第15話 丘頭桃子警部の捜査(その5)
翌日、椋が被害届は出さないと連絡してきたので、丘頭警部は今吉俊平に厳重注意をし釈放した。
丘頭警部が事情聴取した甲田物産(株)の社長は舛上コーポレーションが販売する装飾品類の部材を海外から仕入れ、加工、製品化したうえで同社に納入していたが、その納期限を一方的に短くされたため2日遅れたことがあり、それを理由に発注量を半分に減らされたと言う。
「あれは完全に嫌がらせだ、海外から輸入するのに必要な日数は分かっているはずなのに、わざとそれより納期限を短くして取引額を減らしたんだ」甲田幸喜社長は舛上に対する怒りを丘頭警部にぶつけるように話す。
「その後、自分達で同じものを輸入するようにしたらしいが、うちと同じだけ納品日数が掛かってるんだ、何のメリットも無かった上に、自分らで加工する分余計に人も機械も必要になって金がかかったんじゃないか」社長は薄ら笑いを浮かべ続ける。
「舛上との取引は全体の40%程度だったから、減った分を営業でなんとかカバーできたんで従業員を解雇しなくても済んだが、他社では従業員を解雇せざるを得なかったところが幾つもあるんだ。まぁ、新社長もどうやら同じような性格の人間らしいから、うちは舛上との取引割合を減らす方針なんだわ」
「ところで、殺人事件のあった6月9日金曜日の夜から10日土曜日の朝方に掛けて何をしていたか覚えてますか?」
「え~アリバイかい? ……確か、霧雨のうすら寒い夜だったよなぁ、家で母ちゃんと一杯飲んでたなぁ」
「ご家族は?」
「息子と三人暮らしだ」
「息子さんはその時家にいました?」
「自分の部屋で何かやってたみたいだよ」
「それを確認できる第三者はいます?」
「ははは、警部さん、それは無理ってもんだ。警部さんだって夜家族しかいないことってあるしょ?」
甲田社長はからっとした性格のようで、発注量を減らされたことを根に持つ人間ではないようだ。
「そうですね、分かりました。社長さんは舛上海陽を恨んでます?」
「そりゃー憎たらしいさ。でも、殺しをするほどじゃない。今も会社は順調に仕事してるからね」
「なるほど、最後にガスボンベなんかの取り扱いできます?」
「おー、資格無いけど若い頃資格取ろうと思って、知り合いのガス屋に教えて貰ったからな」
「あっ、そうですか……最近は?」
「もう、二十年はいじってないなぁ。資格無いからよ」
その後下柳建設(株)、泉野興行(株)、暁物流(株)の3社に事情聴取した後署に戻り、夕方6時から捜査会議を開いた。
その他の多くの下請け会社が舛上ガス(株)という舛上海陽との関係ははっきりしないが、一応親戚だという会社を利用していたと報告があった。
「海陽やその親も親戚なのに俺に対して冷酷でさっぱり仕事を寄越さない、赤の他人の浅草のガス会社と本社のガス契約をしやがって、いつか見返してやる」その社長の舛上藤次はそんな風に意気込んでいたそうだ。
「舛上海陽とその辺のことで揉めて殺意を持ったとも考えられる」と捜査員は付け加えた。
葬儀の場で暴れた今吉俊平もガス取り扱いの資格を持っているので、殺人を隠すために敢えて暴れたということも考えられる、という意見も会議の中ででた。
20名を超える捜査員が67社に事情を聞いてきたが、真っ黒もいなければ真っ白もいなかった。ほぼ全員のアリバイがはっきり証明できない。
全員が舛上海陽に恨みはあると言うが、殺害するほどではないとも言う。さらに、ガスボンベの操作くらいならちょっと教われば誰でもできるとも言う。
だから、ボンベの操作ができないというやつは嘘を言ってる可能性が高いとまで言う社長もいたらしい。
丘頭警部が特に注目し自分で事情を聞き取りした3社も同様の結果に終わった。
今吉建具製作所の親子には特別の事情のあることが報告された。
息子の俊平は今でこそ元気いっぱいだが、子供のころは身体が弱く様々な病との戦いがあったようだ。それまでに知られていない型の肝炎により入院生活を繰り返し、12歳を過ぎた頃からは肝機能が低下して黄疸症状が現れ始め余命数年と診断された。医師から治療は肝臓移植しかないと言われていたが未成年者に対しては認められていないし、保険は国が検討中だがまだ適用のない状況だった。検査の結果父親との適合が確認されたほか、両親と息子自身も強く生体肝移植を希望していた。俊平15歳のときだった。
今吉夫婦は三代続いた建具製作所を受け継いでから少しずつ店を大きくしていき、それなりに資産もあったが数千万円の手術費用をどうするのか悩んだらしい。結局、息子の為に製作所の土地建物や機械類をすべて売り払い、借金もしてその費用を賄うと決心したのだった。息子は半ば諦めかけていた自らの命に救いの手が差し伸べられ、両親に感謝すると共に、生き残れたら両親の為にその救われた命を燃やし尽くそうと決心したと言う。
そして移植手術を受けてから5年、普通の生活ができるようになった俊平と両親は小さな作業小屋を借りて建具製作の仕事を続けていた。その丁寧な仕事ぶりが好評を得てしだいに仕事が増え俊平25歳のとき今の建物や機械を購入できるまでに成長した。俊平も必死に父親から技術を学び心血を注いだという。
そこへ評判を聞きつけて社内や自宅の家財等を発注したいと声を掛けてきたのが舛上コーポレーションの海陽社長だった。
初めは価格も適正で発注量も多く喜んで引き受けた。そのお陰で売り上げを伸ばすことができて数年後には従業員を雇い入れるまでになった。
ところが、ある日突然、発注を停止すると通告され一家は路頭に迷った。売上全体の80%を占める舛上に切られて会社はどうしようも無くなった。何度も営業担当者に再開を申し入れたり、本部へ直訴もしたがまったく受け入れられなかった。何度聞いても「必要が無くなった」としか返ってこなかった。
悩んだ挙句、夫婦の出した結論は、俊平の将来を守るため夫婦が自らの命を絶ちその保険金で借金を清算し仕事を継続することだった。父親の隆司は息子の技術力を認めていて今いる従業員と協力すればやっていけると判断したようだった。
それで俊平は両親の死後、本社で殴り込みと言っても良いほど大暴れをしたのだった。
それに、俊平は将来役に立つだろうと言って、危険物の取扱や土地建物の取引主任者のほか高圧ガスに係る取扱い主任者、車両系建設機械の免許に特殊大型車の運転免許など多くの資格を取っていたのだった。
丘頭警部は今吉俊平のアリバイについては再度徹底的に洗うように指示し、その他の捜査対象者については、日にちを開け担当も変えて再度事情を聞くことにして、明日からは舛上コーポレーションの社員に対する事情聴取を始めるよう命じ会議を終了させた。
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