君に届ける金色の

蒼雪 玲楓

1話 新たな季節

「ねえ──」


聞き慣れた、懐かしい声が耳に届く。

そちらを向けば、満開の桜の樹に背を預けて笑う幼い少女がいた。

そんな少女のことを見つめる自分の視線の高さも少女のものと同じくらい。

今の自分のものとは明らかに違うそれに違和感などなく、逆に馴染む感覚がある。


そしてそこまで状況を把握すると、これは幼い頃の記憶を辿る夢なのだと感覚で理解することができるようになってくる。

理解ができれば当然、この夢で次に何か起こるかもわかる。

次は少女がお願いをしてくるのだ。


「──────────」


少女の紡いだ無音の言葉。

本来告げられていた言葉が耳に届くことはなく、少女は唇を動かすだけだ。

それでも、どんな口調で、何を言っていたのかは寸分違わず理解できる。


その理由はこれがそういう夢だから理解できた、なんてものではなく。

何が起こるかを直前に思い出したから、ということでもない。


答えはもっと単純で、『忘れずにずっと残り続けているから』。

現実でこの言葉を告げられた日から今までずっと、心に残り続けてきた。


「─────────」


そして、お願いに対する自分の返事も声にならずとも伝わったのだと、少女の笑みを見ていると確信できる。

そんな少女の笑みを見ていると安心感と、同時に寂しさを覚えてしまう。


これがどんな夢かも理解し、重要な部分も終了している。

それならば今の自分が夢の中にいるとわかっているからこその、悪あがきをしよう。


そう決意をした瞬間、突然風が吹き視界が桜の花びらに埋め尽くされる。

まるで、お前のやりたいことはお見通しでそんなことはさせないと言わんばかりの流れに悪態をつきたくなるもその声すら発することができない。


桜色に染まる視界の隙間から最後に一目見えた少女は、記憶の中のそれとは違って、手を振っていたような気がした。



◇◇◇◇◇



「ふわぁ……なんだってまたあの日のことを夢に見たんだか」


久しぶりに夢に見た懐かしい記憶に少し頭を悩ませながら通学路を歩く。

歩きながらずっと視界に入ってくる桜の花びらが、嫌でも夢のことを考えさせてくる。

幸いにも、一年間通い慣れた道はそんな状態で考え事をしていても無意識に正しい進路を選択することができる。


しかし、一つのことに集中するとその他のことに対する注意力が低下するのもまた事実。


「おっはよー! 彩人さいとっ!」


後ろから足音が近づいてきていたことに気がついた時にはもう完全に手遅れで、その直後に背中に聞き慣れた声と一緒に軽い衝撃が伝わった。


「……朝からうるさいぞ。深玖琉みくる

「えー、新学年に新学期だよ? 元気にいかないと」


振り返りながら抗議のために軽く睨みつけるも、当の幼馴染はどこ吹く風。

全く気にしていない様子で何事もなかったかのように背中から離れると、自然と横に並んで歩いてくる。


「新学期とか新学年とか関係なく、お前はいつでも元気だろ」

「えー、褒められても何も出ないよ?」

「別に何か欲しくて言ってるわけじゃない」

「それで、何考えてたの? 悩んでるみたいだったけど」


そこまでのおふざけから一転。

触れられないと勝手に思い込んでいた話に深玖流が突っ込みを入れてくる。

真後ろに近づかれるまで気がつかなかったのだから、考え事をしている時の様子を見られていたのだろう。


「別に悩んでたってほどでもない」

「えー、ほんと? あの距離まで近づいても気がつかないなんて相当な気がするけど」

「今朝見た夢のことを考えてた」

「夢? 考え込むような夢って、何見たの?」

「……あの日のことだよ。声も姿も全部昔のままで」

「あー……それなら納得」


あの日、という言い方でいつのことを指しているのか伝わるのはそれだけ何度も話題に出たりした、などというレベルのものではなく。その日その場に深玖流もいた、それが真実だ。

