「〈解体〉」

襲いかかる壁をボロボロに崩し、道を作る。

ご主人様は、俺が解体を使うことによって出来た穴に飛び込むように飛び出し、クロトの首に向けて斬撃を放った。

完全に殺す気だ。いや、殺さなきゃこっちが殺されるんだけど。

俺がそんなことを思っていると、クロトは映画のように身を逸らし、その斬撃を避けた。

「っと、アブねぇナ！！」

「ご主人様、失礼致します」

ご主人様の着地するであろう場所に、黒が広がるのが見える。

このままいくと、アレに飲み込まれてしまう。

鴉天狗の頭脳のおかげか、即座にその事実を認識した俺は、その場から飛び上がり、落下するご主人様の背を掬う。

そのまま崩れかけた民家の壁に足を置くと、俺はご主人様を解放した。

「サクラぁ！！」

「はいはい」

ご主人様が叫ぶと共に壁を蹴り、高く飛び上がる。

その叫びに呼応したサクラちゃんが、あどけなさを感じさせる丸みを帯びた手を、地面へと押しつけた。

瞬間。クロトの足元が蠢き、植物の根が襲いかかった。

「ぐっ…！？」

「お。植物は対象外みたいだね。良かった」

クロトの体に、植物の根が絡まる。

エロ漫画みたいだ。…コイツのどこに需要があるかは知らないが。

そんなこと思っていると、クロトが血走った目をさらに見開き、咆哮する。

「舐めンなヨ、ガキ！！俺の黒獄は吸収出来ズとモ、物理的干渉が可能ナんだヨぉ！！」

クロトが黒を操り、絡まった木の根を切り払う。

そして、迫るご主人様に対し、刺々しく変貌した黒の波を放った。

「さァ、鬼右衛門サンの刀を返セ！！」

「ムクロ！私の落下先の空気に1秒だけ『不壊の術』！！」

「はっ」

ご主人様の指示に、俺は即座に『不壊の術』を発動する。

瞬間。ご主人様は硬くなった空気を足場に飛び上がり、黒が侵食していない地面へと飛び込んだ。

「地面かラ攻撃しようッてカ！？

バカが考えソーなコとだが、残念！！」

叫び、クロトが黒を地面へと突き刺す。

まるでクモの足のように、カクカクと曲がったそれが、舗装の割れた地面を崩すかのように、亀裂から突き出る。

ご主人様と睦月さんは大丈夫だろうか。

睦月さんの方は、不思議とこの戦いに手を出していないが、と訝しむのも束の間。

俺が足場にしていた家にも、黒が侵食するのが見えた。

「っ、ご主人様…」

俺がご主人様に対する心配をこぼし、壁から離れたその時。

いつの間にやら、ご主人様が黒を地面へと集中させたクロトの懐へと飛び込んでいたのが見えた。

「ばーか。フリよ」

「……っ！？」

クロトが戦慄くのも束の間、不可視の速度で放たれた斬撃がその身に襲いかかる。

クロトは機敏な動きでなんとかそれを避けるも、左腕だけは逃れられなかったようで、切り落とされた腕が宙を飛んだ。

「やっぱり。アンタのそれ、無限に広がるってわけじゃなさそうね。

今まで吸収してきた量に比例して、範囲が広がるって感じかしら？」

「……っ、霊力貧者の落ちこボれガぁ…！！」

「じゃ、その落ちこぼれに腕落とされたアンタはなんなのよ」

「てめっ…、やっパ殺すッ！！」

「『やっぱ』もなにも、元からそのつもりだったんでしょうが！！」

2人が叫ぶと共に、地面が大きく捲れ上がる。

あまりに突然のことに俺が目を剥き、あたりを見渡すと。

崩れた民家の屋根の上で、指を彼らに向けた睦月さんが見えた。

「触れたら即死って攻撃は、遮蔽物があるだけ面倒ですからね。

この結界なら対処も楽でしょうよ」

「…末期のトレーディングカードゲーム漫画みたいな光景ね」

なんでそれで例えた？

いや、わからんこともない光景だが。

砕けた地面が、そこらに浮島として点在する光景を前に、クロトが舌打ちする。

「テメェら…。

俺をナめテんじゃネぇだロォな…？」

「足元のアリを気にする人間って居ます？」

「………テメェも殺す」

「そういうのは、私ん家の居候に勝ってから言ってください」

クロトがこめかみに青筋を浮かべるとともに、黒が左腕の傷口にまとわりつく。

と。数秒もしないうちに黒が剥がれ、切られたはずの腕が再生していた。

「うォらぁっ！！」

クロトが叫び、黒の線が結果内を駆け巡る。

ご主人様は少ない足場でそれを避けると、俺に向けて叫んだ。

「ムクロ！こっちに来て！！」

「ええ。ただいま」

俺は結界内に飛び込むと、それを阻むように伸びた黒を解体で崩していく。

手当たり次第に伸ばしているように見える。

…やはりというか、あの男、術が強すぎるだけで、本人はあまり強くないように思えてならない。

ご主人様もそれがわかってるのか、いつもより余裕があるように見えた。

「お待たせ致しました」

「私がアイツを切る。だから、アンタは邪魔な黒を片っ端から解体しなさい」

「かしこまりました。

…失礼致します」

言って、俺はご主人様の腰に左手を回し、軽く持ち上げる。

ご主人様から文句は飛んでこない。

それなりに心を許してくれているのだろう。

俺は向かってくる黒に向け、〈解体〉を発動した。

「では、参りましょう。

ご主人様。お備えを」

「ええ、任せたわ」

瞬間。俺たちを取り巻く景色が、一気に線へと加工されていく。

それを阻むように、何枚もの黒い壁が張られるが、俺は右腕を突き出し、ひたすらに解体を発動する。

俺の腕の中にいるご主人様は、刀を納めて目を瞑り、意識を集中させていた。

「放つは我…！故に必中、故に必殺…！！」

「ご主人様の贈り物だけと言うのは物足りないでしょう。

どれ。私めからも痺れるような贈り物を致しましょう」

ばりっ、と周囲に雷を駆け巡らせ、2人して笑みを浮かべる。

それを前に、クロトは冷や汗を流し、狼狽を口にした。

「っそ、くそ、くソクソクそ…っ！！

なんナんだヨ！？テメェも、そこノ女も、そコのガキも、その使い魔もォ！！」

「ただのはぐれ退魔師と、助平な使い魔で御座います」

「故に、散れッ！！『暁』ィッ！！」

10の斬撃と紫電が、クロトの体に迫る。

と。その時だった。

クロトの体を、突如として現れた顎門が飲み込んだのは。

「……っ！？」

「なっ…」

あまりに唐突な出来事に、全員が言葉を失う。

その間にも現れた顎門は空間へと潜り、どこかへと消えていく。

行き場を失った技が、浮いていた岩に突き刺さり、木っ端微塵に砕け散った。

「……なんだったの、今の…？」

俺たちの困惑を代表するかのように、ご主人様が小さく疑問をこぼした。

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あとがき

こっちでは久しぶり。