第23話 岡引一心佐音綱紀を探す

 浅草鴨井高校に佐音綱紀の名前が見つかったと連絡を受けたのは、丘頭警部が事務所を訪れた日の夕方だった。その日一助もその学校へ行って綱紀の名前が見つかったと鼻を高くして事務所に戻ってきたのは、その話を聞いた直後だった。

一助にそう言うと一助は高くした鼻を折られてしまい一気に肩を落とし落胆の表情をした。

「一助、そうがっかりするな。うちらの調査が警察と同レベルのものだという証だ。こっから警察と勝負だ!  奴らを出し抜いて手柄を立てようぜ!」

励ます積りでそう言ったのだが、既に一助の目にはごうごうと燃える炎が渦巻いていて、次にやるべきことに取り掛かっている。それを見て、一助も逞しくなったなぁとその成長ぶりに胸が熱くなる。

 「なあ、皆、綱紀の名前が高校生になってやっと出てきた。だけど、その前、中学、小学校、幼稚園とかなんで名前が出ないんだ? 何でもいいから考えてくれ、で、明日の朝持ち寄ろうや、俺も考える。それと、今日、丘頭警部が来て美紗に高校生の佐音綱紀と中学生の舛上椋の顔写真の照合を頼んでいった。警察もどうやらそこに疑問を感じているらしい。俺も疑問に思っていた。それもヒントだ」

全員が揃って夕食を食べている時に、次にやるべきことを告げて一助を見ると頻りに頷いていてやる気が満ち満ちているようだ。

「けどさ、俺それに集中したいから明日から外出ないぞ」

美紗の男言葉はもう治らないのかとちょっと悲しくなるが、ハッキングを始めソフトのことは美紗に任せるしかないし、必ず答えを出してくれるから今回も信じる。

「おう、少しでも早く結論出してくれ、美紗しかできない仕事だからな。美紗以外は明日は綱紀と椋のクラスメイトに会って、住居とか誰と一緒だったとか性格とか得意学科や趣味とか何でもいいから情報を収集してきてくれ。それと、綱紀のクラスメイトにも椋の子供の時の写真を見せて同一人か訊くのを忘れんなよ」

「だけどよ、一心、それって今回の海陽殺人事件とは関係ないよな」

数馬は一心の調査方針に今一納得していないようだ。

「まだはっきりしないが、俺はその延長線上に今回の殺人事件があるような気がしてならないんだ。理由はない。強いて言えば探偵の勘だな」

「なんだ、親父の勘かぁ……まぁ、あまり宛てにならんけどしゃーないか」

「あてもなんか頼りないな、とは思うけど所長やさかい協力せなあかん思うとります」

「一心、会社関係の捜査情報はないのか?」

一助に訊かれ一瞬ドキリとしたが警部の言ってたことを思い出した。

「おう、関連会社などに67名も対象者がいて、全員に聞き取りしたら、きちっとしたアリバイを示せたやつはゼロ。夫々恨みはあるがそんな事で殺人なんかは起さないよ、って言うらしい。つまり、全員灰色のまま進展無しのようだ」

「俺がハッキングして得た情報は?」

「おう、懲戒処分を喰らった社員は悪いことをしたんじゃなく、全員社長命に反論や意見を述べた人、言い換えれば仕事に真剣に向き合って自分の意見を堂々と述べた人だったようだ」

「え~何それ」

「それでその意見具申の強さで処分の重さが違うんだ。酷い処分だと人事の人も言ってた。アリバイはまだ調査中と聞いてる」

「そこブラック企業だな。その社長なんとかならんのか?」

「美紗、そう言うな。次期社長になるだろう舛上椋に話を訊いたらな、自分が悪者になることで社員同士、下請け企業同士が結束して事業繁栄に貢献するんだ、という信念みたいなものを聞かされたよ。実態とはちょっと違う気がするけどな」

「盗人にも三分の理ってか」

一助が見下すような眼をして吐き捨てるように言う。

「まぁ、そんなとこだ。自殺した夫婦は仕入れを一社に絞る時のリスク管理ができてないからだってよ、経営者失格だとよ」

「人が死んでるのに何て奴よ! 一心は文句も言わずに黙って聞いてきたのかよ!」

「まぁ、怒るな美紗。椋の発言は父親の海陽の経営に対する思いなんだ。つまり、親子の根本的な考え方に違いは無いってことだ。だから、業務上の意見の食い違いはしょっちゅうあったらしいが殺人に繋がるような動機はそこに隠れてはいない」

「なる、いよいよ容疑者が浮かんでこないって訳……それで、藁をもつかむ思いで佐音綱紀を探せってことなんだな」

美紗が一心の心を見抜いたと思ったようで顎を突き出して鼻を高くする。

「そこで美紗の出番ってわけさ。頼りにしてるぜ!」

一心が笑顔で言うと美紗も、「おう」と応じ笑顔を返してよこした。 

 

