第17話 あふれて止まらないっ!
「ウヘヘヘッ」
おっと。思わず変な笑い声が。
怪しい者じゃありませんよ? 我が執筆部屋(子ども部屋)にお越しいただいた新たなパートナーに感極まってしまっただけです。
それはなんとぉー!?
積年待ち望んだパーソナルコンピューター! 通称パソコン(PC)様だぁー!
パパンのおさがりと侮ることなかれ。
多くの作家が用いているだろうワートも標準搭載!
インターネットも楽々サクサクッ! これで調べ事もちょちょいのちょい!
おまけになんとぉー? これ、パーソナルコンピューターなんですよねぇー!
ん? 何を言ってるのかって?
パーソナル《・・・・・》コンピューター。
わかりますか?
つまり、これって私の、私だけのコンピューターなんですよっ!
ここにはどんなに執筆しようが! どんな作品をこれに叩き込もうが!
私の自由! 絶対不可侵っ!! 私だけの秘密の楽園だぁー!!!
ヤッホー! 船出だぁ!
みんなっ! 待ちに待ち望んだ執筆の旅を始めるよー!
オオーッ!
◇◇◇
腕が軽いっ! まるで翼が生えたみたい!
これならなんでも! どこまでも私は書けるっ!
長年の執筆フラストレーションを解き放ち、私はどんどん書く。これでもかってくらいに書きまくる。
だってほら。書きたかったものは、こんなにもあふれてる。
スケッチブック十数冊にジャポニカ学習帳や大学ノート三十数冊。
全部が全部じゃなくて短編とか混ざってるって言っても、これだけのプロットが山になってるんだ。
片っ端から形にしたくてたまらない。
そして、今はそれを簡単に文章に起こしてしまえるツールがあるんだ。
ああ、幸せ。
この子があれば、私は空だって飛べる。
バンッ!
「葉月っ! ご飯だって言ってるでしょ!」
「うひゃいっ!」
私は慌ててパソコンのディスプレイを抱えた。
デ、データ! 飛んでないよねっ!?
◇◇◇
草木も眠る丑三つ時。
私はむくりと音もなく起き上がった。
月と星の明かりだけを頼りに学習机に。
愛機の電源を入れてしまえばこっちのもの。あとはそのディスプレイの明かりを頼りにワードを開くだけ。
さあ、始めよう。今日も真夜中のゴールデンタイムを!
キィッ、と扉の開く音。
こんな時間に?
すわホラーかと半分以上の恐怖、残りの好奇心最優先な作家魂に振り向く。
「葉月」
そこには美しくも死神以上に恐ろしい我がママンが仁王立ちしていた。
「マ、ママン……」
ごくりと私は生唾を飲み込む。
なぜならママンが笑っていたからだ。なぜ笑っているのに恐怖しているのかって?
それは笑っているとはいっても、それが表情だけだからだ。表は笑いつつも、内心は全く笑っていない。
冷静に怒る人間が一番怖い。二度目の人生だもの、それ位わかります。
「なにをしているの?」
「ヒャ、ヒャイッ!」
「ヒャイじゃわからないわ。私は何をしているか聞いたのだけれど?」
すぅっと静かにママンは距離を詰めてくる。怖い。下手なホラーの百万倍怖い。
「しょ、小説を書いてました」
「そう。物を書く人なら質問にはキチンと答えてね」
ニッコリという言葉がぴったりな微笑み。ここでその笑顔は脅迫でしかない。
私は直立して体をガタガタ震わせる。
そんな私の手にママンの手が降ってくる。ビクリと私は体を竦ませた。
ポンと、優しく手が頭に置かれた。
驚いて顔を上げると、ママンがしゃがみこんで正面から私を覗き込んでいた。
「あなたはまだ幼いんだから」
さっきまでの貼り付けた笑みでなく、私を案ずる瞳。
「夢中になれるものがあるって、とても素敵なことだと思うわ。睡眠時間を削ってまで頑張れるって、本当に凄いと思う」
でも、とお母さんは続ける。
「体は大切にして」
私は何も言えない。
お母さんが本当に心配してくれていることがわかるから。
だけど、お母さんの言う通り大人しくするつもりもないから。
「……強情なのは私譲りかしら」
「いひゃい」
頬を摘ままれる。両手で両側を引っ張られる。酷い、体罰だ。
涙目の私の前で、お母さんは大きくため息を吐く。
「今週末、眼鏡を作りに行きましょう」
「めがね?」
前世はともかく、今はまだ眼鏡が必要なほど目は悪くない。まあ、こんなことをしている以上、時間の問題かもしれないけど。
「パソコンを使う時にかけるメガネがあるの」
ブルーライトカット。前世でもお世話になった商品を私は思い出す。
ハッとお母さんの目を見れば、お母さんは呆れたように笑ってた。
……ごめんお母さん。次からは夜中に隠れて執筆するときも、ちゃんと電気つけるね。
「夜はちゃんと寝なさい」
前向きに善処いたします。
ごめんなさい、嘘です。気を付けます。
……できる限りは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます