第9話 いつもと違う、憧れの先輩
「西園さん、お疲れ様ー!」
倉崎さんの声が聞こえた。
彼女と仲が良い子たちと私の前にやってきた。
そういえば、そろそろシフト交代の時間だ。
あまりにも夢中で全然気が付かなかったよ!!
「わっ、すごい賑わい!」
「いつの間にかこんな人高になっていて……」
教室を見やれば、数10分前とは全然違う光景だった。
ステージ2は教室の奥かつ柵で見えないけれど、ステージ1はお客さんであふれていた。
手が空いているらしい紘夢が武尊と一緒にスタッフをしている。
「まだステージ2に行った人はいないんだ」
「そうなんだよね。一応何回も来てくれてる人はいるんだけど……」
実は最初の三人組、午後にもう一回来るって言ってたのにすぐに来てくれたんだ。
「それでもすごいじゃん!やっぱ最初にあの二人をシフトにして正解だったね」
倉崎さんたちは満足そうに教室を見ている。
あの二人……きっと紘夢と武尊のことだ。
「それにしても……二人とも可愛いよねえ」
「思った!!似合いすぎだよ」
「写真ほしいなあ」
あはは、やっぱりそう思うよね。
二人ともふわふわの猫耳カチューシャ、本当に似合ってる。
紘夢はしぶしぶって感じでカチューシャをつけて今もこうやってシフトをしてる。
そんなところも可愛いんだよなあ、紘夢は。
武尊はノリノリで話していて、完全にキャストさんになりきっている。
「二人もだけど、将也先輩すごかったよね~!」
「これ絶対に再演になるよ!!」
「一発目なのに鳥肌立ったよ」
将也先輩、という言葉に反応する。
そっか、倉崎さんたち、将也先輩の演劇見れたんだ。
やっぱり、すごかったんだなあ。
見たかったなあ……
「西園さん、安心して!絶対に明日見れるよ!」
倉崎さんが励ますように私の肩をつかむ。
ほかの子も同じようにキラキラした目で私を見ている。
「うちらが保証する!だってすごかったもん!」
「これで再演にならなかったらおかしいもん!!」
「何なら抗議しに行くよ!!」
あまりの必死さに思わず笑みがこぼれた。
……将也先輩のクラスだもん。
絶対……絶対、再演になるはず。
その時はその時でじっくり演劇を楽しもう。
今日の夕方に三年生だけに発表されて、明日の午後に一年と二年に伝えられる。
明日まで待ちきれないよ……!!
それに……返事だってしないといけない。
「よし、シフト交代!あとは任せて!」
「うん!」
倉崎さんたちにバトンタッチして、あとは自由行動だ。
一日目はももちゃん、莉緒ちゃんと回る約束をしているんだ。
二日目は紘夢と武尊。
……すごく楽しみ~!!
教室前でももちゃんと待ち合わせして、家庭科室で莉緒ちゃんと合流する約束だ。
紘夢と武尊に手を振って、なんとなく廊下で待つ。
「……どうしよう」
将也先輩に告白されてから、ほとんど会話をしていない。
挨拶くらいはしたけど……恥ずかしくて目も合わせられないし、顔を直視できない。
……なんて答えたら良いんだろう……
すると、階段のほうから足音が聞こえた。
私の教室は階段に近いんだ。
だから、廊下にいれば階段を上り下りする音は聞こえる。
一体、誰だろう、お客さんだったらいいなあ。
「――絵奈」
心臓がドクン、と鳴った。
この芯のある、優しい声……
鼓動が速くなり、声のほうにゆっくり向いた。
「ま、将也先輩……」
私が名前を呼ぶと、将也先輩はうれしそうに微笑んだ。
この学校の生徒会長で、私の憧れの先輩。
心臓が鳴りやまない。
ど、どうして、だろう。
こんなにドキドキしたことない……
「誰か待ってる?」
「は、はい、友達を待っていて……」
「そっか」
よく見たら将也先輩、いつもと髪が少し違う。
いつもはサラサラってしてるんだけど、今日は少しだけ乱れている。
体育館は少し暑いし、汗ばんでいる。
制服も少し気崩していて、私が知ってる将也先輩じゃないみたいだ。
「絵奈、その髪型似合ってるよ」
目を細めて、微笑む先輩はすごく……かっこいい。
やばい、直視できない。
「えっ、あ、ありがとうございます……そ、その、将也先輩も、髪アップにしてて……すごく、似合っています」
「そう?ありがとう」
本当に……直視できない。
何で……だろう。
この前まで何も気にせずに、普通に会話できたのに。
心臓だってうるさい。
「絵奈、演劇見た?」
「え、あ、えっと、クラスのシフトで、見れなかったんです……」
「……そっか。――でも、大丈夫」
「……えっ?」
顔を上げれば、将也先輩は真剣な表情で私を見ていた。
まっすぐな、瞳で。
「必ず、再演に残って、一位をとるために頑張ってきたから。明日の再演で、優勝してみせる」
将也先輩は、私から視線を離さない。
私もそらすことができない。
鼓動がさらにうるさくなる。
「――だから、絵奈。俺だけを見ててほしい」
……やばい、本当にかっこいい……
さっきまでかっこよかった表情にだんだん優しさと甘さが溶け始め、いつもの将也先輩に戻っていく。
硬直している私を見て、将也先輩は小さく笑う。
なななななな何今の!!!!!!