 次の日、一心はJRを使って1時間半あまりかけて鎌倉市へ。そこから鶴岡八幡宮に向かう小町通りに入るとグルメやスイーツの店舗が軒を連ねている。その中のレストランで浅草鴨井高校でのクラスメイト佐藤明信に会う事になっている。

 昼少し前に会って名刺交換をして海鮮丼をご馳走する。佐藤は観光ガイドをしていると言うだけあってちょっとお洒落な服装に髪も綺麗にカットされているが天然なのかパーマがかかっている。少し太めの眉毛に垂れ下がった二重瞼は人の良さそうな感じがする。その店は家族連れなどで結構な賑わいを見せていたが、席に余裕があるようなので食後にコーヒーを注文して、それを啜りながら当時の話を訊く。

 「当時、佐音綱紀は元気一杯って感じで、体育祭の100メートル走とかは陸上部の連中より速くて、随分入部を誘われたようだった。何事にも積極的で彼がいるだけでクラスが明るくなった。クラスの中では人気者だったよ」

「ほー、乱暴者と聞いてたけど違うみたいだな」

「だけど、虐めをするやつなどを見つけたり相談を受けると、相手が何人いても夜に呼び出して、力で虐めを止めると誓わせ念書みたいなものまで書かせるんだ」

「ふ~ん、ちょっと行き過ぎかもな」

「え~、そして、それを校内に貼り出すんだ。それで学校側も念書があるので教育委員会などへの報告や父兄への説明などを行わざるを得ない状態になって、学校側はよくいう『事なかれ主義』なんでしょう、そこまでやる綱紀のことを快く思っていなかったようだよ」

「我々が聞いていた中学までの彼の話と随分違うな」

「あ~、それ多分だけど、彼の母親が何かの時に暴力は止めてと泣いて頼んだらしいぜ、それから喧嘩は止めたと聞いたことがあるよ」

「なるほどね。で、生活はどうしてたのかな?」

「良く分かんないけど、彼は授業が終わった後は生活費を稼ぐため居酒屋で閉店までアルバイトをしていると言ってた」

「なんちゅう店?」

「そこまで聞いていなかったなぁ」

佐藤はクラスメイトと言ってもそこまで親しい間柄では無かったようだ。

学校へは遅刻も欠席もなく通っていて、成績は中の下で自分とどっこいだったと言う。

特に親しい友人とか彼女とかはいなかったらしい。

後で何か思い出したら連絡が欲しいと言って別れた。

 

 事務所に戻ると静が調布市に住む綱紀のクラスメイトの本木みおに会ってきたと言うので話を訊いた。

綱紀は自分に三人の母がいると言ってたらしい。一人目は産みの母。二人目は育ての母で小さいときから乱暴者と言われてきたが、その二人目のお母さんの悲しむ顔を見て乱暴を止めようと思ったらしい。

三人目のお母さんを拾いの母と表現したようだ。「拾い」とはどういうことなのか? 本木にはその意味を教えてくれなかったと言う。

友達は少なかったようだ、本木は何回か誘われて遊園地や公園で話をしたことがあったらしいが、告白されることもなく卒業と同時に連絡は途絶えたようだ。

「静、虐めについて何か言ってなかったか?」

一心は静にクラスメイトの佐藤から聞いた話をする。

「本木はん、そういう話はまったくしはりませんでしたなぁ」静は顔を振った。

 

 話の最中に数馬が帰ってきた。浅草橋第七高校時代の舛上椋のクラスメイト相川恵麻に会ってきたと言う。

静との話が一段落したところで数馬の話を静と訊く。

「高校時代の椋は、真面目で温厚、暴力とは結びつかない感じだし、見た目も骨細で腕力もなさそうだったってよ。中学時代の椋の写真を見せたら、別人じゃないかしらってよ」

 

 一心は話を訊いた後浅草の飲食店街に出た。綱紀が休まず、遅刻もせず通学していたことを考えると、学校から遠い所には住まないだろうし働かないだろうと想定してみたのだった。

数馬と一助と三人で手分けして一件一件虱潰しに当たった。午後11時まで60軒ほど当たったが見つからなかった。11時で閉店する店も多くあるので続きは翌日にすることにした。

 次の日も高校生の綱紀の写真を持って回った。その次の日も。

1週間が過ぎ、2週間が過ぎた。

浅草の飲食店をほぼ回り切っても見つからない。読みが外れたのかと自信を失いかけた。静がそんな一心の心中を察して「あんはん、諦めちゃあきまへんえ。おきばりやす」背中をポンと叩いて気合を入れてくれてた。お陰で元気が出て、よしっ! と隅田川の川向の墨田区向島からスカイツリー周辺の飲食店を調べることにした。

