第30話

 そうして僕は眠りの中に深くはいった。


 夢の中で僕は、今までのことを思い出していた。


 現代の自分に満足できず、タイムリープしてきて過去の世界にきたこと、学校生活を追体験して昔の同級生と出会い、そこで中々思うようにいかず、タイムリープができる腕時計まで壊れて偶然にも幼馴染の千佳と出会い、お釈迦さまに頼み込んで一緒に戦国時代にまで来たこと。そこで上杉謙信と出会い、第六天魔王を討とうとして逆に意のままに操られたこと。実は謙信が観音様の化身であったこと。疲れ果てた僕はこうして眠りについている……。


 気がついたら僕は夢の中で謎の住人と会話をしていた。


 ここはどういう世界なのだろうか……。


「弥勒様、ここはあなたが来たかった極楽浄土でございますよ」


「ここが……?」


「はい、極楽から夢を通してあなたの世界と繋げて会話をしているのでございます」


 僕はこの不思議な世界を表現しようとしてなんとも言えない不思議な気分になった。とても安心する。今度こそ子供の頃に戻ったみたいだった。


「夢の中? ……もしかしたら、心の中は極楽浄土という場所と繋がっているのでしょうか?」


「流石。その通りでございます。弥勒様、心の中にこそ極楽が存在しているのです。心の世界と極楽浄土という場所はよく似ています……。心が良ければ極楽が近づき、心が悪ければ地獄という場所と繋がってしまうのです」


 ……だから。


 悪い行いをしないで良い行いを心がけることですよ。


 その世界が意識から遠ざかろうとした時、僕は一番に気になっていることを聞こうとした。


「お待ちください。私は、パーピマン……魔王を討つようにとお釈迦さまから命じられているのですが何か良い手立てはございませんか?」


「ふむ……」


 ならば、とその極楽の使いは一つの答えを示してくれた。


「一切、考えないことです」


「……?」


 一切考えない……、それはどういうことだろうと気になった僕にその存在は続けて話してくれた。


「奴は考えを読み取ってきます。考えれば考えるほど深みにハマってしまいます。だから一切、考えないことです。普段からこのことを心がけてください」


 ……一切、考えないこと。まだよくわかっていない僕は話の続きを待っていた……考えないことで一体、何が変わるというのだろうか。


「考えから魔が入ります。弥勒様は例えば絵や文字を見たときにそれに執着することがありませんか? まさにそれです。悪魔はそれを利用してくるのです」


 ……。


「この世は本当に情報が多い時代です。このままでは十年、二十年と時代が進むと、その情報の多さで人類の頭は狂ってしまうでしょう。人の体というものは限界があります。土からできているのですから当たり前です……魔神ではないのです。それならばむしろ何もしないで寝ているのが一番です」


「そして、その様々な情報の中から一つ一つ考えることによって私たちの頭の中は気づかないうちに情報で溢れかえってしまうのです。これは弥勒様。本当に大変なことなのです。これでは人の脳はいつか壊れてしまいます」


 人間は賢いから考えることを選んでしまう。これを逆手にとられて悪魔はそこに攻撃してくるのだとその極楽の使いは話す。なるほど……考えから執着が入り、マインドコントロールされてしまうという訳なのだろうか……。確かに、文字を見ると無意識のうちに考えることを選んでいるような気がする……。これが良くないと言うのだろうか。


「このことを心がけていれば魔に騙されることはないでしょう……いいですか、よく覚えておいてください。一切、考えないこと。このことを守ってくださいね」


「後は六波羅蜜を実行することです。六波羅蜜を実行すれば悪魔が困惑します。これはお釈迦さまが説かれていることです。心が良くなることで悪魔が困惑するとは一見、矛盾しているようですが、それが真理なのです。心が良くなることによって魔が退散します。心の中から悪を追い出すことです。これが解脱への近道です」


「なるほど、悪を持って悪と戦ってはいけないという訳ですね。心が良くなることで悪魔を倒すことができるというのは、確かに真理なのかもしれませんね」


「悪いことを考えれば悪い世界と繋がってしまい、良いことを考えれば極楽の世界と通じ合うことができるのです。だからどうしても考えたい時は良いことだけを考えることです。悪い考えに囚われてしまった時は悪魔が近づいてくるものなのですからね。……それでは弥勒様。お気をつけください」


 そして、その使いはまたお会いましょうと言って去っていった……。


 一切、考えないこと。これが真理なのだと諭された僕はそうして夢の世界から目覚めようとしていた。


 ……。


「おはよう、ミロク」


 チカが起こしに来てくれたらしい。寝ぼけ眼を擦り、僕は今日という新しい日を迎えることになった。


「おはよう、チカ」

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