民間軍事会社『White Crow』

秋風 優朔

PMC白カラス、ここに開業!

 一台の軍用車ハンヴィーが、古びたレンガ造りの建物の前に停まった。

 払い下げられた米軍の車両であったそれは、なぜかまるで戦地に見合わない真っ白な塗装が施されていた。

 まぁそれも当然で、この車の持ち主は軍人では無かった。

「着いた着いた」

 そう言いながら車の持ち主、江野こうの風也かざやは車を降りた。

 続いて装甲化された重いドアが閉まる。

「ねぇ、ここでホントにあってるの?」

 同じように重いドアを押し、訝しげな顔で露峰つゆみねゆきは助手席から地面に降り立つと同時に明るい茶色のツインテールを手で払った。

「何回目だよ、あってるって」

 風也が言うと雪が今度は呆れたような顔をする。

「しっかし、なんでこんなおんぼろを事務所にしようと思ったのかしら」

 言いながら、雪は目の前のツタが這い回った建物を見上げた。

 時代がいくつか巻き戻ったような赤いレンガのその建物は、左半分がツタに覆われ、3階建ての壁に点在する窓には大半にヒビが入っている。

 そんな建物が今日から風也が立ち上げた会社の事務所になるのだった。


 事の発端は半年前までさかのぼる。

 昨今の日本で多発するテロ、銃乱射などの凶悪な武装事件に警察を始め国は手を焼いていた。

 増える負傷者減る人員、ついに普通犯罪にすら対処しきれない数まで人手が減り、万策尽きた政府が渋々打ち出した案が「凶悪犯罪対処民営化」である。

 要は「人が居ない、だから対処できない。なら警察は普通犯罪だけ対処して、他は民間に任せましょう。どうせ金渡せばやってくれるでしょ。」と言った感じ。

 と、そんなこんなで民間での軍事企業、いわゆるPMCの創設が認められ、なし崩し的にライセンスにより一般での武装が認められた。

 そしてそのころ、自衛隊で面倒な規律と訓練、それよりもっと面倒な上官にうんざりしていた風也は「自分で勝手できんの?そっちでいいじゃん」と食いつき、同じく自衛隊に居た雪を道連れに退職、ライセンスを取得し今に至る。


 というわけで、その事務所に選ばれたのが眼前のこのおんぼろビルな訳だ。

 ちなみに選定理由は「デカくて頑丈でなにより安かったから」である。

 とにかく、ここに立っていてもしょうがない。風也はとりあえず車を停めてしまう事にして運転席に戻った。


 先程言った通りおんぼろ極まりないビルは階段の段を踏むたびに板がきしむ嫌な音を聞かせてくれた。

 半地下の駐車場から数段の階段を上がり、現れたこれまたおんぼろの扉を押し開ければ建てつけが悪いのか数回引っかかりながら、またしてもあの高い嫌な音を立てて部屋の景色があらわになる。

 あちこちにクモの巣が張り、その全てに家主が健在。ツタに覆われた窓からはほとんど光が入らず、天井の蛍光灯も割れて使い物にならない部屋の中は真っ暗だった。

 もちろん部屋の中は空っぽで、あるのは埃の分厚いカーペットだけである。

「ねぇ、もう一回聞くけど、ホントにここ?」

 雪が今にも吐きそうといった顔で言った。

 一方、風也はというと、部屋の入り口でガタガタ震えていた。

 何を隠そうこの風也、大の虫嫌い。そして一番嫌いなのはクモ。

 風也は、現実から逃げるように部屋のドアを一度閉め、再び開けた。

 もちろん現れるのはクモの王国である。

 風也は、ドアをもう一度閉め、言った。

「雪。最初に買う武器が決まったよ」

「ろくでもないこと言うのは分かってるけど、一応聞いてあげるわよ」

「火炎放射器にしようと思うんだ」

 あんたねぇ、と言いかけた雪の口からは結局溜め息が漏れた。

「そんこと言ったって買ったもんはしょうがないでしょ。諦めて掃除するわよ」

 こんな調子で、クモの王国を取り壊し、備品を集めて、なんとなく事務所っぽい雰囲気になるまでに、実に5日を要した。


 「やっと、忌々しいクモ共から国土を取り返したぞ!」

「うるさいわね、てかあんたはガタガタギャーギャーしてただけで追い出したのわたしだし。わたしだって虫嫌いなのに…」

 場所はおんぼろビル2階の事務所。懸垂降下ラペリングの要領でツタを取り除いた奥の窓際、いかにも社長という位置に置いた備品のちょっと良い事務椅子に座り、風也はくるくる回っていた。