 

 そして三人で歩くこと4日目、居酒屋みちこという店のママが綱紀を知っているという。ここまで延べ千軒くらいのドアを叩いただろうか、心身ともへろへろだったが一気に血湧き肉踊る。エネルギーが満ち溢れて来るのを感じた。交渉の結果、そこのママと閉店後話をすることになったので、数馬と一助にその事を伝えて帰し、一人隣のスナックで一杯飲みながら彼女を待つことにした。

 日付が替わろうとする少し前、漸くママが姿を現す。ボックス席へ移って名刺を交換し席に着いた。

貰った名刺には沢井田と書かれている。静と同じように着物姿で結構背が高く170近いかもしれない、50代だろうママはすらっとした日本風なそこそこの美人だ。

 ママに飲み物を訊くとビールというのでそれを注文し、二つの殺人事件のあらましを話した。

「佐音綱紀は何時頃からママの店で仕事を?」

「あれは、この辺りで時折ある酔っ払い同士の喧嘩だと思って、何気なく殴られ倒れている人を見たらまだ子供だったのよ。それで、まだ子供じゃないの! って相手を怒鳴りつけて追い払いその子を助けたのよ」

「へぇ~彼喧嘩めっちゃ強いはずだが」

「で、その子怪我して血を流してたから店に連れ帰って、手当して名前とか住まいとか訊いたら、事情があって家には戻れないっていうの。年訊いたらまだ15歳の高校生だっていうから、えって思って学校どうするの? って訊いたら退学するしかないって言うの。それで、思案して店には部屋があるし、丁度アルバイトを雇おうかと思っていたから、住み込みで働かないかって持ちかけたら、頷くのでその日から住み込むことになったのよ」

「随分と急な話だったんですねぇ」

「いやぁ、私、早くに子供を産んだけどさ、夫と離婚して昼間の仕事じゃ食べていけないから夜の仕事に就くしか生きる術が無くってさぁ……子供のためにと思って頑張ってたのに15歳の時に病気で死んじゃって……」

「ふ~ん、それは気の毒に」

「でさ、偶々出会った綱紀が息子のように思えてさ、きっと神様が自分の頑張りを見て亡くなった子供を蘇らせてくれたんだと信じてさ、店に住まわせることにしたのよ」

「働かせてみてどうだった?」

「彼は必死だったみたいね、親元には帰らないと決心してたみたいだから、私のいう事は素直に聞いてなんでも嫌がらずにしてくれて、随分と助かったわ。それでも彼の給与の手取りは月4、5万程度よ高校なんかに行ける訳ない」

「でも、次の年高校生になってるよね」

「ある人が支援してあげるって申し出てくれて、それで行くことになったの。その人が今時高校くらいは出た方が良いっていうし、私もそう思って同意したのよ」

「へー、そのある人って誰ですか?」

「ごめん、それは誰にも、本人にも言わないでくれって当時口止めされたのよ、ごめんね。もう彼も知ってるはずだから直接訊いて、その時彼には私がお金を出すといったの。稼いで返してもらうって言ってね」

ママは酔っているようだったしここまですらすらと喋ってくれていたので、陰に居る人のことも聞き出せるかと思ったのだが、何度繰り返し訊いてみてもその件に関してだけは確り口を閉ざしている。

「で、今も彼はママの店で働いてるの?」

「2年になるかなぁ、頼まれてバーの雇われ社長やってるわよ」

ママは首を振って寂し気な、見方によっては嬉し気に遠くに目をやる。

「店の名前は?」

「アミューズという舛上BLDの二階ワンフロアーの店よ」

聞いて驚いた、そのビルは2年ほど前に新築され、この店から歩いて5分もかからない場所にある5階建ての見た目もあでやかな感じのビルで、ママの店に行く30分ほど前に綱紀の写真をボーイに見せたら知らないと言われた店だった。

「舛上コーポレーションと関連があるんですか?」

「偶々今の若社長がまだ平役員の時、女性と二人で来たことがあってそこで出会い何となく話をする様になったみたいよ。詳しいいきさつは知らない。私も誘われて近々そっちへ移る予定なのよ」

ママに中学生の椋の写真を見せる。

「これ綱紀だと思う?」

「どれどれ」そう言ってママはじっくりと写真を眺める。

「綱紀じゃないの? 綱紀にしか見えないけど」

ママは本人の写真を見せて何故訊くのか? という表情をし首を傾げる。

「実は、舛上椋の中学生時代の写真なんだ」

「まさか……」ママはそれだけ言ってにわかには信じられないと首を振る。が、一心はその姿に何かぎこちなさを感じ何かあるのか? と一瞬思った。

 

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