第2話 鍵と箱

 建物内に足を踏み入れためぐるとリツは、適当な部屋に入って呼吸を整えていた。


 窓から外をウロウロしているテンシの体が見え、おとなし兄妹は教室の隅で身を屈めて警戒する。その直後、テンシが窓から建物内を覗き込んできたのが見え、二人は思わず息をのむ。だが、テンシは宣言通り『十四分間は襲わず待っている』ようで、ニタニタ嗤うだけで何もしてこなかった。


「リツ、大丈夫か?」

 テンシがどこかへ去った後、旋はリツの顔を覗き込んで声をかけた。

「たぶん、大丈夫っす……」

 リツは体だけでなく、声も微かに震えている。それでもに心配かけまいと、無理に笑って見せた。そんなリツを見て旋は、繋いでいない方の手で彼女の頭を優しく撫でる。


「へへっ……旋にぃ、ありがと」

 リツは旋の手の温もりに少し安心した。それと同時に、広場で亡くなった人の事を思って涙しそうになるが、グッと堪えて弱々しく笑う。


「本当に大丈夫か? まだ時間に余裕もあるし、落ち着くまでここで少し休んだ方が……」

「ほんとに大丈夫っす。それにあの怪物……テンシが襲ってこない今の内に、このゲームをどうクリアするか考えて、少しでも早く行動すべきっすよ」

 過保護モードになっているの言葉を遮って、リツははっきりとそう口にする。彼女の言葉に旋はハッと我に返り、真剣な表情で「そうだな」と頷く。


「確か怪物テンシは、『鍵と箱を見つけ出せ』とか言ってたよな?」

「うん。あと、『箱の中にいる契約相手と手を組め』とも言ってたっす」

「契約相手ってのはまぁ、箱を見つければ分かるとして……。問題はその箱と鍵がどこにあるかだよなぁ……」


 肝心な部分が全く分からず、旋とリツは同じタイミングで腕を組んで首を傾げた。ヒントすらなく、いきなり手詰まりになりかけている。しかし、不意にある疑問が浮かんだリツは、旋の方を見た。


「そういえば、旋にぃはどうしてこの建物に入ったんすか?」

「あ~……それがさ、ジブンでもよく分からなくて……勘……的な……?」

「そうなんすか……」

 わざわざ人の波に逆らい、更にはテンシが近くにいたこの建物内に駆け込んだ理由が旋自身、本気で分からない。だから彼は眉毛を八の字にして、曖昧な言葉しか返せなかった。


 旋の返事を受け、リツは今いる部屋を見渡した。窓や扉の配置、天井と床……家具などが一切ないため分かりづらいが、どこかで見た事がある。そんな気がしたリツは、今いる建物の外観見た目や出入り口も思い返し、何かに気がつくとハッとして再び旋の方を見た。


「旋にぃ、この建物は学校の校舎で、今いるここは教室っぽくないっすか?」

 リツの言葉に旋は部屋全体を見渡し、その後に建物の外観見た目を思い出す。


 テンシに気を取られ、建物の全体像は把握し切れてない。だが、ノスタルジックなジオラマを作る際に写真で見た、一昔前の校舎とよく似ている。それに気づいた旋はリツの方を見て力強く頷いた。


「なぁリツ、この建物が校舎だとしたら……」

「鍵は職員室にありそうっすよね……?」

 鳴無兄妹は顔を見合わせ、そんな言葉を交わした後、静かに頷いた。




 旋とリツは『とにかく行動する』の精神で、建物内の探索を始めた。廊下でもできるだけしゃがみ込み、テンシから身を潜めながら移動しつつ、部屋の中を順番に確認していく。


「あった……」

「あったっす……」

 突き当りの職員室らしき部屋の扉を開いた瞬間、鳴無兄妹は同時に思わずそう呟いた。壁に取りつけられた、ざっと百を超えるフックとそれにかかっている鍵が、目に入ったからだ。


 フックの上には民家や神社、カラオケなど、さまざまな建物の名称が書かれたプレートがあった。『シャボン玉の館』と記されたプレートの下にだけ、フックが三つ取りつけられている。だが、鍵は既に誰かが持って行ったようで、その三つのフックには何もかかっていない。


 鍵の形や色もさまざまで、その中の二つが淡く輝いていた。

「ピカピカしてる鍵を取ればいいんすよね……?」

「多分……あ、ジブンはこっちの鍵っぽい」

「アタシはこっちみたいっすね」

 鳴無兄妹は二つの鍵にそれぞれ手を伸ばし……輝きが増した方をフックから外した。


 リツの鍵の色はパステルパープルで、頭部分がマイク、先は鎌のような形状をしている。一番右下のフックにかかっていて、プレートには『ライブハウス』と書いてある。


 旋が手にしためっ色の細い鍵は、一番左上のフックにかかていた。頭の部分は王冠のような形になっており、プレートには『魔王城』と記されている。


「確か、ライブハウスって広場のすぐ近くにあったような……」

 記憶を辿り、それっぽい建物があった事を思い出した旋はそう口にした。


 島にライブハウスがあるのを知って内心、テンションが上がっていたリツは正確な場所もしっかり覚えている。だからリツは旋の言葉に小さく頷く。どこか浮かない表情で。


「よし、だったらまずはライブハウスへ行こう」

「いいんすか……?」

「当たり前だろ。魔王城を探すより先に、近場にあるライブハウスに向かう方が効率もいいし」

 旋がこう言ったのは、リツを納得させるためである。


 ゲーム終了時までに生き残れたとしても、契約相手を見つけていなければテンシに喰べられてしまう。そのため、ライブハウスの場所が分かっていなくても、旋はリツを優先する気でいた。


