第24話 最強の一角

「ウチの女神様を狙うなんて、随分と大した度胸したやつじゃのう…。

八つ裂きじゃ飽き足らん。『なます』にしてやる…!!」


数十分後、校舎の応接室にて。

妖力で顕現した刀を磨きながら、殺気を滲み出すタマモ。

天音ちゃんを狙われたことが、よっぽど腹に据えかねたらしい。

…ってか、妖力で構築された刀を磨いてもそんなに意味ないのでは?

俺がそんなことを言えば、確実に顰蹙を買うため、口を噤む。

タマモの隣には、狙われたと言うのに、微塵も恐怖した様子のない天音ちゃんが、こてん、と首を傾げていた。


「なますってなぁに?」

「細く切った野菜とかの和物です。

昔はお肉とかを細かくしたものをそう呼んだそうですよ」

「へー。おばさん、ものしり!」

「お、おばっ…!?

そ、その、まだ二十代だからお姉さんで…」


やぼったい見た目が祟ったのか、天音ちゃんの悪意のない笑みが、睦月さんの急所に突き刺さる。

まだ二十代なのに可哀想に。

睦月さんは笑いを堪えるサクラちゃんに半目を向けるも、即座に理事長に向き直る。


「…実はですね、こちらは以前にも似たような現象を確認しておりまして。

相手はそこらで暴れ回るような妖ではなく、なにかしらの意図を持って天音ちゃんを狙ったと見ていいかと」

「そう、ですか…。

……私に出来ることは…?」


家族のことだ。自分から何か対策をしないと、安心できないのだろう。

だが、理事長自身は退魔師や妖に対抗できる力を持ち合わせていない。

ほぼ全員が難しい表情を浮かべる中、睦月さんが淡々と告げた。


「お気持ちはわかりますが…。

相手は退魔師、または妖に通ずる存在。

国に退魔師を要請するくらいしか出来ることはないかと」

「……要請して、来ますかね?」

「無理でしょうね。被害は出てませんし」


あー…。そこはお国様仕事なのね。

『実害出てから対応するわ』と。

証拠とか残ってれば良かったんだがなぁ、などと思いつつ、俺は睦月さんに問うた。


「…人を転移させてしまうような術は、存在するのですかな?」

「ありますけど…、あんな奇抜な術ではありませんね。

恐らくですが、『術の痕跡を消す術』が内包されている可能性があります」

「そんな術があるのですかな?」

「秒で消せるような術はありませんが、存在はしていますね。

…それでもあんな牙を出す必要があるかと言えば、否ですが。ラグも生じますし」


うーむ。なんでわざわざあんな「術」を使うのかが謎だ。目立つのに。

そんなことを思っていると、とん、とん、と、ご主人様が俺の肩を指で突いた。


「二人とも、なんでアレが『転移の術』ってわかるの?」

「状況証拠からの考察になります。

物証は何もございませんが、あのタイミングで厄介ファンを飲み込んだのと、今回の天音ちゃんを飲み込もうとしたことから考えるに、ほぼ間違いないかと」

「ええ。ドスケベの言うとおり、十中八九、誘拐目的ですね」

「わたくしの名前、ムクロなのですが」


ドスケベなのは否定しないけど。

しないけど、ここ最近はセクハラ発言してないんだから、その称号で呼ぶのは勘弁してほしい。

そんな抗議の視線など「知ったことか」と言わんばかりに睦月さんは俺から目を逸らし、天音ちゃんに目を向けた。


「あの後から仕掛けてこないことを見るに、屋外…、それもそれなりに視界の開けた場所でないと使えない術なのでしょう。

対策としては、天音ちゃんを暫くの間外に出さない…という処置を取るのが手っ取り早いのでしょうが…」


睦月さんの語った対策に、タマモが心底呆れたため息を吐いた。


「遊びたい盛りの子を家に押し込むなど、出来るものか」

「でしょうね。ですから、我々が警備員として学校に勤め、天音ちゃんの身辺警護をしようと思います。

自宅を突き止められるのも困るでしょうし、放課後は天音ちゃんは私たちで預かりますが…。

どうでしょうか、天音さん?」

「えっとね、んっと…。私、お姉さんのおうちにお泊まりするの?」

「ええ。暫くの間、ですが」

「うん。だいじょうぶ」


自分が狙われていることはわかってるみたいだ。

前にも思ったけど、この子、小学生にしてはしっかりしてるよなぁ。

もう何年前かも忘れたけど、この頃くらいの俺ってどんなクソガキだったっけか。

漠然と「どこに出しても恥ずかしいクソガキだった」ってことだけは覚えてる。

俺が天音ちゃんに感心するのを横に、睦月さんが「よろしいですか?」と、タマモたちに問いかける。

彼らは顔を合わせると、小さく頷いた。


「ええ、よろしくお願いします」

「…ウチの娘に少しでも傷ができたら、末代まで祟るからな」

「かしこまりました」


歴史上の悪女もここまで子煩悩なお母さんに変わるモンなのか。

日本人のサブカルチャー信仰凄すぎだろ。

そんなことを思いつつ、俺は睦月さんに倣い、軽く頭を下げた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はぁっ…、はっ…。違う、もっと…。

もっと、速く…、強く…っ!!」


その頃、京都の退魔師養成学校にて。

汗に塗れ、息切れした小華が、震える膝を支えるように錫杖にもたれかかる。

ムクロの危惧は、半分は当たっていた。

役 小華は、役 鬼右衛門の死を乗り越えた。

そこまでは良かったのだが、先祖への憧れを盛大に拗らせてしまったのだ。

具体的に言えば、体を鍛えることに10年を費やした真琴に近づこうとしている。

無論、この無茶が何日も続いている現状を、学校側も問題視している。

が。彼女の決意は固く、言っても止まらないので、放置するほかないという始末。

寄るもの全て叩きのめす、と言わんばかりに鬼気迫る表情を浮かべる彼女に、ぱちぱちとわざとらしい拍手の音が響いた。


「いやぁ、素晴らしい演武でした!

流石は97代目『役小角』!!」


表情から仕草まで、何から何まで胡散臭さが滲み出る青年が、声を張り上げる。

小華はそれに露骨に顔を顰め、口を開いた。


「……あな、た…。加古川…、道永…?」

「おや!あなた様のような方に知られておるとは、まこと、恐悦至極ですな!」

「…知ってるも、なに、も…。

現代最強の一角…。知識として…、知ってるの、は…、当然…」


言って、げほっげほっ、と咽せる小華。

それを前に青年…加古川 道永は、からからと笑って見せた。


「『役小角の後継者』殿にそこまで言っていただけるとは…!

この若輩には、過ぎた名誉でございます!」


その言葉を聞いた途端、小華は凄まじい速度で道永の喉元に錫杖を当てる。

とても疲労困憊の人間とは思えない動きに、道永は感心したかのように「おっと」と、小さく声を漏らした。


「その口を閉じなさい…。

これ以上、私の神経を逆撫でしないで…!」


今の小華にとって、現代最強たる道永の謙遜は、侮蔑以外の何者でもなかった。

殺意と怒りを向けられた道永は、「これは失敬」と頭を下げ、一歩下がる。

それにより少しは頭が冷えたのか、小華も同じように頭を下げた。


「…ごめんなさい。

ちょっと、今は…、あなたと話して冷静でいられる自信がない…」

「ふむ…。では、話題を変えましょうか」


────役家に伝わる秘宝、神刀『空』の行方について。


その言葉に驚愕し、目を剥く小華。

一方で、道永はどこまでも真意が読めぬ、胡散臭い笑みを浮かべていた。

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