつけずに、あっという間に戦闘は終結した。


「ふう。大丈夫か、少年」

「は、はい。えっと、あなたは……?」

「自己紹介が遅れたな。私はマリア。身分を名乗るのは気恥ずかしいのだが、勇者だ。一応そういうことになっている」

「あっ、俺は輝です」


 いやマジで勇者なのかよ。


 でもそう言われても納得な強さだった。ファンタジーの主人公みたいな圧倒的な強さ。恵とはまた違って、マリアの強さはとても鮮やかなものに感じた。


「さて、長話はできない。ここはまだ戦場だからな。君と君の仲間も、疲れているだろうし、早く離脱しよう」

「そう、ですね……。けど、安全な場所はあるんですか?」

「もちろんだ。ここはもう陥されるだろうが、人類の本拠地はまだまだ健在だからな」


 陥される。これだけ強い人間がいても、やはりあのバケモノどもはそれだけ強い存在なのだろう。改めてとんでもないところに迷い込んでしまったという実感が強くなる。というか、どうしてこんなことになってるのか何もわからない。生きて帰れるのかも怪しい。いや弱気になってる場合じゃないか……。


 とりあえず、マリアと名乗った女性に付いていくことにした俺たちは、丘を下ってしばらくのところに停まっていた数台の馬車に乗せてもらって、恐ろしい戦場からなんとか離脱した。


 疲れ果てて、茫然自失としているクラスメイトもいる中、恵は必死にみんなを励まし続けている。


「心の強い子だな、彼女は」

「ええ、あいつは昔からああなんです。子どもの頃に町で大火事があった時にも、率先して避難誘導したりしてました。優しくて勇敢なやつなんです」

「ふ、まるで自分とは違ってと言いたげだな?」

「え……」


 まるで心の中を見透かされたような言葉に思わずぎょっとしてしまう。顔を上げて見返すと、こちらを見るマリアの視線はとても優しかった。


「気に障ったならすまない。だけど、私も同じでね。勇者なんてやっているけれど、本当はとても怖がりなんだよ」

「なら、どうして戦えるんですか……?」


 その答えを聞くのは怖かった。


 才能なのか、努力なのか、特別ななにかが必要なのだと言われてしまえば。だとしたら、やっぱり俺には。


「同じさ。怖いから、戦えるんだ」

「どういう……」

「それは―――。! 屈め皆!」


 突然マリアが叫び、俺の頭をぐいっと下げさせてきた。事態を飲み込めず抗議しようとした、次の瞬間。


『キシャアアアアアアアアアアア!!』


 耳をつんざく鳴き声と共に、馬車の屋根部分がひしゃげ破壊された。たまらずバランスを崩して馬車が横転しかける。御者の舵取りでどうにか踏ん張ったものの、負荷で車輪が割れ、道端に急停車した。


「今度はなんだよ……!」

「もう追いつかれたか。あんな物まで投入してくるとはな」

「なっ……、あ、あれって」


 馬車を襲ってきた敵の姿に絶句する。


 先ほどのバケモノも大概ファンタジー風な存在だったが、今しがた馬車を襲って来たのは奴らを遥かに凌駕するレベルでファンタジーだったからだ。空すら覆うほどの巨大な翼膜、硬そうな鱗に覆われた全身、そして獰猛な唸り声を漏らす牙の生えた口。どこからどう見ても、こいつは。


「ドラゴン……!?」

「いや、ドラゴンほどの神秘はない。こいつはワイバーンだな。まあ我々人間にとっては十分に厄介だ。ここは私が引き受ける。アキラ、君は仲間を連れてここから逃げろ」

「マリアさんを置いていくなんてできないですよ!?」


 何カッコつけてんだ俺は。さっさと逃げろ。いても足手纏いになるだけで良いことなんて一つもないだろうが。


 そんな俺の戯言に、マリアは優しく微笑みを返す。そしてそのままワイバーンに向かって飛び出して行った。


 くそ……!


