青春の現象/サマーフェノメノン〜拝啓くそったれな現実/リアルさん、ここは異世界/ファンタジーじゃないですよ〜

紅茶ごくごく星人

PHASE01 灰色の世界

#1 灰色の登下校

『国際宇宙ステーションAKASHAが月面へと不時着し、大破していたことが明らかとなりました。併せて、先日太平洋沖に落下した隕石が大破したAKASHAの一部であったことも明らかとなり……搭乗していた宇宙飛行士の安否はいずれも不明ですが、全員死亡したと見られ……』


灰色の町。

と言っても、それはファンタジーなんかじゃない。


ただ単に、僕が灰色だと思っているだけ。

僕にだけ、灰色に見えてるんだ。


「いや、それは嘘」

自問自答を呟いた。


「なんか言った?」

生意気な声で妹が言った。


「なんでもない」


朝。玄関。


本当のことを言うと、僕は普通に色が見えているし、健康だし、別に特別な事情を抱えているわけでもない。


普通の人間だ。


そんな僕が住む世界も、普通の町。ファンタジーじゃない、現実。

東京の、中でもどちらかといえば田舎の方。


特定されたくないから、具体的な地名は言わない。


「行ってきまーす」


無駄に元気な中学生の妹は、ドアを開けて家を出た。


僕は靴紐を結んで、閉まりかけていたドアに手をかけ、指を挟み、激痛が走り、でも仕方ないから一言も発さずに反対の手でドアを押した。


「行ってきます」


「行ってらっしゃーい」

母が言った。


高校生の僕は、妹とは反対方向に進む。


灰色の道路、灰色の電柱、灰色の青空、灰色の横断歩道、灰色の……


そう、僕はただ、世界を灰色にしたいだけだ。

それはわかってた。


「おはようございます!」

僕はさもフレッシュなふうを装って、はきはきと挨拶をする。


「おはようえいじくん、今日も元気だねえ」

優しい声。柔らかな。


それは僕と同年代の女子高生……ではなく、近所のおばあちゃんだ。


そんな感じで僕は毎朝、道ゆく人々にはきはきと挨拶をする。元気よく。


そして、学校にたどり着くのだ。


朝一番に職員室に行き、まず挨拶。

そして教室の鍵を受け取る。


僕はこれをずっと続けてきた。


僕は一人、教室でちょっとだけソワソワした。

なんせ今日は期末テストが返される日だ。


……


「桜田は今回もオール99点、もちろん学年1位だ!」

教師は言った。


「おお」と歓声が上がる。


僕は中学生の頃からずっと、定期テストはすべての科目で99点、学年1位。


でもそんなのは当たり前だった。


「すげえ......!」


「毎回毎回、どうやってやってるの?」


僕は作り笑顔で返す。

「そんなことないよ、普通に頑張ってるだけ。」


そう、こいつらが頑張っていないだけ。

僕は普通に努力しているだけなんだ。

どうしてこうも世界は、まぬけで怠惰な人間ばかりなのだろう。どうして僕みたいなまともな人間は、ほんの一握りしかいないのだろう。


「でも、いつも惜しいんだよな。二年に上がったら、一教科くらい100点取れるといいな。大丈夫、お前ならできる」

そう言った担任教師は両手でガッツポーズを作ると、窓辺から差し込んだ日差しが薬指の結婚指輪を光らせた。


「はい、そうですね。努力します。」

高校一年生三学期末。僕はちょっと涙目になって言った。


相変わらず、僕はメンタルが弱い。


でも、人の迷惑を顧みず横暴に振舞うよりは、自分だけが傷ついていた方がよっぽどマシなはずだ。


そう。僕は常に人に優しく、親切にするように心がけている。


クラスメイトに勉強でわからないところがあれば教えてあげるし、教科書を忘れた別のクラスの同級生には、規則で教科書そのものは貸してあげられないが、教師に事情を話し僕が事前に用意した写本を貸してあげるし、他にもいろいろだ。


授業が終わったら、クラスの全員(もちろん教師も含めて)の机の中の忘れ物を確認し、ないことを指差し確認し、そして窓の戸締りを確認し、鍵を閉め、職員室に返しに行く。もちろん元気な挨拶は必須だ。


