エピローグ
紅羽は椋の逮捕を待って役員会を開き、先ず謝罪した。そして椋を解任し退職金も支給しないことで了解を取る。そして佐音綱紀を舛上家の養子にすると告げ、舛上コーポレーション株式会社で採用し、社長の秘書とする旨を伝える。
一応の説明の後、佐音綱紀を会議室に呼ぶ。
「これが佐音綱紀です。養子縁組の手続きを社の会沢康平顧問弁護士にお願いしていますから、舛上綱紀となり、私の秘書として働いてもらいますので、皆さま宜しくお願いしますね」
「只今、社長より紹介頂いた佐音綱紀です。至らないところが多々あろうかと思いますが精一杯務める覚悟です。よろしくご指導お願いいたします」
綱紀が深々と頭を下げて新しい舛上コーポレーションがスタートした。
そして、海陽の私設秘書6名は全員刑務所に送られ、新たに二人を運転手として採用した。
舛上宅では、舛上の家に入った綱紀が結婚後も使えるよう海陽の部屋と書斎を合わせる改造をすることにし、工事を始めた。
綱紀が18年振りに舛上宅に戻った夜、綱紀を誘って、向島の居酒屋みちこへ向かった。
暖簾を潜り引き戸を開ける。
「こんばんわ」声を掛けるとママがにこやかに「いらっしゃーい」と椅子席に案内してくれる。
ほかにも数組の客が賑やかに飲み食いしている。
ふといつの間にか新しい板前さんが調理していることに気付く。ママにお似合いな感じの中年男性だ。
「ママ、何処で見つけてきたの?」
「別れた旦那なんだ。ほれ、子供亡くしてから可笑しくなって、一旦別れたんだけどさ、より戻そうって五月蠅いのよ」
ママは照れ笑いし、旦那さんもこちらに視線を走らせにかにかして嬉しそうだ。
「そう、良かったね。事件も終わって、うちも綱紀が一緒に住むことになったし、やっと二人で会社をやる体制になったところで、区切り付いたからママに報告がてら一杯飲みに行こうって私が誘ったのよ」
「俺はママに一言礼を言いたくてさ。本当に長い間世話になりっぱなしでさ、恩返しもできてないからさ。でも、これからできるようになるから、ママ元気で旦那と仲良く店やってて、顔見に来るから」
「あらあら、生意気言っちゃって、15歳のボンズももう33? 34? 一端の大人になったわよねぇ」
「ママ嬉しいでしょ自分の子供みたいで。でも、これは私の子だから取らないでね」
「はははは、大丈夫よ、来てくれてる限りはね」
「はははは、じゃ、綱紀毎日来なくっちゃね」
「はははは、そんな無茶苦茶な」
その後の2時間くらい笑いっぱなしの喋りっぱなし、大いに楽しんだ。
*
椋の方は、大人しく取調べを受けているようだ。丘頭警部が時々電話で知らせてくれるし、探偵の岡引さんからも電話が入る。
2か月後裁判が始まった。検察の求刑は懲役15年だった、弁護士は犯行に至った理由を詳細に説明し情状酌量を求め、焦点は量刑。
判決は懲役10年だった。椋は控訴せずそれを受け入れた。
1年後、刑務所に面会に行った。椋は元気そうだった。
「母さん、色々迷惑かけた。ごめんな」
椋がいきなり謝るので紅羽は言葉を返す前に涙が溢れる。
「椋、ここの暮らしはどうなの? 何か不自由してないの? 体調は?」
色々訊いてしまう。
椋はすっきりした笑顔で、「母さん、心配いらないよ。それより母さん年だから身体に気を付けてな」と返してくれる。
人の心配するなんて今までには無かった。そう思うとまた涙が零れる。
「母さん、何そんなに泣いてんの?」
紅羽は涙を拭いて咳ばらいをしてちゃんと話せるように準備してから口を開いたのだが「あんたが、随分変わって……」まで言うと、また涙が言葉を遮る。
「……優しい大人になったなぁって思って、母さん嬉しくって……」