「くそ、この隙に逃げよう恵!」

「わかってるわ! ほら、みんな立って! マリアさんが戦ってくれている間にーーー」


 混乱の中、全員で馬車から離れて逃げようと動き出した、その時。


 ドゴォオオン!と轟音を立てて、何か、いや誰かが俺たちの行手に吹き飛ばされていった。誰か、なんて言ったが、この状況でそんなのは決まりきっている。だけど、そんな事は信じたくなかった。


「ま、マリアさん……?」

「かはっ。すま、ない。不覚を取った……ヤツは、ただのワイバーンではない……。早く逃げろ、みんな…!」


 頼みの綱であったマリアが、全身から血を垂れ流しながら血に伏せている。その現実を受け入れられなくて、俺は、おれは、


「しっかりしなさい、輝ッ」


 左頬に熱が走る。視線が目の前の恵に合わさる。振り抜いた右手を震わせながらこちらを見据える恵がいる。


「め、恵」

「前を向いて、輝。今あなたにできることをするのよ」


 今、自分にできること、か。確かにそうかもしれない。泥臭くてもみっともなくても、俺が俺である為に。


「ちょ、ちょっとなにしてるの輝?」

「……俺も戦うよ」

「えぇ!?」


 落ちていたマリアの落とした剣を拾い、柄を強く握る。彼女の残した熱が伝わってくるかのようで、その熱さに頭がクラクラとする。けど構わない。今はその熱すら前に進む勇気に変えて、俺は戦う。


 昔子どもの頃に近所の剣道場で習っていた剣術を思い出しつつ、先ほど見たマリアの構えを意識して、剣を高く頭上に構える。ワイバーンに向かい合うと、その獰猛な雰囲気に膝が笑ってしまった。当たり前ながら怖い。


「だけど、怖いからこそ戦うんだよな……。そうなんだよな!!?」

『キシャアアアアアアアアアアアアアッ!』

「うるせえよトカゲ野郎ッ!」


 自分を鼓舞するように荒く叫び、転がるように前へ飛び出す。こちらを仕留めようと振り下ろされたワイバーンの爪をギリギリでかわして、その脇腹に剣先を突き込んだ。


 苦悶の声を漏らすワイバーンだが、それに勝る怒りを覚えたか、すかさず尻尾の薙ぎ払いが放たれる。


 思い出すのは、マリアの動き。跳ね、舞い、踊るような剣戟。


 俺が真似できる訳がない。そんなのはわかってる。だけど今だけでも良い、そう祈るようにジャンプした俺の体は。


「なっ……」


 振り抜かれた尻尾を軽々と飛び越え、それどころかワイバーンの真上にすら至っていた。これならいける。イメージするのは、獣の群れを一掃したマリアの乱舞。


 握る剣は片手のみなれど。


「う、ぉおおおおおおおお!!!」


 空中で身を捻り、剣を振り下ろす勢いに任せてそのままワイバーン目掛けて落下。重力を乗せた刃を狙った首筋へ叩き込んだ。


 だが。


『ゴォアアアアアアアアアアアアア!』

「がっ……!」


 急所だからこそ一層堅いその鱗に剣が弾かれ、砕ける。それどころか嫌がるように振られた頭部に打ち据えられて、俺は宙を舞った。視界がチカチカする。


 あー、くそ。カッコつけたくせにこのザマかよ。恵たちと一緒にさっさと逃げればよかったぜ。


 こちらに向かってなにかを叫ぶ恵と目が合う。彼女の瞳に映る自分を認識する。


 ………………あー。マジでさこんなところで


「死んでられッ、かぁああああああ!!」


 痛む脇腹を抑えながら、もう一度空中で身を捻る。武器はない。だけど、ここがファンタジーな世界で、俺たちが異世界人だってんなら、魔法の一つでも使わせろよお約束だろうが!?


 そんなヤケクソを叫ぼうとしてできず声を漏らした、その時。


【SYSTEM:SACRED, activate. skill, reload.】


 意味もわからない機械的で無機質な声が脳内に響く。意識するよりも速く右手を掲げ、閃いた言葉を口にする。


「光よ断ち切れ、―――ブレイブ・ストライクッッ!!」


 眼に見えない刃を叩きつけるイメージで、挙げた右手をがむしゃらに振り下ろす。直後、ワイバーンの強靭な鱗が火花を散らして弾け飛び、明らかに苦しむ咆哮をこぼしながら巨軀が後ずさった。


 地を染める鮮血は怪物に深手を負わせたことを示していた。ぐらぐらとよろめきながら、ワイバーンはこちらを睨むような動きを取りながら、それでも未だ健在な様子で空へ飛び立ってしまった。


 痛む全身を庇いつつ不恰好に着地した俺は、こちらに駆け寄る恵をぼんやり眺めながら、沈み込む意識に任せて重い瞼を閉じたのだった。


                           [断章Ⅲへと続く・・・]

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