一樹の蔭〜放免の平安事件簿〜
村崎沙貴
序章
「ほら、歩け」
踏み込んだ屋敷を物色する同僚達を放って、捕縛した人々を引っ立てていく。
ここの主人の罪が何かは、私のような下っ端には関係のないことだ。しかし、連座で罰を受ける女子供や使用人達の気の毒なことよ。
十五を過ぎたあたりの少年がいた。おそらく、一族の若君だろう。彼は抵抗しなかった。ひたすら俯いている。
が、声を掛けると、のろのろと顔を上げた。一瞬、視線が交錯する。
暗い、生気のない、呆然とした瞳。恐怖どころか絶望さえ見て取れない、深淵の闇ヘぽっかりと穴を開けた虚ろ。
ぞっと、背筋に寒気が這い上がる。胸の奥がぎゅっと握りしめられたかのように苦しい。
間違いなく、かつて、彼くらいの歳だった頃の私も、同じような目をしていただろう。
過去の屈辱が蘇り、正気を失いかけるのを、何とか踏みとどまった。
彼らのこれからを思うと心が痛むが、これが私の仕事なんだから仕方がない。どうせ、私に選択権などない。今までも、これからも。
ひと仕事終え、空を見上げる。
澄み切った、優しい青。
空は、どんな境遇の人にも公平に美しい。
どんなに汚れきっていても、どんなに誇りを傷つけられても。
美しい空を見ることだけは、ほぼ全ての人が、富も権力もほしいままにしている貴族と同じように許されている。
「……ふう」
夢を見続けるのはやめよう。私は全て失った。
あの方々も、小さくて平凡な幸せすらも。
もう二度と、戻ることは無いのだから。
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