美化委員が捨て忘れた大きなゴミ箱の中身も捨てて、そして帰る。


こんなにも真面目な僕。

こんなにも毎日努力している僕。

人に親切にしている僕。


それなのに、休日に遊ぶような友達もいないし、恋人もいない。


この世は理不尽だ。


僕みたいな優秀で完璧な人間に限って、人間関係に恵まれないのだ。


こんなにも毎日頑張っているのに何の見返りもない。

努力は報われない。


ドアを開ける。


「ただいま」


「おかえりー」


「今日テスト返しだったから。はい」

僕は母にテストの解答用紙を見せた。


「おお、さすがうちの子。やるねえ!」

そう言って、母はヘッドロックした僕の髪をわしゃわしゃした。


最悪だ。虐待だ。


「やめてよ母さん、まだ手を洗ってないんだから」


「えー。手洗ってからテスト渡しなよ」

母は明るく笑って言うと、僕を解放した。


「……」


そう、このように。この世界に存在するあらゆる人間たちは結局理不尽に僕を責め立てるばかりで、誰も本心から褒めてはくれないのだ。学校でも家でも、僕を褒めてくれる人は一人もいない。口ではすごいとか流石とか言ったりしているが、どうせそんなのは全部皮肉に決まっている。


だがそんな僕にも、唯一癒しがあった。


それは。


『きゃああああああ!』


『やめろおお!』


『ぐわーーー!これがチーターの力かああああ!?!?!?』


『ふっ、大丈夫だったか?』


『はい、さすがチーター様!すき!私と結婚してください!』


『ちょっと待ってよ!チーターはボクと結婚するんだよ!』


『いいえ、わらわでありんす』


『いやあ、困っちゃうなあ、てへへへへ』


そしてエンドロールが流れ始めた。


僕はイヤホンを外し、今にも溢れ出しそうになる笑みを必死で堪えながら、スマートフォンに文字を打った。


○おええええええええええクソチー最終回も安定できもすぎたwwwwwwwwwwwww

#クソチー


ラノベ原作アニメ

”ダークソサエティ・チートパス~外れスキル<年間パスポート>を得た俺、助けた異世界を追放されるも数多の異世界を渡り歩き、開拓蹂躙酒池肉林の文明を築き上げ闇の皇帝となる。今更仲間に入れてくれといわれてももう遅い。ざまあ。~”

略して”クソチー”の最終回の感想を、僕は呟いた。


すぐに返信リプが来る。


〇本当に最悪でしたね。今世紀に残る最大のクソでした...レビュー動画楽しみにしてます。


他にも同じようなリプがたくさんつく。

全部にいいねをつける。


〇この吐き気が消えないうちに動画作っちゃいます。

後から思い出すのも苦痛なので


追記を送信すると、僕は動画編集を始めた。


そう、これが僕にとって唯一の癒し。


異世界系のクソラノベやクソマンガ、クソアニメのレビュー動画を作ること。

自慢ではないが、再生数には必ず万がつく。


異世界系は大体みんなバカのひとつ覚えみたいに同じ内容な上に、リアリティーがない。


いつも現実を見て努力をしている僕と違って、現実を見たくない可哀想なニートや引きこもりが現実逃避のために書いたり読んだりしていることが、本人を直接見なくても簡単に想像できる。


〇他のチャンネルはみんな出版社という名のホンモノの闇の皇帝(笑)にBANされて葬られてるので、ここだけが最後の希望です。


〇こんなのが売り物として売られてるの、頭大丈夫なんですかね?wwwwwwwww』


〇作者の時岡サツキ、間違えた。あたオカ殺気は天才だよ。こんな糞の塊を恥ずかしげもなく出せる奴はなかなかいないでしょwwwww


〇楽しんでる人もいるのにこんなひどいことを言わなくてもいいと思うのですが……


ごくたまにだが、現実が見えていないお花畑なリプが来ることもある。

そんな時、僕はこう返信する。


〇現実見えてますか?ここは異世界じゃないですよ?wwwwwwwwww


異世界系なんかを擁護する可哀想な人のリプは、他の人たちからも袋叩きになる。


当然のことだ。世界にはまともな人の方が多い。

現実が見えていなくて可哀想な人間は、一部の落ちこぼれだけだ。


不愉快だが、あんな物で楽しまざるを得ない吐瀉物色の人生を送っている人間がたくさんいると思うと、僕の灰色でつまらない人生は何倍もマシに思える。


そう、僕は、真っ当な人間なんだ。


興奮で鳥肌が立ち、脳みそがじんと熱くなった。

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