第21話  国王の中の人

 夜中に泣き出したセレスティーナは俺の事を敦史くんと呼んだ、彼女の中には芹那が居ることには気が付いていたし、彼女が何も思い出していない事にも気が付いていた。


 その彼女が泣いて俺の名を呼び、死にたくないと訴える。

 俺も彼女を死なせたくない。そう思い抱きしめていると扉がノックされ、側近のセレドニオが外から声をかけてきた。


「陛下、クピ族に動きがありました」

「そうか・・・」


 名残惜しくて仕方がないが、彼女を守る為に今こそ俺が動かなければならない。

 寝入ってしまったセレスティーナの額にキスをして、ベッドから滑り降りる。

 彼女はぐっすりと寝入ってしまったようで、起きる気配は見せなかった。



 光の神を信奉する聖教会と聖女こそ至高とする聖女教会。勢力の拡大に成功した聖女教会としては、昔からある聖教会の存在を疎んじており、排除しようと躍起になっていた。


 実際に自分たちと触れ合い、癒しの力で治してくれる聖女の存在は民を心酔させるのには十分で、聖教会の中でも、巫女姫として生まれながら何の力も持たないセレスティーナに対して不満に思う者が増えていったのは間違いない。


 王家の求心力は下がり、民の心が聖教会から聖女教会へと移り行く中で、総本山であるカンタブリア自体を潰してしまおうという発想に出たのがジェウズ侯国であり、その後ろ盾としてビスカヤ王国がもちろん存在する。


最終的には、宗教戦争という様相を呈する事もなく、規模としては小国程度のものでしかない聖国カンタブリアはあっという間に滅ぼされてしまったのだった。


 そこで怒り始めたのが広大な領土を持つファティマ帝国であり、帝国の特使は我が国へも抗議の為にやってきた。

 ファティマ帝国民の約八割が信奉するのが光の神であり、カンタブリアの王都は聖地として、毎年多くの帝国民が光の神の祝福を得るためにカンタブリアを訪れていた。


 帝国民が信奉する光の神がおわす聖地が破壊され、聖女を信奉する教会に侵略されたとあっては黙っていられる訳がない。


 丁度、帝国が大きな飢饉に見舞われたという事もあって、神の怒りだと騒ぎ出す人間まで出て来てしまったのだ。


 カンタブリア王家の人々は帝国に亡命をしており、皇帝によって保護をされているような状況ではあるが、光の神が降り立ち、人を愛したという聖地はカンタブリアとなる。聖地が穢されたままの状態で良いと思う帝国民は何処にもいないような状態に陥った。


「ジェウズ侯国を速やかに滅ぼせ」


 帝国からの使者は、皇帝の意思を僕の前で示した。そして、

『ジェウズ侯国を簡単に滅ぼす方法があるぜ』

と、僕の中の俺が答えたのだった。


「ギルスベルガー辺境伯がクピ族を引き入れた事により、侯都は混乱状態に陥り、クピ族の勢いは止まらず、ビスカヤ王国まで攻め込むまでの勢いを見せております」


 国土の三分の一が山岳地帯となるジェウズ侯国、王都の後方に連なるロドリオ山脈には蛮族と言われる部族が住み暮らしているのは有名で、この部族を武力で追い払って来たのがギルスベルガー辺境伯という事になる。


 この辺境伯の妹が王家によって陵辱を受け、遺体となって運ばれて来た頃から、辺境伯は謀反を企み続けてきたような男なのだ。


 クピ族の今の族長は好色であり、非常に暴力的な事でも有名で、山岳を自由に移動する事から、山脈の向こう側に広がる帝国側にとっても悩みの種だったりするのだが。


 地図を広げたセレドニオは書き込みを加えながら言い出した。

「聖女を掲げ、貴族を優遇し、賄賂なくして癒しは授けないというビスカヤ王国の専横に嫌気がさした民衆を誘導して、軍の補給基地の襲撃なども繰り返し行っています。クピ族は将軍の首級を掲げた後は王都へ戻っていきましたし、周辺諸国に対して、美姫を供物として捧げぬ者は滅びの道を辿るのみと豪語しているようです。如何いたしましょうか?」


「当初の予定通りでいく」

 これもゲームの中のストーリーの一つとなる。ヒロインのバッドエンドストーリー、侯国の王子たちと共に、蛮族に滅ぼされる国をただ眺めるという事になるのだが、

「ジェウズ王宮の用水路に毒を流す」

すでに手の者は潜り込ませている。


 クピの部族長クラスは王宮に引き篭もり、酒池肉林で楽しくやっている事だろう。


「全軍に指令を出せ。光の神の意思に従い、侯国にてクピ族の討伐を行う」

 元々、クピ族は東方から流れてきた部族であり、人を攫っては痛ぶり殺す所が問題視されてはいたのだ。


 騎馬八千、歩兵二万を連れて国境を越えれば、クピの若者たちが慌てたように逃げ出していく。侯国の首都はバレアレス王国から進軍しても五日程度の距離でしかない。


 これを三日で踏破した我が軍は、侯国の首都を目指して走り出す。

「陛下!伝令より、ビスカヤ王国の王女マリアネラが侯国の首都に入ったとの連絡が入っております!」

 後方から駆けつけてきた兵士が述べる言葉を聞いて、思わず口元に笑みが浮かぶ。

「王女がその場から逃げ出した場合は拘束するように指示を出しておけ」

「承知いたしました!」

 離れていく部下を見送りながら、兜の面頬を僕はおろした。


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