第5章 星闇の大地 ①


「《月輪》とか《日輪》っていうのが、市長か知事…公務員……神社の宮司みたいなもので、《陽の宮》が、国の象徴というか、王というか…。

 それを統治しているんだな?」


「支配しているわけではないから、王でもないだろう」


 返答は、大陽の後ろにあって、少しばかり距離を感じさせた。


「だが…。センシュウの《陽の宮》……《太陽》は、それにあてはまるかもしれない。

 強く、愚かでもある。

 干渉しがたくとも、そこにあるだけで影響力がある。

 感傷的な王者だ」


 大陽がふり返ると、遅れてくる光明の発生源は、彼の二〇歩ほども後ろにあった。


 明度が高くなる中心部に、均整のとれた男の全貌が見てとれる。


 園平大陽は、その場で足を止め、連れが追いついてくるのを待った。


 その男の半径五、六〇メートルに余る範囲を白日のもとにさらしだす放射状の輝き。


 周辺の草木は、それが接近し、通りすぎるのに合わせて、漆黒の影をのばしたり縮めたりしている。


 物体の影が、ゆっくり移り変わってゆくようすは、天然の日時計を連想させたが…。

 輝く人物を待ちうけている少年、園平大陽の足もとには、のびるはずの影がない。


「周辺八国の《陽の宮》は、センシュウの太陽の影…

 ――破片…分身のようなものだ。

 血肉を備えた光輪は、それに比べれば粗雑で、分身といえる存在ではない。

 あなたが言ったように、神の能を一部、借り受ける巫覡ふげきという表現が適当かもしれない」


「おまえさ…。なんでそんなにゆっくりなんだ? 日が暮れちまうぞ?」


「あなたこそ。なにをそんなに急いでいるのです? 日など暮れないよ」


「急いでない。おまえが遅いんだ。女でも、もう少し速く歩くぞ」


「せっかちだな…。

 遅れをとろうと、その気になれば、どうとでもなるでしょうに」


「はぁ? なにが? わけわかんねー」


「そうですか?」


「…。足か腰、悪かったり弱かったりする? 実は病みあがりとか?」


「いや」


「じゃあ、もう少し速度あげないか?」


「足手まといにはならない」



(…どうだか…)


 

 大陽はいま、車が一台、通れるか通れないかという幅の道を、自称《日輪》だという男といっしょに歩いていた。


 人里へ続いているという赤茶色の路面は、土を踏み固めただけのようなのに、草木が蔓延る林野ときちんとわかれていて、わずかに発光している。


 これまで見てきた限りでは、土に根づきやすい雑草が、路面で負けん気の強い姿を見せることもなかった。


 草をぬいて整えてるのか、植物が嫌う薬品でも撒いているのか…。

 維持する方法に疑念をおぼえるが、歩きやすい道だ。


 登り下りはあっても、ゆるやかなので、息切れすることもない。

 それだけに…。


 大陽は、ふつうに歩いていても、前へとび出してしまいがちだった。


 なぜ、そうなるかというと…。


 ゆったり歩をきざみ、それがあたりまえという顔をしている道連れが、のらりくらりと大陽の苦情を交わして、独自のペースを崩さないからだ。


 大陽としては、じれったいことこの上ないが、街に出るまでは、その男と行動するつもりでいるので(いざとなれば、盾くらいにはなってくれるだろうという身勝手な依存・希望によるものだが)、辛抱していた。