夢の中では自由に体を動かすことはできなかったから確かめられなかったが、本来は俺の隣に深玖流がいた。


「ここ何年も夢に見るなんてことなかったのにな」

「見ても覚えてないだけとか? あとはほら、今って桜の季節だし」

「桜が咲いてるのを見て思い出したから、なんて理由なら毎年この季節に毎日夢に見ることになるぞ」

「……まあ、それはそうなんだよね。私もそうなるだろうし」


俺も深玖流も、あの日のことをずっと記憶に残したまま今日に至る。

残したままなんて表現が正しいのか、縛りつけられたまままと言ったほうが正しいのか。

どちらにせよ、月日が経って多少の折り合いは付けられたとはお互いに思ってはいるがそれだけだ。


「でもさ、夢に見たなら無意識に何か考えてたりしたんじゃないの?」

「その心当たりが何もないから考えてたんだよ。正直、あっちから何か言いたくて夢に出た、なんて言われたほうがまだ納得がいく」

「あはは、ありえるかも」


それからは夢の話に触れず、正確にはその話題をわざと避けて会話を続けているうちにいつの間にか学校へと着いていた。

校舎の入り口前は新学期で久しぶりに友人に会えて話が弾むから、新入生が学校への期待に胸を膨らませているから、と様々な理由から人でごった返している。

そして、そんな中で最も人が集まる原因となっているクラス替えの発表場所では目に見えてたくさんの生徒が集まっている。


「クラス誰と一緒かな~」

「そんなに気になるなら見てきたらいいだろ」

「だねー、彩人の分も見てくるから待ってて!」

「それくら……はぁ」


返事をする間もなく姿を消した深玖琉にため息をつき、せめて待っている間に話し相手になる知り合いがいないかと周囲に視線を向ける。

しかしそんなすぐに都合よく見つかるはずもなく、人と人の隙間から知り合いを探す作業をよぎなくされる。


「誰かいな……っ!?」


呑気に人探しをしていると、一瞬だけ視界に映った少女に完全に目を奪われる。

知り合いでなければ同級生や他学年の有名人というわけでもない。

完全に知らない相手のはずなのにどこか惹かれるものがある。


そんなよくわからない感覚に身を委ねて追いかけようとしたそのとき、隣から声がかかる。


「たっだいま! 一緒のクラスだったよー!」

「……なんだ。深玖琉か」

「なんだって何よー! せっかくクラス表見てきてあげたのに」

「お前が勝手に見に行ったんだろ」


話の切れ目にチラッとさっきの場所に視線を向けると、当然少女はいなくなっていた。

今この場にいたのだから生徒じゃないということはないだろうから、学校内のどこかでそのうち会うことができると考えればそこまで気にしなくてもいいはずだ。

それでも、謎の引っ掛かりが頭から離れない。


「深玖琉……やっぱり、なんでもない」

「えー、何? 気になるってば」

「言ったら絶対にからかうのが目に見えてる」

「えー、教えてよー! 絶対にからからわないって約束するから」

「もしからかったら?」

「んーと……じゃあ一週間お昼ご馳走してあげる」

「はぁ……わかったわかった」


そこまで賭けても絶対にからかってくるという確信を持ちつつ、頭の中で聞きたいことを整理して深玖流に尋ねる。


「お前、上級生含めてこの学校の女子のことってどれくらいわかる? 特に見た目に関して」

「えっ、彩人……急にどうしたの?」


結果、からかわれはしなかったもののわりと本気の表情で深玖流に心配されてしまった。

自分でもこんなことを言うキャラではないと思うが、だからと言って本気で心配されるくらいなら多少ふざけた返しをしてほしかったとも思ってしまう。


「さっき待ってる間に見かけたのが誰か気になったから、知ってるか聞きたいだけだ」

「えーっと、特徴は?」

「長めの髪と白……じゃないな。でも、綺麗な色だった。透き通るとでも言えばいいか。あと身長はお前よりは高いってことくらい。正直一瞬すぎてわからなかった」

「んー………………」


俯いて考え込む深玖流。

おそらくは頭の中で条件に合う人物がいるのか思い出しているのだろう。

そこから数秒の間が空き、結論が出た深玖流が顔を上げたが、その表情を見て芳しくなかったことがわかってしまう。


「それだけだとさすがにわかんないかな、可能性が高いのは新入生だと思うよ。聞いた感じは目立ちそうな容姿だし、同級生か上級生なら去年男子の間で少しは話題に出てそうだし」

「まあ、そうだよな」

「でも、ほんとにどうしたの?まさか…………一目惚れ?」

「深玖流、昼ご飯奢ってくれるんだったよな?」


わー!と叫び声を上げながらわたわたと慌て始める深玖琉。その様子を見るにからかうつもりもなく、純粋に思ったことが口から出てしまったのかもしれない。


「待って待って! 本気で一番可能性あるのがそれかなって思ったの!」

「ほんとにからかうつもりはないんだよな?」

「ないない! だって、可愛い子がいたとしてもよっぽどの理由でもないと彩人私に聞いてこないでしょ」


首をぶんぶんと振り、アピールをする深玖流。

その必死さからからかうつもりはほんとになかったのだろうということはなんとなくわかる。


「はぁ……否定はできないけど、それはそれとして昼ご飯奢りな」

「えー、これくらいセーフでしょ。彩人のケチー」

「軽いノリで賭けた自分を恨むんだな。ほら、遅れる前に行くぞ」

「はいはーい」

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