第2話 前から後ろから

 ――――はぁ、はぁ、はぁ……―――はぁ、はぁ、はぁ――――……!?


 短い呼吸。どっと溢れ出す冷や汗。

 突然の殺人行為ショットガンに芋子は悲鳴を上げることもできず地面に座り込んだ。

 腰を抜かしたと言ったほうがいい。

 顔を庇った腕がジンジンと熱い。

 散弾が数発命中し、皮膚に穴を開けていた。

 そこからジワリと流れてくる赤い血。


「う――はっ――やっ??」


 咄嗟に、そして恐る恐る身体を確認するが、所々シャツが破けているものの身体に異常はなかった。

 腕とシャツの端を除いて奇跡的に弾が外れてくれたのだろう。

 助かった――――と思いたいが、状況はなにも解決していない。

 ショットガンを持った男は、恍惚と、イカれた表情で芋子を見ていた。


 ――――こ、こ、こ、殺されるっ!!???


 な、な、な、な、なんで!?

 誰っ!? 誰コノヒト!!?? 私なにかした!?!?!?!?

 通りすがりの殺人鬼!?!?!?!?

 え!? この人、飛んで――え? え??

 いやいやいやいや!! ないでしょ、ないでしょ!!

 なんなの!! なんなのいきなりこの展開~~~~~~~~~~!!??


 そうパニクるが、立木ひろしと名乗った男は銃を構えたまま動かない。

 てっきり二発目三発目が発射されると思っていたが、なかなか次を撃たなかった。

 やがて男は銃身をやや下げて、唐突な質問をしてきた。


「…………キミはハタシテ何月の生まれかなァァァァァァァァン?」

「は??」

「大事な質問だ。淑女的しゅくじょてきに答えてほしい。――――キミはァ、何月のォ、生まれかねェェエエェェェェェン?」


 意味がわからない。

 しかしここは逆らわないほうがいい。

 芋子はジワジワと腕に広がってくる痛みを我慢しながら答えた。


「じゅ……12月生まれ……です、ことよ……お、おほほほほ……ほほ……ほ?」


 聞いた男は「おぉ~~~~~ぅ……」と大げさに空を見上げ、目を手で覆った。


「良くない良くない、それは良くない。それは。12月生まれのキミと、今日、この場で戦うのは、とても良くない。賢くない。そう……私はクレバーな男。誰もが羨む安心安泰を勝ち取ったエロゥィリ~~~~ト銀行員。こんなところで危ない橋を渡るわけにはいかない。私には――――っ!!!!」


 そこで一旦言葉を止め、髪を手ぐしで整えつつズザザザザザザザザザザ――――。


「ひぃぃぃぃいいいぃいぃぃいいいぃぃぃぃっ!?!?!?」


 砂利の上を滑るように芋子に接近すると、顔を間近まで近づけて言った。


「愛する妻と子供がいるのだよ」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!!!」


 ワケがわからない男に、ワケのわからないまま殺されかけて、ワケのわからない釈明をされている。


 一つも理解できないこの状況。

 ただ一つはっきりしているのは身の危険だけ。

 芋子は力のかぎり悲鳴を上げて、力のかぎり足を前に突き出した。

 前。すなわち男の股間目掛けて――――ドキャキンッ!!!!


「アオッホッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」


 男が怯んだスキに、背後の扉を開けて中に飛び込んだ。


「あ~~~~い。いらゃっしゃぁ~~~~~~~い。あ~~~~~~~~ぁぁぁぁ……死にたい……死にたいわぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ????」

 

 すると迎えてくれたのはさっきの不気味な黒看護婦。

 薄気味悪い渦巻き(空間の歪み?)を背景に鉄格子の向こう側で死を望んでいた。


 これまた全然意味のわからない狂った状況。

 芋子はとりあえず防衛本能全開で悲鳴を継続。

 外に飛び出すワケにもいかず、しかし黒看護婦に近寄るわけにもいかず、ただこの不気味で不可思議な部屋の隅でうずくまる。


 扉が閉まる直前、黒看護婦の目に、もがき苦しむ変態男の姿が映った。


「あぁ~~~~……まぁ……はいはい。え~~~~~~っとぉ……とりあえずお疲れさまぁ。……大したものね、能力もまだないのに聖人を追っ払ったのね。……死ねなかったのね……。はぁ~~~~~~~~死にたいわぁぁああぁぁぁぁぁぁ……」


 そう大きくため息を吐くと、黒看護婦は何やらカウンターの下をゴソゴソいじくって表紙が金属でできた手帳(?)を取り出した。


「あ~~~~い……じゃあ死なないうちに契約しときましょうか。……それとも死にたい? 死にたいなら言ってね。私も一緒に飲むから。毒。このあいだ良い毒仕入れたのよ。苦しみがね、続くの、ずっと。……苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで絶頂して死ねるの。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……いい……いいわぁ~~~~ん。……でも……それでも私は死ねなかった……ぁああぁぁぁぁぁぁぁ死にたいわぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁ…………はい、契約するから血ぃ出して」

「ナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニナニ~~~~~~~~~~~~~~~~…………!?!?」


 と、とにかく逃げよう!! 逃げなければ!!!!

 ちょっぴりお小便をチビリながら激しく床を掻く芋子。

 しかし腰が抜けて体が全然進まない。


 外に出たところで、さっきの変人が待っている。

 かといって、ここにも正体不明な自殺志望者が!!??


 絶体絶命(?)に陥った芋子に、カウンター下の通用穴から這い出てきた黒看護婦が迫る。

 にたぁ~~~~~~~~……っと、これからの芋子の運命を予見するように笑うと、手帳を無理やり彼女の腕の傷口に押し当てた。

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