第35話 投稿作2


 ふっ、やってやったぜ。

 無事に投稿策の完結設定をしたパソコンの前でたそがれ、私はコーヒーを口に運んだ。苦い。コーヒーフレッシュと砂糖を所望する。


 そんな戯れはさておき、一作目は無事に期限前に投稿できた。

 余裕がありそうだから応募を切り替えたというのに、気付けば期限当日。なんだかんだギリギリになるのは私の悪い癖だ。

 締め切りが近づくと執筆済みの部分の推古を重ねるのはまだしも、部屋の掃除をしたり、散歩したり、ネットサーフィンをしたり、次の投稿作や他の作品のことを考えたり、執筆してしまうこの気持ちプライスレス。

 どうしてテスト前とかって、普段は面倒なことをやりたくなるんだろうね?


 まあ、それは置いておいて二作目だ。

 さっきまで一作目の提出にうんうんうなってたのがウソみたいに執筆意欲が湧いてくる。

 旅行は計画してる時が一番楽しいってよく言うけど、小説も計画を立ててる時が一番楽しいんだよねー。最初はこれは傑作の予感! って謎の確信があるのに、実際書き始めるとどんどんあれ、これ楽しいのか? って自信を無くしていくの本当に謎。


 というのは置いて、構想構想!

 次の狙いはAAA新人賞。当初予定は幼稚園の頃にぼんやり考えたダークファンタジーだ。

 私の作品は優しい世界って言われてて、それは嬉しかったんだけど、だからこそ逆のものも書いてみたかったというか。

 まあ、ダークファンタジー作品って言っても、それで雰囲気が暗いとか優しくないなんてわけでもないし。ハガ〇ンとか。


 あと、単純に私は□クエア全盛期のRPGが好きだ。まあ、やるのじゃなくて見るのがなんだけど。

 前世の私にはお兄ちゃんが二人いた。だから、そのお兄ちゃんがゲームをするのをよく横で見ていたのだ。自分でやるのは下手くそだけど、お兄ちゃん達はゲームがうまかったから、サクサク進んでストーリーを楽しめた。

 そんな中で、唯一私が自分でクリアしたRPGがある。最初はお兄ちゃんがやってるのをみてたんだけど、その世界が、物語があまりに魅力的過ぎて、私はすっかり虜になってしまったんだ。

 ファンタジーなのにSF的。そして心理学や宗教、果ては哲学まで取り込んだ難解なストーリー。なのに、それがどうしようもなく格好良くて、素敵で。自分がその世界に飛び込みたくなって、どうしようもなく先が見たくなって、夢中でプレイしたのを覚えてる。

 思えば、私がRPG風の作品を書く時の原点はあの作品にある気がする。


 話が逸れた。

 そのRPGのことは一回頭から追い出して構想構想。

 舞台はポストアポカリプス。

 宇宙から飛来した病原菌に人類は未だかつてないほど追いつめられる。しかし試験管ベビーの天才兄弟が、ナノテクノロジーでそれを克服する。人類はラストウィルスと呼ばれる病原菌の脅威から救われたが、そのナノテクノロジーによって発見された力やデザインチルドレンといった新たな問題に直面するのだ。そして過去に類を見ない新たな戦争に突入。

 そして、舞台は千年後の別の惑星に移り。


 いいねいいね! 世界があふれてきた!

 この調子でどんどん行くぞ!


 でも、宇宙が舞台の作品って昔に比べて減ったよね。宇宙旅行とか身近になってきてロマンが減ったのかな? まだまだ面白いと思うんだけどなー。


   ◇◇◇


 放課後。

 ランドセル装備、よし! サラバッ!


「葉月ちゃん」

 現実世界からの一目散ダッシュをかまそうとした私だけど、横からの遠慮がちな声に引き留められた。


「エレナちゃん。どうしたの?」

 創作の海にダイブしたいはやる気持ちを押し隠して、私は聞き返す。


「うん。最近エレナちゃんクラブに来ないけどどうしたのかなって思って……」

「あー」

 思わず口ごもる。言われてみれば確かに、投稿作品の執筆を始めてからまったく文芸部に顔を出してなかった。


「その……いろいろ忙しくて」

「……そうなんだ」

 当たり触りのない私の言い訳に、エレナちゃんはただ寂しそうに俯く。

 うっ、天使なエレナちゃんのこの表情は心に来る。

 引っ込み思案なエレナちゃんはこれ以上何も言わないけれど、そもそも私を呼び止めた時点でエレナちゃんにしては珍しいことだと思う。

 気付けば蓮君も歩み寄ってきて、気遣わし気に私達を見比べた。


 ――ええーいっ!


「今日は久しぶりに文芸部行こっかな!」

 エレナちゃんがばっと顔を上げる。


「いいの?」

 おずおずと遠慮がちに、でも嬉しそうに、それでいて申し訳なさそうに。エレナちゃんは期待と不安の入り混じった目で私を見た。


「もちろん! 久しぶりにエレナちゃんと蓮君とゆっくりお話ししたいし! あと由利咲先輩と、ついでに饗庭先輩も」

 お道化ながら答えると、エレナちゃんはギュッと私の腕に抱き着いてきた。ううーん、可愛いっ!


「それじゃ、行こっか」

 蓮君も安心したように、そして嬉しそうに笑って歩き出す。


「うんっ!」

 珍しく弾んだ声で続くエレナちゃんと一緒に、私も部室への道を歩き始めた。


 うん、今日くらいは仕方ないよね。エレナちゃんにこんな顔をさせておくわけにはいかない。思えば最近はエレナちゃん達と話す時も作品のことを考えて、心ここにあらずなこともあった気がする。

 まあ、たまには気分転換も必要だ。それに、我慢した後の方が筆が進むこともあるしね。


 そんな言い訳なのか何なのかわからないことを考えながら、腕の柔らかな感触に喜んでいて私は気付いた。

 大きくなってる。小学五年生なのに確かな感触が。

 凄い。これがハーフの力か。

 あれ? さすがに前世の私よりまだ大きくないよね?


「あー! 葉月ちゃん、久しぶり!」

「おー、久しぶり。幽霊部員」

 久しぶりな先輩の歓迎への喜びと、小学生への微かな敗北感を胸に、私は久しぶりの部室に入室した。

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