心臓に悪い!!!
しかも、今、何ておっしゃいました……!?!?!?
「あ、いた、キム!」
「どこにいたかと思えばここかよ……って、絵奈じゃん!よ、久しぶり!」
生徒会のお手伝いをしたときにお世話になった先輩で、将也先輩と合わせて「御三家」って呼ばれている人気者なんだ。
「お久しぶりです」
頭を下げる。
二人とも気さくで話しやすい先輩なんだ。
「おっ、これ絵奈のクラス?」
早速、東先輩は脱出ゲームを見てくれている。
「すげえ、人気じゃん」
「キム、やってみない?」
「えー俺、解ける気しないけどなあ」
「何とかなるって、ほら並ぼうぜ」
将也先輩はちょっと嫌そう。
今のところクリアした人はいないからなあ……それに、最初は時間切れになる参加者がほとんどだったんだよなあ。
「んーまあ、絵奈のクラスならやってみよっかな」
「……えっ」
「うわあ、絵奈の前だからってかっこつけやがって」
東先輩がにやにやしながら将也先輩を煽る。
その横で田原先輩が呆れつつも笑っていた。
「別にそんなんじゃない。面白そうだし。ね、絵奈」
「え、ええっ、えっと……」
そ、そんな綺麗な微笑みで言われても……困ります!!!
「ま、まあいいけどさ。あ、俺たち参加します!!」
東先輩が受付担当の倉崎さんに話しかける。
突然の御三家の登場に倉崎さん含め、列に並んでいた参加者や教室内の挑戦者が色めき立つ。
す、すごい、人気者だ……さすが御三家……
これじゃ、謎解きどころじゃない気もするけど……
「――絵奈、返事待ってるよ」
私の前を通り過ぎる前、将也先輩は小声で、ささやきながら言った。
でも、すぐにいつもの将也先輩の顔になっていて、二人と仲良く会話しながら列並んで行った。
「……どう、しよう……」
直視できないのに、なぜか視線で追いかけてしまう。
心臓だって、変だ。
心が……苦しい。
「あ、絵奈!」
今度は……ももちゃんの声だ!
声のほうを見ればサラサラの黒髪をツインテールにしたももちゃんが小走りで私のほうに向かっていた。
「ももちゃん!!!」
「遅れてごめん!……あれ、何かあった?」
「う、ううん!なんでもないよ」
「そう?じゃ、行こっか」
ももちゃんはすぐに来るなり、楽しそうに小悪魔っぽく笑った。
……わああああ、可愛い!!!!
もううう、さっきから刺激が多すぎますーーー!!!!
そ、そういえば一体、ももちゃんは何をそんなに楽しそうにしているんだろう。
あの日から何も教えてくれないけど……
また、心臓がドクンと跳ねる。
ハッと視線を感じて、振り向けば将也先輩が私を見ていた。
将也先輩は微笑んで、小さく手を振ってくれた。
視線が泳ぎ、顔が熱くなる。
あまりの恥ずかしさにそそくさと階段を下りてしまった。
ももちゃんに「何があったの」って不思議そうに聞かれたけど、「なななな何でもない」と答えることしかできなかった。
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