 当然、リツもクリア条件を忘れてはいないため、旋を心配そうに見つめるが、彼が言っている事も一理あり、納得せざるを得ない。


「大丈夫。ジブンは絶対に死なないって約束する。だからにぃちゃんを信じてくれ」

 旋はニッと笑い、真っすぐリツの瞳を見つめる。一度、旋が『強気なにぃちゃんモード』に入ると、何がなんでも譲らない。それが分かっているリツは、自分が守られる側である事にもどかしさを感じつつも、小さく頷いた。


「よし! そうと決まれば、テンシ達が動き始める前に――」

 旋のその言葉を遮るように、遠くから複数人の悲鳴が聞こえた。鳴無兄妹は思わず肩を震わせ、じっと互いの顔を見つめる。


「キョフキョフ……今、島カラ逃ゲヨウトシタ餌ヲ喰ッタ。ノ島カラハ、絶対二逃ゲラレナイ。諦メテ大人シク、ゲームニ参加スルンダナ」

 少ししてテンシがそんな事を繰り返し言いながら、校舎の横を通り過ぎていった。


 旋はリツにその場にいるよう手と目だけで指示して、そっと窓から外を見る。すると、テンシが通った道には所々、赤い血のようなものが落ちていた。


「っ……リツ、少し急ごう」

 ハンデを与えられているとは言え、あまりゆっくりはしてられない。

 そう察した旋はリツの手を取り、彼女が頷くと職員室を飛び出した。




 鳴無兄妹が校舎の外に出ると、広い道や建物の上をテンシ達がノロノロと移動していた。二人はそれらの視界に入らないよう慎重に、けれども少し駆け足気味にライブハウスを目指す。


 何とかテンシに見つからずにライブハウスの前まで辿り着くと、リツは少し緊張した面持ちで鍵穴に鍵をさした。鍵を回すと自動で扉が開いたので、二人はそっとライブハウスに足を踏み入れる。そしてゆっくり扉が閉まるのを背に感じながら、何もないロビーを進んでいく。


 ホールへと続く扉をリツが開くと、照明がついたステージの上に大鎌を持った派手な女の子が立っているのが見えた。


「ヤッホー! 待ってたよ〜。あーしは『シニガミ族』のしゅう。とりま、ヨロシクね★」

 ギャル風の女の子、奈ノ禍は元気よく自己紹介をすると、旋とリツにヒラヒラと手を振る。


 緩く巻かれたシルバーグレーの長髪。パステルパープルの毛先とカラコン。フードがついた袖の長い肩出し白色トップス、黒色のダメージショートパンツに、厚底ロングブーツ。派手目のメイクとパステルカラーのネイル。

 そんな明るい見た目で奈ノ禍が、『シニガミ』と口にするものだから、旋とリツは「え!」と驚く。


「想像してた死神サンとは少し違うっすけど……とってもかわいいっす! それに声も綺麗っす!」

 リツはじぃと奈ノ禍を見つめ、素直な気持ちを口にしながらじりじりとステージに近づいていく。


「わ~ありがと! あーたもかぁいいし、声もステキだよ★」

 奈ノ禍は心底、嬉しそうにステージから降りてくると、照れ笑いを浮かべるリツとハイタッチを交わした。


「あ、自己紹介がまだだったっすね。アタシは鳴無リツっす!」

「りつ……ほんじゃまぁ、リッツーって呼ぶね! あーしのコトも気軽に、あだ名とか名前で呼んでほしいな★」

「はいっす! 奈ノ禍サン!」

 奈ノ禍は『りつ』と呟いた際、悲しげな顔をした。けれども、すぐさまニコッと笑って明るく元気に振る舞ったため、彼女の表情の変化にリツと旋は気づいていない。


 リツと奈ノ禍のやり取りに、旋はほっこりしながら二人に近づき、自分も名乗るために口を開く。

「ジブンはリツの兄で――」

「旋って名前でしょ?」

「へ……? どうして知ってるんですか……?」

 一発で名前を言い当てられ、旋は目を丸くする。


 奈ノ禍はそんな旋の瞳を真っすぐ見つめ、なんとも言えない複雑そうな顔をした。それから少しだけ何かを考えた後、誤魔化すように「ただのカン★」とお道化たように目元でピースサインをする。


「妹がリツってコトは~兄がめぐるだったら、二人合わせてせんりつになって面白いな~と思っただけだよ★」

「名前の由来まで当たってる……。両親が音楽好きだからこの名前にしたって言ってました」


 奈ノ禍は旋の言葉を、眉毛を微かに八の字にして聞いていた。だが、旋が話し終えると「うんうん、そんな感じかなー? って思った★」と、少しオーバー気味のテンションで言葉を返す。


「てコトで、改めてヨロシクね、リッツー。それから旋っちも。あ、敬語は堅苦かたっくるしいからタメでヨロ★」

「よろしくっす!」

「うん。よろしく」

 奈ノ禍はニコッと笑うと、大鎌を持っていない方の手で二人と握手を交わした。

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