第3話

 井伊は今朝のことについてからかうように俺に話しかけてきた。


「六角、今朝は冷泉さんとすげえ険悪な雰囲気だったけどなんかあったのか?」

「いったい、誰のせいでそうなってると思ってるんだ?」


元はと言えば井伊が綾香の機嫌を悪くさせたことで俺まで八つ当たりされたんじゃないのか?そう思った俺は井伊に対して怒りが湧いたが咄嗟にそれを鎮めた。


いやいや人のせいにしてはいけない。俺自身にも問題があったことは確かなのだから。


「いや、すまん。そうだな、何か俺は彼女のプライドを傷つけてしまったらしくて……」

「六角と冷泉さんのやり取りを見てると『ツンデレ』って感じだよな?冷泉さん」


突然何を言ってるんだこいつ?綾香がツンデレだと?あれのどこに『デレ』要素があるのか是非ご高説願いたいのだが……


「ツンデレ?どこがだよ。完全に『ツン』しかないだろ。いったいどこを見たらそんな風に見えるってんだよ?」

「そんな熱くなんなって…どうした?六角、何か機嫌悪いのか?」


確かに俺はいつもより機嫌が悪い。何故だか分からないが無性にイライラしていた。それは、恐らく俺が今朝、綾香と関係がこじれた原因の責任を無意識のうちに井伊に押し付けているからだ。


ダメだ……。井伊は別に悪くないけど俺は今、あまり話をする気分ではなかった。


「井伊、悪い。俺、ちょっと屋上に行って頭冷やしてくる」


これ以上、井伊と話していると余計に八つ当たりしそうなので俺は外へ行って気持ちを落ち着かせようとしていた。


すると奥の方に見慣れた後ろ姿見える。

あれは……綾香。


声をかけるべきか……でも今朝のこともあるしな……


俺は声をかけるべきかどうか逡巡していた。すると気配に気が付いたのか彼女が後ろを振り返る。


「……」


彼女は無言で俺を見ている。気まずいな……俺はこの空気に耐えられなくなり、咄嗟に話しかけてしまう。馴れ馴れしくしないように努めていたが今はもうそれどころではなかった。


「綾香……」

「……」


彼女はそんな俺をただ無言で見続けているだけだ。俺は少し彼女に近づき、次の言葉を紡いだ。


「俺は別に嫌がらせしようだとか、そんなこと一度も考えちゃいない。ただ、昔のように仲良く話したりしたいだけなんだ……」


これは俺の素直な気持ちだ。ただ昔のように気軽に遊んだり話したりしたいだけ……ただ、それだけなのだ。


しかし……


「昔みたいに?いったい最初に私を避けたのは誰だと思うの?」

「えっ……どういうことだ?」

「……」


彼女は困惑する俺を横切ると、それ以上もう何も言わずに屋上を去った。


どういう意味だ?俺が彼女を避けたのか?


いいや、そんな記憶はない。どちらかと言えば、いつからか俺が彼女からやんわりと避けられ初めて疎遠になったと記憶しているんだが……


俺はその言葉の意味が分からずただただ困惑するしかなかった。―――



―――新入生代表挨拶を務めた綾香は学年中の話題の人となっていた。凄く美人だとか、頭がメチャクチャ良いだとか、そんなことだ。


彼女のハイスペックぶりを初めて見る人間の気持ちは確かに分かる。驚くのも無理はない。長年知っている俺でさえたまに彼女から後光が差しているように見えるくらいなのだから。

しかし、その噂の張本人である彼女はそんなことは歯牙にもかけず、堂々と振舞っていた。噂だとかそんなのどうでも良さそうだな……


実際、あれほど話題にされてたら嫌でも気が散るだろうに……やっぱり強いな綾香は……


そんな堂々と振舞う彼女を見て俺は改めて彼女の凄さというものを再認識させられる。


しかし俺は『あの日』見た彼女の寂し気な背中が忘れられないでいた。今見ている強い彼女からは到底感じられない物憂い気な雰囲気。あれは一体、何だったのだろう。


それに、屋上での彼女の言葉も考えれば考えるほど分からなくなる。一人で考えすぎて空回りするのは俺の昔からの悪い癖だ。もう今日はやめにしよう。


俺は考えることを放棄した。


だが、それは俺にとっては良いことだろう。相手の気持ちを勝手に推測して決めつけてしまうのは良くない。


それに自分の中でうじうじと悩んでいても分かるはずがない。だって相手の気持ちなんて相手にしか分からないのだから。誤解があるなら対話を重ねていくしかない。


俺は自分の中で悩むのをやめて彼女と対話を重ねることで誤解を解いていこうと決意した。













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