第285話 セオリー通り?

 ゴーレム相手に連戦を続けていたこともあって、このままずるずると長引けば不利になると悟ったボクたち。そのため短期決戦を挑むべくミルファたちは一気に距離を詰めていく。


「ギャオッスー!」

「くっ!?」


 しかし、それを見越していたのかドラゴンタイプが大きく叫んだと同時に、近付こうとしていた前衛組の足が止まる。

 それどころか、その余波を受けただけのボクですら魔法の集中が途切れてしまっていた。


「これ、〔威圧〕!?」


 間違いない。初めてクンビーラの冒険者協会を訪れた時の騒動でディランおじいちゃんから受けたものと同種の圧力を感じる。

 それにしても一瞬あの間の抜けた鳴き声のせいで力が抜けたのかと勘違いしそうになってしまった。もしも狙って設定していたのであれば、なかなかにひねくれ者だと言えそうだ。


 しかし、ドラゴンタイプのえげつなさはそれだけに止まらなかった。


「【アタックアップ】!」


 ネイトからミルファへと攻撃力を上昇させる補助魔法が飛んだ瞬間、やつの瞳がネイトのことをロックオンしたのだ。


「まずい!?」


 ばさりと背中の翼で空気を打ち付けると、ドラゴンタイプが前衛組の頭上を越えて強襲してくる。


「間に合え!」

「ひゃっ!?」


 呆然と立ち尽くしていたネイトの腰付近に横から飛び付くようにして引き倒す。ほぼ同時にボクの肩口を鋭い爪がかすっていく。

 沸き上がってくる衝動に身を任せて正解だった。少しでも躊躇していればネイトの命はなかったかもしれない。

 かすめただけのはずなのにごっそりと減少している自分のHPを見て思わず青くなってしまったよ。


「ご、ごめんなさい、リュカリュカ。すぐに回復を――」

「待って!確認したいことがあるから、回復は後で!まずはここから離れて!」


 きつめの口調になったことは許して欲しい。それだけこの時のボクには余裕がなかった。それというのも、まだここは敵の攻撃圏内ギリギリと場所だからだ。

 急いで立ち上がらせると押し出すようにして距離を取らせる。ボクはと言えばその反作用を用いてネイトとは反対側へと移動していた。


「【アクアボール】!」


 ろくに集中もしていないので威力も何もあったものではない魔法を放つ。救いだったのは相手がそこそこに大きい上、すぐ近くにいたために的を外すことはなかったということか。

 するとドラゴンタイプは一瞬ボクの方を鬱陶うっとうしそうに見たが、すぐにその顔をネイトへと戻してしまった。


「それなら、これは!」


 アイテムボックスから傷薬を取り出して頭からかぶる。効果はすぐに現れて減少していたHPをマックスまで回復させた。


 反応が劇的だったのはこれだけではなかった。

 何と先ほどは一瞥いちべつしただけだったドラゴンタイプが、今回はしっかりとボクのことを見据えてきたのだ。


 その様子から、ある仮説が確信へと変わる。

 こいつは仲間の補助や回復を受け持つ後衛を優先的に狙うように設定されている、と。


 中でも回復行動を取った相手を第一目標にするようになっているようだね。

 実は先日の合同公式イベントの時に、チームとなった皆から対人戦のポイントなることなどを教えてもらっていたのだが、そんなセオリーの一つに「回復役を優先的に潰す」というものがあったのだ。

 理由は簡単。頑張ってダメージを与えても、回復されては元の木阿弥になってしまう。それを防ぐために一番手っ取り早くて分かり易いのが、相手方の回復役を真っ先に倒してしまうというものだった。


 そしてさらに注意点として、ゲーム内に登場する魔物などにも同様の思考ルーチンが組み込まれたものがいることも教えてもらっていた。

 つまり今ボクたちの目前にいるドラゴンタイプは、そうした事例に当てはまる存在だったという訳だ。


 ねめ付けてくる瞳の奥に、絶対に逃がさないという強い意志すら感じられそう。


「わーを。あっつい視線を釘付けだね」


 それでもこんな軽口を叩けるのは、見飽きてしまうかと思えるほどに何度も何度も、本物のブラックドラゴンを目にしているお陰だろう。


「みんな!ボクが囮になるから攻撃はよろしく!ネイトも回復や補助は禁止。攻撃魔法で倒すことを優先してね!」


 と、言うだけ言って踵を返す。

 そしてここにドラゴンタイプとの追い駆けっこという、前代未聞の熱き戦いが始まったのだった。


 いや、例えでも何でもなく、実際のところ本当に熱かったのだ。

 それというのも、


「ギャオッスー!」

「もう!熱いっての!」


 気の抜けそうな吠え声と共に、着弾後もしばらく燃焼し続ける炎弾を吐き出してくるからだ。加えて厄介だったのが、


「きゃー!逃げ道が狭められてる!?」


 ということになってしまうことだった。最初は部屋の外壁に沿って逃げ回っていたのだけれど、そのせいですぐにぐちゃぐちゃな逃亡経路にならざるを得なかったのだった。


 もっとも、こちらも一方的に追い詰められていた訳じゃない。ターゲットとなったボクが逃げ回ることでフリーになっていたミルファを始めとするパーティーのみんなによって総攻撃が行われていた。


 意外にもダメージが大きかったのが、ネイトの【アースドリル】とミルファの【サンダーボール】だ。

 攻撃範囲を犠牲にしているだけあって、ドリル系は威力が高めに設定してあることは知っていた。が、ゴーレムというと何となく土のイメージがあったため、土属性の【アースドリル】で大ダメージとなったことが不思議に感じてしまったのだった。

 【サンダーボール】の方は……、うん。まあ、弱点属性として設定されていたということなのだろう。多分。


 こうして着実にダメージを与えていたのだが、例によって例のごとく、HPが半分を切ったことでドラゴンタイプの行動に変化が現れることになった。


「ギャオッスー!」


 闇雲にボクの後を追いかけてくるのは止めて、部屋の中央に陣取ったかと思うと燃焼する炎弾を連射してくるようになったのだ。


「しまった!?」

「ギャオッスー!!」


 その上、身動きができなくなったところを見計らって熱線とでも言うべき強力なブレス攻撃まで仕掛けてきたのだから、さあ大変!


「女は度胸!ていっ!」


 これまた第六感に従って強引に燃え上がる炎を突っ切っていなければ、その時点でボクはゲームオーバーとなっていただろう。

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