 すぐ横の廃墟を飲み込んだ林から鳥の声が聞こえる。崩れかけの小屋と木々、その隙間を縫って差す陽の光。見ようによってはいい景色である。

 そんな静かな陽気だけが差し込んでいた事務所に、電話の着信音が響く。くるくるしていたはずの風也が椅子を弾き飛ばして立ち上がった。

「やめてよ、ちょっと良いヤツなんだから!壊したらあんたの給料から引いておんぼろ買ってくるわよ!」

 ガシャーンと音を立て、逆さまになってもまだくるくるしている椅子を指さして雪が言ったのには耳を貸さず、勢いそのまま風也が電話に飛びつく。

「はいPMC白カラスです」

『おう、新参。他が埋まってるんでな。初仕事をやろう』

「お、佐々木さん。場所は?」

 電話の向こうは、ライセンス取得の時にお世話になった刑事の佐々木だ。どうやら他の会社が軒並み埋まっていたので、こちらに仕事が回ってきたらしい。

『場所は穂坂ほさか2丁目の銀行、強盗だとさ。数は四人で武装は拳銃だけ。サクッと頼むわ。あ、現場はこっちで塞いでるから気にせずぶっ放せ』

「了解です佐々木さん、5分で行きます!」

『おう、たの…』

 ガーンと佐々木の言い終わらないうちに受話器を本体に叩きつけ、事務所の隣の部屋。ガンロッカーが押し込まれた武器庫に風也が飛び込む。

「ちょっと待ってよ。仕事なの?場所くらい教えなさいよ!」

 言いながら雪が扉を開けると、すでに安物のプレートキャリアを着込んだ風也は銃に手を伸ばしていた。

「遅いぞ雪!仕事だ仕事。銀行強盗!銃担いでさっさと出るぞ!」

 なぜか楽しそうに風也は着々と準備を進める。

 鼻歌を歌い出しそうな勢いでマガジンをポーチに差し、拳銃とライフルをそれぞれ動作確認しながらホルスターとガンケースに放り込む。

「先に車準備してるから早く来いよぉ〜!」

「ちょ、待ちなさいよ!ていうか結局どこなのよ〜!」

 そんな風也に雪が叫ぶ。ちなみに雪はやっとプレキャリを着て、えっさほいさと弾を集めていたりする。


 「やっと来たな。ったく」

 バタンといつもの愛車。白いハンヴィーの助手席のドアが閉まる。

「どいつのせいよどいつの!あんたが現場どこか言わないから全部持ってくる羽目になったんでしょ!」

 と、使い分けている2本の愛銃を両方トランクに運び込んで、階段を二往復したおかげでゼェゼェ言いながら雪。

「言ったジャン。銀行って」

「だから、どこの!銀行かって聞いてんのよ!」

 再びの大声に、風也が耳を塞ぐ。

「もういい。さっさと車出しなさい。遅れるわよ」

「アイアイサー」

 それでも耳をキンキン言わせながら、風也は、シフトレバーを1速へ入れた。


 最大限飛ばして、ジープをギシギシガタガタ言わせながら現場である街の中心部のちょっと大きめの銀行へ向かう。塗装で外見だけは誤魔化しているが、こちらも中身は中古のオンボロなのでサスやらフレームやらがヘタり切っている。