 口から抗議が出るのは、耐えきれなくなったときの発散だ。


 道の左右には、すき間の多い森が広がっている。


 浜からこちら、地面を占めるようになった土にとりついて、勢力をのばしてきている森林である。


 種類豊富で雑然としているが、なかでも枝を上へ広げたさまが、竹ぼうきを逆さに立てたような樹形の木がよく目についた。


 全体の半数にも満たないだろうが、樹皮が灰褐色のその植物は、大陽が、毎日のように登下校でくぐりぬけていた街路樹に似ていた。

 いっしょにいる青年に尋ねると「ケヤキ」と答えた。


 植物の知識もないので、同種なのかもわからないが、その木は、大陽が知っているものと同じ響きの名をもっていた。


 大陽の連れは、常に奇妙な輝きをまとっている。


 光っている当人がいうには、見る者によってはまぶしいものらしいのだが、大陽には中にいる相手のちょっとした表情の変化まで、はっきりと見てとれる。


 そんなふうに、強い(と思われる)光に圧倒されることなく、中にいる存在の形を見てとれるのは、大陽が《陽の宮》だからだと、その人はいう。


 《日輪》というものが、《星の子》とかいわれるものの目にどう映るものなのか…。

 光にしか見えない、とも聞いたが、ちっともまぶしいと感じない大陽からすれば、まゆつばとしか思えない。


 《陽の宮》と指摘されることも同様だった。


 大陽は、日本育ちの日本人だ。

 大地も海も眠っているような、よその土地の事情など、わかろうはずもない。


 大陽から見ると、この世界は、常識の前にという一文字がつく奇妙なものである。


 異常といったっていい。


 波のない静かな海。


 中途半端な闇に包まれている大地。


 白露をちらした藍色の天上には、飛行機どころか、雲の一片いっぺん、星のひとつも見つけられない。


 さらには、彼のとなりに、自ら発光している(という)光る人間がいるのだ。


 光量は、一定している。


 足もとの小石や草生えに影が形成されるのに、光源となっている(らしい)人物本体に限っては、着衣に隠れている部分も露出している肌の部分にも差異がないようで…。

 髪の毛や顔の造作、衣類のきわに影が落ちることもない。


 服や持ち物に、しかけがあるというふうでもなく…。

 その現象の種は不明だ。


 とにかく、その男だけが、太陽の光が満ちた真昼――白日のもとに光源としてあるがごとし、なのだ。


 大陽は、三分の一、夢につかっているような心地でいた。


 のこり三分の二は、確実に事実をおさえていこうとする理性と、じきに目が覚め、この幻は消えるに違いないという希望的達観から成っていて、彼の心の占める幅を競い、常に推移している。


 三つどもえの状態で、一言でいうなら、かなり困惑していた。


「ンン…、あれ? まてよ」


 道中、テールと話していて、上目づかいにくうを見た大陽は、左手の甲をあごの高さまでかかげた。


 動かないクロノグラフのメモリに、前に聞いた情報をあてはめてみる。


「中央がセンシュウで、北から東…時計回りに、ノウシュラ、ノウィー…、イーシュラ。

 イーサウ、…サウシュラ。サウエ、ウエシュラ、ウエスノウ…――。

 …やっぱり、北がノウシュラ、東がイーシュラ、南がサウシュラ、西がウエス…ん? ウエシュラ…?」


「そうだ」


「中央は、センターっていうし、ノーザンだろ。イースト…」


「中心にあるのは、センシュウだ。そういった名の土地はない」


 訂正したテールの声には、あまり感情がこめられていなかった。


 それでも、金色の双眸を細くして、むすばれた唇の両端が、わずかに持ちあがっている。


 微笑していた。



(…でも、間違えてまちがいなければ、東西南北につくをはじけば、ぐるりと時計回りに、輪唱っていうゆーか…、返しぬいいうゆーか……いや。数珠つなぎに……)



「そろそろ見えるだろう」


 テールが、ぽつと告げたので、思考を中断した大陽が進行方向に目を向けた。


 いくらかまばらになった木立のかたわらに、杏子色の布地が衝立のようにのびている。


 広い範囲にわたされた多角形の布の壁で…。

 発光する素材でも編み込んでいるのか、微弱な明りをおびていた。


 あるかないか。まばらな光の粒子をまとっており、そこから発せられるごく少量の明かり・ちらつきにさらし出されて、ほんわかと、息づいているようだった。


 外側から見たかぎりでは、大地に柵でもたてて、中のものを広範囲におよび、囲っているような印象。


 壁のようにしつらえられたわらび模様の布地は、中が透けて見えないだけの厚みがあり、大陽の身長の二倍ほどの高さがあった。


 何を目的として置かれた囲いなのか、大陽にはわからない。


「誰かいるかな?」


「ここには、いない」


 これと探すような所作もなく、断言された。


 不思議に思った大陽だが、さほど深く考えなかった。


 人工物と思われるものが目の前にあるので、先へゆけば、ちゃんとした家もあるだろうと予想しながら、その場を後ににする。


 しかし。


 進んでも、手始めに見かけたようなものを、いたるところに見るようになっただけだった。

 

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