第11話 デメトリオの死

「ご主人様、アデルベルト陛下がいらっしゃいました」


 今日の夕方、イリバルネ子爵の娘であるリリアナが拘束された。子爵が隣国であるジェウズ侯国と繋がっていたらしく、抜き取られた情報が隣国へ流れていた形跡があるというのだ。


 その事について相談をしたいと先触れが届いたのが2刻ほど前の事であり、お忍びという形で甥が我が家へとやってきたようだ。


 執事に案内されたアデルベルトはにこやかに笑い、

「お忙しいところすみません、どうしてもご相談したい事がありまして」

 と言って、土産として持ってきたワインを執事に渡す。


 金色の髪も紺碧の瞳も父親譲りのもので、私は兄に顔立ちが一番似ているこの甥が、虫唾が走るほど嫌いだった。


「丁度、カンデレ地方で作られた20年もののワインが手に入ったのです。この年に出来たワインは神の雫とも言われるほど美味だと言われています」


 ワイン好きの私の為に、わざわざ用意をさせたのだろう。

 

 隣国ジェウズ侯国は聖国カンタブリアを滅ぼしてはみたものの、結果的には何の旨味もなかったのだ。王族は数年も前から亡命を企み、行ってみれば宝物庫も空、王都も空の状態で、金になるような物は何一つ手に入れる事が出来なかった。


 鉱山などの資源もなく、自国民が困らない程度に自給が出来るという程度の穀倉地帯しか持たず、多くの人の信仰心(お布施ともいう)で成り立っているような国だった為、神の血筋を持つ王族が居なくなれば何の価値もないものへと成り下がる。


 聖国の姫君はバレアレス王国の王妃となってしまった為、ジェウズ侯国の王子は我が国を滅ぼしてでも手に入れたいと考えている。


 バレアレス王国とジェウズ侯国との戦いは一触即発の状態にまでなっているというのに、戦争に対しては宰相であるフェルミン・ジョンパルトが及び腰だ。


 宰相を動かせなければ戦争のための予算を動かせない。大事なリリアナ・イリバルネを間諜にしたジェウズ侯国に対して、宣戦布告をしたいと考えるアデルベルトは、私に力になって欲しいと考えているのだろう。


 二つのワイングラスとチーズやオリーブをテーブルに用意した執事は、アデルベルトが土産として持って来たワインのコルク栓を抜くと、まずはティスティングとして少しだけワインを注いだグラスを自分の前に置いた。


 本来であればホストがティスティングをするのが常識ではあるが、私もアデルベルトも王族という事もあって、執事が毒味の意味も兼ねて自らテイスティングを行う。


 色味、香り、味わいを確認した執事は、

「間違いなく、神の雫と言っても過言ではないと思うワインでございます」

 と評し、私とアデルベルトのグラスにワインを注いでいく。


 甥がワインを飲んだのを確認した後に、ようやっと私もワインを口につける。王位簒奪を兄に疑われ続けた私は幾度も毒を盛られた経験があり、何度も確認をしなければ口に物を含めなくなっている。


 甥が持参したワインは確かに素晴らしいもので、山羊のチーズにとても合う。深い酸味と口中に広がる味わいが幾重にも重なり合って、交響曲を奏でているかのようだ。そこへ山羊のチーズが絶妙なハーモニーとなり、

「ああ・・・これが神の雫・・・」

 呟いた私の口から真っ赤な血が溢れだし、純白のシャツを染め上げていった。


「だんな・・さま・・・」

 驚愕に目を見開いたまま執事が倒れ、崩れるように椅子から滑り落ちて床に膝をついた私を、感情の籠らないような瞳となってアデルベルトが見つめている。


「き・・貴様・・こんな事をして無事で済むと思っているのか・・・」


 口の中のワインを吐き出したアデルベルトは、水を含んでからもう一度吐き出すと、

「今まで都合よく使われたものだ、甥である僕を随分とコケにしてくれたものですね」

 と言って、私の肩を蹴り飛ばす。


 対ジェウズ侯国との行く末を決める話し合いの為、人払いは済ませてある。扉の外には護衛にもなる侍従が数名待機しているのだろうが、国王であるアデルベルトの護衛の兵士も居るはずだった。


「臣籍降下した後も虎視眈々と王位簒奪を企んでいたデメトリオは隣国と通じ、我が国をジェウズ侯国の属国とした後は、バレアレスの統治を任される事を、侯国側と約束をしていた」


 私の肩を踏みつけながら、甥はひどく冷めた声で話を続けた。


「イリバルネ子爵の摘発により、侯国側との繋がりが判明し、我が国を裏切っていたかつての王弟は毒を煽って自死を選んだ。彼の信頼が厚い執事もまた、主人を追う形で毒を煽った。もちろん王弟と共に売国を企んでいた宰相もすでに拘束下に置かれている。こうして全てが明るみとなり、侯国側は我が国との太いコネクションを失う事になる」


 リリアナはセレスティーナがジェウズ侯国の間諜だったように偽造すると自信満々で言ってはいたが、私自身は侯国と直接取引などした事はない。


 例え、我が家の隅から隅までひっくり返して調べたとしても、私と侯国との繋がりを立証するような証拠は出て来ない。


 何を戯言を言っているのかと呆れた思い出見上げていると、アデルベルトは私に顔を近づけながら、


「という話になる予定、あんたが悪者になるように幾らでも罪なんか作り出す事なんか出来るんだよ。俺の妻曰く、俺が白って言やあ、黒いものも白になるっつうんだから、叔父上殿に罪があるって俺が言やあ、叔父上殿は罪人って事になるんだよな」


と、無茶苦茶な事を言い出した。


「さようなら叔父上どの、あんたもセレスティーナを狙っていたみたいだが、残念ながら渡すわけにはいかねえし、セレスティーナを殺させるわけにもいかねえんだ」


 甥の嘲笑う姿が脳裏に焼き付いていく。


「罪の捏造は得意中と得意、何せ、過去に八度も冤罪で妻を殺しているそうだからな。今回も難なくこなしてみせるぜ。てめえを嵌めるくらい訳もねえ事さ」


 まるで別人のように笑いだす甥の姿が遠くなっていく。


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