 どこかのボルトが吹き飛びやしないかとヒヤヒヤしながらアクセルを踏み、数分掛かってやっとパトカーの赤色灯が見えてくる。

「ごっめん佐々木さん。雪がチンタラやってるから」

「あんたのせいでしょあんたの」

 出迎えた佐々木の横に停めると同時、窓を開けて言い訳を放った風也の後頭部に助手席から手刀が飛んだ。

「まぁ構わんさ。今回は中にいた民間人は避難済みだし、連中はビビって出てこねぇし」

 肩をすくめながら言う佐々木に、いつの間にか降りた雪が頭を下げる。

「すみません、すぐ対処しますから皆さんは退避を。ほら風也、行くよ!」

「アイアイ、ってぐおぁ!」

 やっと降りてきた風也にガンケースを投げつけて、雪は自分の獲物を取りだす。鍵を開けたガンケースから現れたのはモスバーグ散弾銃ショットガン。ボルトを引き、初弾を装填。スリングで背中に背負う。さらに引っ張り出した分厚い鉄板はバリスティックシールドだ。それを担いで、腰から抜いたマシンピストルを器用に片手でコッキングする。その横で風也も愛銃のG36ライフルを取り出し、ジャキッとチャージングハンドルを引いた。

「よし、打ち合わせ通りによろしく」

「わかってるわよ、そっちこそ、当てたら許さないからね」

「了解、気をつける」

 そんなどこか気の抜けたやりとりをしながら、二人は現場を取り囲むパトカー、その最前列の一台へ。

 パトカーのボンネットを支えに、風也が構える。

 反対側、トランクの後ろで走る体勢を整えた雪が頷く。

 そして、風也がごく自然にトリガーを絞った。

 撃発。連射フルオートが選択されたライフルから大量の弾丸が吐き出される。

 すぐそばの柱やカウンターを擦過する銃弾の派手な音に、外を覗いていた男たちが慌てて頭を下げるその奥、通り過ぎて壁に着弾した弾薬はそのそばから崩れ、灰色の煙を上げる。 

 着弾と同時に崩壊することで着弾点への損害を最小限にする、犯人を生きたまま確保するためのフランジブル弾と呼ばれる特殊な非殺傷弾薬だ。

 それと同時、その轟音に隠れた雪が盾の陰から拳銃を乱射しつつ疾走。そのまま外壁に取り付くと盾を投げ捨て、背負ったモスバーグを中へ突っ込むと立て続けに3発発砲。その隙に風也が同じ位置、入り口を挟んで反対側の壁まで上がってきた。

 二人が壁に背を任せて手早くリロードする間、止んだ制圧射撃に、中の男たちが思い出したように先の風也たちに比べれば軽い拳銃の銃声を鳴らす。

 仕返しのように背にした壁に当たった弾が音をたてるが、どうせ貫通しないからと気にもせず、盾を持ち直して雪がハンドサインを交えて言う。

「私が入る」

 しかし、「ちょっと待って」と風也は右手で腰の後ろにつけたポーチを探ると、ちょうど手に収まるくらいの金属の筒を取り出した。

「試したかったんだよね〜、ちょうどいいや」とニヤニヤしながら筒の上についたピンを抜き、後ろ手に中へ放り込む。

 一方、引き金を引き続ける途中、ポンと飛んできた物体に無意識に男たちの目が向く。そのままコロコロ転がってきたそれがカウンターに当たって止まったのを思わず男たちが見届けた瞬間。

 閃光と同時に大音響が響き渡った。

 特殊音響閃光弾フラッシュバン。600万カンデラ以上の閃光と170デシベルの爆音を撒き散らす、非致死性の手榴弾だ。殺傷能力は全くと言っていいほど持たないものの、その閃光と爆音に、わざわざ直視していた男たちは一瞬、視覚と聴覚を奪われる。

 その一瞬に、二人は壁から飛び出した。邪魔な壁が消えて射界が開く。その頃にはすでに男の一人が照準器の十字レティクルの中心にいる。それを確認して、風也がトリガーを絞った。男の眉間に灰色の煙が二つ散る。

