第10話
意識を取り戻したカインはゆっくりと記憶を整理した。
王宮に行って、陛下に挨拶をした。そうだ、友達ができたんだ。従兄弟だって言ってた。
それから――魔力が暴走したんだ。なんでだろう。とても悲しかった気がする。
誰かが抱きしめてくれて、小さな暖かい手が僕の手を握ってくれたんだ。
「それだけか?」
侯爵はカインの話を聞いて優しく尋ねた。
「とても、途切れ途切れなんです。でも、よく覚えていません。僕はどうしたんですか」
まだ焦点の合わない目で侯爵を見るカインを抱きしめると、「少し魔力が漏れてしまったんだ。みんなは驚いたが――大事はない」と言ってカインから身を離して微笑んで見せた。
「ごめんなさい……僕、また父上にご迷惑をおかけしたんですね」
「迷惑などかけていないさ。陛下も何も咎めてはおられず、カインの身を案じられていたほどだ。あの場に居合わせた貴族達も見舞いの品を送ってきている。迷惑をかけていたならそんな事はありえないだろう?」
事実、魔力の圧力で死にかけた貴族達からも、カインへの見舞いが山のように送られてきていた。
それはカインの身を案じてではなく、カインを恐れての事だった。
王の咎めもないどころか、ジルダにより制御が可能であるという事実を目の当たりにしたのだ。
多くの貴族が、あの魔力を制御できるようになったカインの脅威を考えると、批難ではなく取り入る方が得策だと思っていた。
しかしそんな大人の事情が幼いカインに理解できるはずもなく、カインは素直に侯爵の言葉を信じ、小さく頷いて見せた。
「ロメオ達も無事ですか?」
侯爵はカインの手を優しく握って頷いた。
「アバルト侯爵も公子たちも問題ないと連絡を受けている。カインの容体が安定したら見舞いに来たいと言っていた。その……アルティシアは少し風邪をひいてしまってな。臥せっているが気にしなくていい」
「母……上?」
カインはぼんやりと侯爵を見つめると首を傾げて見せた。
その時、侯爵は気が付いた。カインが一度も母のことを口にしていない事に。
一度もカインに優しくする事はなかったが、カインは妻に好かれようと振舞っていたし、妻が床に臥すと必ず見舞って眠る妻の横で愛しそうに寝顔を見つめていた。
魔力が暴走した時に一番傍にいて被害を受けたであろうことは容易に想像がつくだろうに、ロメオとティン=クエンの事は気にしているのに、妻について聞いてこないなんて。
「母上にはお大事にとお伝えください。僕が顔をお見せしても気分を害されるだけでしょうし」
わずか7歳の息子から出た、棘のある言葉に侯爵は息を飲んだ。
感情のない目でそんな事を言うカインを初めて見た。
これは自分の息子なのだろうか。そんな考えさえよぎった。
「カイン……アルティシアは……そんな事はない。だがお前もまだ目を覚ましたばかりだ。今日はもう休みなさい」
侯爵はカインを寝かせるとお休みのキスをして部屋を出た。
「こんにちは。エスクード公子。ジルダ・シトロンと言います。公子は初めましてですよね」
翌日、サロンでカインの前に現れたのは赤毛で青白い顔色をした少女だった。
「初めまして。シトロン公女。君が僕を助けてくれたと聞きました。ありがとう」
カインは軽くお辞儀をすると、ジルダを見た。
自分と同じ年の女の子が、あんなに苦しかった魔力暴走をいとも簡単に止めたなんて。一体どうやって……?
エスクード侯爵からは、3歳の頃には能力を発現しており、昨年から王宮で魔導士達と一緒に魔力の研究や訓練をしていたと聞いた。
それに比べて自分は、単に強大な魔力を持っていると言うだけで2度も制御を失い、あまつさえ周りの人を危険にも巻き込んでいたじゃないか。
カインは自分の不甲斐なさに小さくこぶしを握り締めた。頭の奥で黒い熱を感じた。
「前回公子が倒れられた時は、私も寝込んでいてお力になれなくてごめんなさい。でも、これからは公子が辛いときは一番に駆けつけるとお約束しますわ」
ジルダは不器用な笑顔を作りながら、握り締めたカインの手を優しく取ると、自分の手で包み込んだ。
小さく暖かな手を感じると、カインの黒い熱は静まり、カインは心と体が軽くなっていくのを感じた。
「君がしているの?」
カインの問いかけに、ジルダはまた不器用な笑顔で返した。
カインは母親に似て美しかった。
一目見てジルダはカインの美しさに自分が恥ずかしくなったのを覚えている。
あの魔力暴走の時はカインを抑えるのに必死だったので、カインの顔をゆっくり見る余裕はなかった。
しかし、エスクード侯爵邸に付き添った時に見たカインの寝顔は、神殿で見た神話の神の子のように美しく、ジルダは諦めていた自分の不器量さが恥ずかしくて死にたくなった。
そして今。自分と向き合い、真っ直ぐに自分を見つめる美しい2つの瞳を前に、ジルダは笑顔を作ることができずにいた。
元々、兄達と年の離れていたこともあり、屋敷でも一人でひっそりと遊んでいたジルダは、話し相手と言えば乳母を兼用した女中だけだったし、その女中もジルダが5歳になった頃には屋敷を離れていたため、ジルダはほぼ一人で大きくなった。
その為、感情を表現するのが苦手だった上、目の前のカインは神の子のように美しい。
幼いジルダにもカインに比べると自分は見る影もない不器量さであることは理解できた。
「失礼だけど――君の魔力はとても小さいように感じるんだ。僕が出会ったどんな人よりも小さい。なのに、どうして僕の魔力を吸収することができたんだい?」
カインの問いかけに、ジルダはその手で包んでいたカインの手をゆっくりと離した。
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