第31話  チュスの回想

私はチュス・ドウラン、今は滅びた聖国カンタブリアの騎士団長の娘だ。


 幼い時から男並みの特訓を受け、聖国の唯一の姫巫女であるセレスティーナ様の専属の護衛として選ばれたのは十四歳の時の事で、三つ年下となる姫君は、当初、まるで人形のように感情を表に出さない子供だった。


 聖国カンタブリアは光の神の聖地という尊い場所ではあるものの、国土面積が非常に小さい上に、穀倉地帯も自国民を養う程度のものでしかない。他国から巡礼に訪れる人々の寄進によって賄われているような国だった。


 帝国側からの信者が訪れる数は変わらなかったものの、西方に位置するジェウズ侯国やビスカヤ王国からの信者の数が目に見えて減ってきたのが至高の聖女がビスカヤに現れてからの事となる。


 喪失した腕の再生まで行う至高の聖女が現れる事によって、聖女教は破竹の勢いで広がって行ったのだが、そもそも、至高の聖女は光の神を信奉していたという事もあり、聖国との目に見えるような衝突が起きる事はなかったという。


 至高の聖女が高齢となるうちに権力の基盤が衰え、私利私欲に走る司祭の暗躍が増えて行ったのがここ数年のこと。

 欠損した腕の再生に成功した二人目の至高の聖女の出現によって、金集めに妄執をもつ司祭たちが表に出て、新たな派閥を形成する事となったという。


 新しい至高の聖女はセレスティーナ姫と同じ年、聖女教が光の神を信奉する聖国を圧倒するほどの力(資金力とも言う)を持つ中で、聖国の中でも、姫と至高の聖女とを比べる発言が多くなっていった。


 素晴らしい癒しの力で信者を獲得していく至高の聖女と、全く何も出来ない姫巫女セレスティーナ。


 実の親や兄弟でさえ、セレスティーナと距離を取るようになってしまった上に、セレスティーナの世話をする者の中には、癒しの力で人々を助ける聖女に憧れを持つ人間も居たため、あっという間にセレスティーナ姫は『役立たずの姫』と影口を叩かれるようになってしまったのだった。


 私が護衛となった時には、姫は周りの人間からそっぽを向かれているような状態となり、その可愛らしい顔から表情は消えて、瞳はガラス玉のように感情を映さないものとなっていた。


「姫様、本日より姫様の専属護衛となりましたチュス・ドウランです。よろしくお願い致します」

 目の前に跪く私に向かって姫が発した言葉は、

「そう」

それだけだった。


 ほぼ放置されている状態の姫様の日課は、王宮の庭園の散歩で、身の回りの世話をする侍女たちから離れて花々を見て歩くその時だけは、ほんのわずかだけ、姫様は感情を表に出される。


 その日、雨上がりの庭園に足を踏み入れた姫様は、

「わあああ・・・」

雲の切れ間から差し込む太陽の光を眺めながら、感嘆の声を小さく上げていた。雨の季節の為、長らく外に出られなかった姫様が、雨あがりの夕方にようやく外に出る事ができたのだ。


 ピンク色に染まり上がった太陽の光が雲の切れ間から斜めに差し込むその光景は荘厳なもので、その光は美しい庭園の花々をも染め上げていく。

 雨の匂いと土の匂いが入り混じった庭園に人影はなく、姫様へ向けられる侮蔑や悪意の感情がかけらもない空間は、清涼で、神々しく感じるものだった。


「あ!」


 前を歩く姫様が足を滑らせて転んでしまった。

 十一歳にしては体が小さい姫の体を抱き起こすと、姫は足を放り出すように上げながら空を見上げて、

「わああああああ!」

と、大声をあげられたのだった。


 姫様が大声を上げるのは初めての事で、頭の打ちどころが悪かったのかと考えた私が、姫様に怪我はないか確認していると、

「チュス!今は何年?何年の何月何日なの?」

と、非常にはっきりしたお声で尋ねてきた。


 姫様のお顔には確実に感情が表れており、焦りと怒りを露わにしながら私を見上げる姫様に、今日の日付と年度を丁寧にお教えすると、

「あっぶな!お兄様が殺される三日前になるじゃない!あっぶな!間に合ってよかった〜!」

と、可愛らしい声で言い出したのだった。


 何でも姫様は光の神の差配で、すでに八回も今の人生を繰り返しているのだという。姫様が経験してきた人生の中では、一番上の兄君の暗殺が計画され、聖国はジェウズ侯国に滅ぼされるのだという。


 始めは姫の話に疑心暗鬼になっていた人々も、

「宰相の奥様であるルブラナ様、あの方は幼馴染のモルガン様と不倫していますし、マローネ卿は街に愛人を抱えて子供までいらっしゃいますよね。それから、カステリ卿はモンテイロ卿の奥様と深い関係にありますし、キエブラ卿はダニング卿の愛娘と不倫関係にありますわね」

と言う姫の言葉に生唾を飲み込んだ。


 光の神を信奉する人々は、一夫一妻こそが望ましいという考えを持っている人々が多く、不倫や不貞は神の愛の原理から外れる行為だとされている。

 離婚は認められているので、新しい愛を選ぶならきちんと身辺を整理した上で求めるべしと教義でも教えられているので、聖国内での自身の不貞の暴露は身の破滅にも直結するのだ。


 王子の暗殺も予言し、重鎮の不貞も暴露し、他にも様々な予言を続けた姫様は、ようやっと実の家族に振り向いてもらえる事になったのではあるが・・


「自分自身が何も力がないというのに、聖女の力と同等の力を持たないという理由で、私を遠くへと退けた家族が、予言の力が本物だと分かった途端に近くに置こうとするのですもの。自分勝手も甚だしいというか、毎度の事ながらうんざりしてしまいますわ!」


 予言が本当に当たるのか、わざわざ確認するために現れたファティマ帝国の皇太子に対して、家族も揃った晩餐会の席で堂々と言い切る姫様の姿を見て、思わず笑い出しそうになってしまった。


 確かに姫様は、過去、八度も同じ人生を繰り返してきたのかもしれない。

 そして、九回目となる今回の人生で、何かを変えようと奮闘している事にも私は気がついていた。

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