第1話 ジュディ

 俺が最期に見た光景は、俺を愛した馬鹿な女の憎悪に満ちた顔だった。因果応報と言うやつだろう…


 まぁ、なんと言うか…こうなるべくしてこうなったという感じだ。俺がやってきた事の報いとしては軽いくらいだ。


 多分、地獄行きだろうな〜…というか、きゃんきゃん五月蝿いな…もう眠らせてくれ。


「──…ちゃん、嬢ちゃん!」


 そんな頭の中に響く声を遮る様に声が聞こえてくる。そこでやっと俺の意識は完璧に途切れた。


『ねぇ貴方、思いだしたのかしら?』


 気付くと目の前には玉座に座る美しい女性がいた。彼女は、まるで哀れむ様な目でこちらに語りかけてくる。


『無視かしら、それとも状況が理解出来ていないのかしら?』


「…お前は誰だ?ここは…俺は、もしかして死んだのか?」


『はぁ…私は女神…──そうね、女神アルゼビエと名乗っておくわ』


 女神?…ここは地獄じゃない?それとも地獄に閻魔様ってのは間違えだったのか?


「なら教えてくれ!俺は何処の誰で、前世で何故死んだんだ?」


 不思議な話だが、先程まで自分の置かれていた状況や、自分が何者だったのかが思い出せない。ただ自分が死んだ事と、最期の光景だけが妙に脳裏に焼き付いて離れない。


『人の質問には答えないのに、自分の質問は通すのね?…やっぱり貴方は自分勝手なクズだわ…まぁ、それでも貴方を愛してあげるわ』


 女神は俺の質問には答えず、ただじっと俺を見つめた後に口を開いた。


「それはどうい、うっ…──」


 その瞬間、光に包まれ一気に覚醒へと誘われる。目を開けて最初に見たのは眩しい朝日と髭面のおっさんだった。


「目が覚めたかい嬢ちゃん、意識が戻って本当に良かったぜ」


「うわぁぁぁ!?何だお前ぇぇ!?」


「ははっ、3日も寝てたってのに元気が良いなぁ!俺はブルド、まぁ嬢ちゃんの命の恩人ってところだな!」


「お嬢ちゃん?命の恩人?…──って、あれ…これオレの声か!?何か高くね!?」


「…混乱してるみてぇだな。嬢ちゃんはこの村の近くの川に流れ着いてたんだよ」


「はぁ?…えっと、まず…その嬢ちゃんってのは?……」


「嬢ちゃんは嬢ちゃんだろ?お前さんの事じゃねぇか」


「え?…オレ、男なんですけど…てか、三日も寝てた!?」


「まず、通り合えず落ち着けって嬢ちゃん。飯でも食うか?」


 そう言うと、ブルドと言う髭面の男は部屋の外に出て行く。まぁ、そういや腹は減ってたから助かるんだが…


 部屋の中で周りを見渡すと…自分の傍の机に手鏡が置かれている…そこには……


「あれ?何か、頭に角の生えた美少女が映ってんだけど…」


 そこには自分ではなく、赤髪で黒い角の生えた少し幼い少女が映っている。


「…えっ…これ、オレなの、か?…」


 取り敢えず、部屋に一人残された俺は、今の自分が置かれている状況を整理する事にした。


 正直、前世の名前も思い出せないし、元々自分がどんな人間だったのかも思い出せないが…覚えている事もある。


 俺は死んだ…その最期は曖昧だが、俺は確かに死んだのだ。つまり、これは推測でしかないが…異世界転生というやつだ。


 そして、この世界の俺の名前は…ジュディだ。前世の事は、俺が男だったという事と多分、今の『オレ』が前世のおれの本来の性格なんだろうと分かる。


 …ならば俺が転生したこの少女、ジュディに関してだが…──。


 小さい頃から母親が一人で育ててくれていたが、3年前に病死している。幼かった少女(私)には、かなり辛く悲しい現実だった記憶がある。


 それだけじゃない、ジュディは魔族であった事もあり村の人間にイジメられていた。


 そんな日々に耐えていた時、魔獣の大群に押し入られ、あっという間に村は壊滅、おれは何も出来ずに震えていた。


 そして魔獣から強力な一撃を受けた事により川に転落…──恐らくその際に前世の記憶が少しだけ戻ったんだろう。


 それから川岸に流れ着いた俺をあのブルドとかいうオッサンが助けてくれ、今の状況に至るって感じだろうな。


 そしておれをブッ飛ばした例の魔獣の正体については心当たりがある。奴はこの世界での母が幼い頃に読んでくれた本に出てきた魔獣にそっくりだ。


 その伝承に聞く魔獣は所謂、御伽話の存在、俺の生きていた前世でもゲームやラノベで出てきた怪物、空を統べり炎吐き、神話では打ち倒した者を英雄へと変える伝説の生物…──ドラゴンだ。


 しかし、あの炎が直撃はしなかったとはいえ、俺…良く生き残ったよな?


 しかし、手鏡で自分の顔を見た時は驚く事に、そのに火傷どころか傷一つ無かった。


 自分で美しいって言っちゃっけど、マジで可愛いな俺…燃える様な赤い髪とアメジストの様な瞳…!まさに異世界美少女!


 …あっ!身体に傷とかないか心配だ!何処も痛まないけど、ここは異世界だ!魔法の傷なんかあるかもだし、確認…そう、これは傷が無いか確認するだけだ!


 俺はドキマギしながら襟を引き、胸元を覗く…ってあれ?何か、何と言うか…興奮しないぞ?あれ?…まさか俺、心まで女に……いや落ち着け、それは無い。


 そんな事を考えているとノック音の後に扉が開く音が聞こえ、ビクッとして前を向く。


「嬢ちゃん、悪いがこんなもんしかないが、すまんな!」


 さっき程、食事を取りに行ったブルドさんが、果実水と焼いた魚や肉、パンを持って戻って来た。


「いや十分だブルド、ありがとう!」


「おっ?もしかして、やっと落ち着いたか?…名前は言えるか?」


「ああ、オレの名前はジュディ…だ」


「おぉ、ジュディか!良い名前だな!…取り敢えず、腹空いただろ?食え食え!」


「ブルド、何から何までありがとう!…だが、自分で言うのもなんだが…オレ、魔族だけど、こんなに良くしてもらって良いのか?」


 正直、小さや田舎の村で育ったから、こんな世界がどんな世界かは詳しくは知らないんだが…少なくとも元居た村ではオレも母も魔族というだけで迫害を受けていた。


 恐らくそれはあの村だけではなく、この世界全体でも同じ事なのだろうと思う。


「気にしねぇよ、魔族も人間も良い奴も悪い奴もいるって根本は変わらねぇ。それに嬢ちゃんみたいな子供見捨てちゃ義賊の名が廃るってもんだ」


「ありがとう、本当に助かった…じゃあ、いただきます!」


 そして俺は目の前の果実水を飲み干し食事に食らいついた。乾いた喉が潤う…美味い、3日ぶりの食事で生き返る様な感覚だ。


「おぉ!美味そうに食うなぁ!そんなに美味そうに食ってもらえたら、俺も作ってかいがあったってもんだ!」


「あっ、それと…ブルドに頼みがあるんだけど…」


「どうした?俺に出来る事なら何でも任せておけ!」


「暫く、ここに置いてくれないか?オレは…オレは行く宛が無い……」


「ははっ、そう不安そうな顔すんな!お前みたいに小さいな子を放り出す程、腐っちゃいないぜ!」


 こうして、ブルドは二つ返事で許可してくれて…俺はこの盗賊の集落で今日から暮らす事になったのだ。


『ジュディ』

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