また涙が止めどなく流れ出してしまう。
「良いのか? 俺、母さんって呼んでて良いのか? 俺を息子だと思ってくれているの?」
「何バカ言ってんの、あんたは私の子供だし、私はあんたの母さんだよ、過去も未来も」
「そっか」今度は椋が泣いてる。男のくせに今まで涙なんか見せたこと無かったのに、ぼろぼろ涙を流している。
それを見たら、紅羽の目から涙が、鼻から鼻水が止まらない。
「ここ出たら、家に帰って来るのよ!」
「わかった」
その後、面会時間一杯二人で泣きっぱなしだった。
帰りがけ「また来るね」そう声を背中に掛けると椋は頷いてドア陰に姿を消した。
海陽の呪縛から解き放たれ、高屋敷さんが手塩にかけて育てた子供の頃の優しい椋に戻ったような気がして、涙を押さえることができない。
*
一心は椋が送検されるのを待って丘頭警部を事務所に招いて家族と事件解決を祝った。
法外な調査料が入ったので、海老、鯛、マグロ、帆立にハマチやら蟹など大皿にてんこ盛りだ。
日本酒に焼酎、ビールも飲み放題。警部の好きなワインも赤いのとか白いのとか勢ぞろいだ。
全部ネット注文で配達だから、静も楽。
「一心、今回も世話になった、ありがとう。皆も協力ありがとう。じゃぁ、事件解決を祝してカンパ~イ」
チャリ~ンとグラスを鳴らして宴会のスタートだ。
全員が一遍に喋り出す、岡引一家の宴会。各自が自分の言いたいことを言って、人の言う事は一切聞かない。が、誰かが喋ると訳も分からず笑いが舞い上がる。
「ぎゃははぎゃはは」は美紗の笑い。どうして女っぽく笑えないのか、親の顔が見たいと言うとすかさず美紗は一心の前に鏡を持って来て、また「ぎゃははぎゃはは」と笑う。
丘頭警部と静はおばはんの会話、どっちが喋ってるのか判定は難しい、一心が見る限り同時に喋って同時に笑って、同時に食ってる。さすがおばはん、一心が口を挟む余地は1ミリも無い。
一心と数馬と一助の男連中は只管食って飲んで食う、そしてまた飲む。瞬く間に日本酒のボトルが空になっちゃう。
途中で田川刑事が階段を上がってきた。
どうやら、丘頭警部が静に言われて呼んだらしい。
「こんにちは、田川陽一28歳です。こちらの美紗さんとは4っつ違いです。よろしくお願いします」
何か婚活パーティーのような挨拶だ。
「ダメだ。美紗はまだ嫁にはやれん!」
一心が叫ぶと、静の目が三角になり始め、目の色がボクサー色に変わる。
「あんさん! そないゆうてよろしおますのんか? 美紗の幸せを考えないちゅーこってすか?」
喋り終わる前に一心の前髪が数本空中に舞った。静がパンチを出したのだが一心の目には何も見えなかった。
「い、いや、そ、そんな、こ、ことは無い。お、俺は、父親として、み、美紗の幸せを、願ってる!」
そう、一心の口がパンチの恐怖で上手く動かないのだ、どもり気味な喋りになってしまう。
「親父、ほんとに母さんに弱いよなぁ。探偵ならもっとかっこよくやれよ!」
数馬に冷やかされ、一助は従弟だから言葉は遠慮して出さないが、目顔は数馬の言う通りだと語っている。
「田川そこ座れ」
丘頭警部が美紗の隣に田川刑事を座らせる。
美紗が田川刑事と何やら言葉を交わし、彼のグラスに赤ワインを注ぎ、箸を渡す。
そして何やらにこやかに会話をしている。
一心は男三人で食って飲んで、また食って飲んで、これが幸せな家庭ってもんだ、と自分を無理やり納得させる。
「あ~、俺がかっこ良いのは事件の推理をしている時だけだ。誰か事件の調査依頼に来ないかなぁ」
完
絆 きよのしひろ @sino19530509
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