 雪のショットガンを至近距離で食らったもう一人が衝撃にバランスを崩して派手に転ぶ。カウンターの角に頭をぶつけて。

 「畜生がぁ!」

 戻り始めた視界で、横で仲間が倒れるのを見た男が叫びながら手の拳銃を跳ね上げた。

 しかし放たれた7.62ミリ弾は、雪が掲げた盾に擦り傷を残して明後日まで飛んでいく。それでも男はヤケクソ気味に引き金を引き続けるが、拳銃の装弾数などたかが知れている。すぐに男のトカレフ拳銃はマガジン内の残弾を吐き尽くして沈黙した。

 「ちょ、ちょっと待って!」

 などとのたまいながら急いで再装填リロードしようとする男に、呆れ半分で雪が突進。カウンターを飛び越えながら盾の正面でタックルを喰らわす。

 よろけた男の手から、回し蹴りで拳銃を叩き落としつつ、足を入れ替えた二撃目の後ろ回し蹴りが男の側頭に突き刺さった。

 ブーツに仕込んであった鉄板が運悪くヒットしたか、哀れなおっさんは頭から血を吹き出しながらカウンターにバウンド。跳ね返った反対側の書類棚を巻き込んでぶっ倒れた。

「ふぅっ」

 散々なおっさんを横目に、息を吐きながら雪はガンッと盾を床に付ける。

 その音に、奥の扉、おそらく金庫につながっているのであろう方から「ヒッ」と声が一つ。

 風也なんかは油断し切ってライフルを片手に下げたままプラプラ歩いてくる始末である。

「で、まだやるの?」

「できれば弾代払いたくないんだけど」

 前が雪、あとが風也である。しかし、男はビビって出て来ない。

 かといって、弾代を払いたくないのも本心である。故に、雪は盾を掲げ……

 ガンッ‼︎

 思いっきり床に叩きつけた。

 慌てて隠れていた男が拳銃を放り投げて飛び出した。


 「ご苦労さんだ、お二人」

 言うのは佐々木。その背後では赤色灯が点滅していて、ちょうど頭に包帯を巻いたおっさん二人が護送車に乗り込んだところだった。一方風也たちはせっせと撤退準備中である。

「で、だ。報酬の前に悪いんだがな」

 言いながら佐々木はタブレットを差し出してくる。

 受け取ってみると、表示されているのは電子書類。一番上の初めには「請求書」の文字がある。

 「忘れてたぁ」と、それを見て風也が崩れた。

 PMCの設立が認められた法律にはこうも書いていある「軍事会社の依頼戦闘において発生した、容疑者の負傷を除く建造物の損傷や設備等一切の損害については、軍事会社が補償するものとする」

 結論。なんか壊したら会社持ち。これが風也たちを含めPMCの大半がフランジブル弾を使う理由の半分でもある。

 通常の弾薬では、外した、もしくは標的を貫通した弾頭はその先の柱なんかをボロッボロにしてしまう。しかしフランジブル弾ならば、柱やしっかりした壁なら傷もつかない。結果的に補償額を減らせるわけである。

 とはいえ、フランジブル弾がしっかり砕けて効果を発揮してくれるのは、ある程度強度のあるものに当たった時のみ。そうではないガラスや薄い木の板、精密機器は結局ボロボロコースである。

 結果、風也の手の中で光タブレットの画面は、ちょっと良い壺やらガラス細工やらディスプレイやらがツラツラと並んでいる。

 最初の制圧射撃で色々吹っ飛ばした分と、犯人達の流れ弾で壊した分である。

「佐々木さん、これ報酬から引いたらいくら残るよ?」

 微かな希望を込めて、立ち上がった風也が佐々木に聞く。が、

「あーっと、報酬の方がまだはっきりしねぇから分からんが、多分三千円も残らんじゃないか?」

 結局風也は再び膝から崩れ落ちることになった。

「佐々木さん、それ弾代にもならない…」

「まぁ、どんまいだ。がんばれがんばれ」

「だから銀行なんかに高い壺なんか置くなって言ってるんだよ!」

「それ佐々木さんに言ってもしょうがないでしょ。行くよ!」

 佐々木に励まされつつ、ジタバタしながら風也は雪に引っ張られて行った。

 かくして、風也たちの初仕事は終わった。

 これまた初めて付けられた収支には、結局弾代すら回収できずに頭っから赤字が舞うことになったのだった。

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