第26話 ネット小説


 そして、私はネット小説を読んだ。

 すると一年が経過していた。


 嘘です。すいません。ごめんなさい。久しぶりにやってみたくなりました、嘘つき健康法。

 でも本当に二週間は吹き飛びました。ヤバい。これ面白い。


 なんだろう?

 最初の説明は? 風景描写は? とか引っかかることもあったのだけれど、読み進めればそんなことはまったく気にならなくなった。

 秀一君の言う通りだった。スピード感が私のイメージしていた小説とまるで違う。

 次から次にイベントが起きて、サクサク話が展開していく。だから箸休めに一旦休みましょうってなるところがない。

 

 小説の描写に余計なものなんてない。元作家としてはそう思ってる。それ必要かと疑問に感じる場所があったとしても、作者はそれを描写したかった。それだけで意味があるとすら私は思っている。

 しかし、そんな描写が無くても気にならない。あるいはしなくても、読者は勝手に頭の中で補完するのだ。そういう描写をすることは読者の想像力を阻害する行為。そんな風にすら思わされてしまった。

 もちろん必ずしもそうではない。描写によって雰囲気を感じて、余韻を味わう。そんな楽しみ方が小説にはある。ずっとそれを好きだった私にはわかる。

 だから、これはどっちが優れているとかそんな話ではない。


 ただ、同じ小説というカテゴリーの中にあっても、これは戦う土俵が違う。そんな風には思ってしまう。

 ちょっと違うけれど、例えるならマンガの週刊誌と月刊誌だ。

 同じマンガでも一話のページ数が違うから、同じ一話でも密度というか組み立てがまるで違う。

 例えば週刊誌が一話二十ページ、月刊誌が一話四十ページだとすれば、同じ四十ページの中でも、週刊誌は二回の話のまとまりと引きがあるのに対して月刊誌は一回だ。

 それが小説とネット小説では季刊誌と連日更新レベルの差がある。まるで別物だ。

こんなことをやられればたまったものじゃない。


 そして、何より大きいと思うこと。

 ネット小説は読者と作家の距離を限りなく縮めている。

 昔であれば読者の反響なんてファンレターとサイン会でくらいしかわからなかった。それが、今は更新すれば熱心なファンはすぐに感想をくれる。しかも、善悪問わず。

 昔ならいやがらせ目的みたいな例外を除けば、マイナスな意見は作家に届きにくかった。わざわざファンレターを出すなんて手間をかかることを、作品をよく思わなかった人はかけないから。でも、ネット小説の感想は思い立ったらすぐに書ける。

 しかも、その感想以上に明白にPV数等の数値に結果は現れるのだ。

 これは、小説という媒体の新しい極致だとさえ思う。


 私はため息を吐きだして、卓上のマグカップを口に運んだ。

 天井を見上げ、目を閉じる。

 思えば、前世での私はある意味で恵まれ、ある意味で劣悪な環境にいたのだ。

 数少ない私のファンは、数が少ないからこそ私の作品に好意を抱く人だけだった。よっぽどの暇人じゃなければ誰も知らない私の作品に難癖なんてつけない。担当編集の矢作君も私の作品のファンと言っても過言じゃなかった。だから私の耳に届くのは、エレナちゃんや蓮君と同じ賞賛の声だった。

 もちろんかつての読者や矢作君、エレナちゃんに蓮君が悪いわけじゃない。褒められても売れないという明確な結果が出てる以上、自分で気付け、考えろというだけの話だ。でも、私はその現実に目を向けなかった。


 そんな私にとって、秀一君の客観的な意見はこの上なく貴重なものになった。

 私の作品が明確に間違っているというわけじゃない。ただ、このままでいいかと言われればそれは否だと思う。そんな当たり前のことに気付かせてくれた。


 ただの小説好きでいたいなら今のままでもいい。

 でも、私は作家でありたい。あり続けたい。

 そのためには、自分の作品を、商品を売らなければならないのだ。

 そのために何をしなければいけないか。

 それを私は考えなくちゃいけない。


   ◇◇◇


 書くからには、多くの人に見てほしい。そんなの当たり前で、みんな思うことだと思う。なら、そのためにどうするか。

 簡単だ。多くの人が望むものを書けばいい。


 それがわかれば苦労はしない。それももっともな意見。

 しかし、今はそれが可視化できるシステムがあったのだ。

 ネット小説のランキング上位。これはまさに多くの読者が望むものと言えるだろう。


 それなら、私が作るべきは、目指すべきはこれだ。

 

 私は読んだ作品を分析して、読み込んで。

 新しい自分の作品を構築し始めた。

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