応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • AIは賢いですけど、人間も大事です。
    人間にしかないのは、体験、実感、直観、思想、身体性。

    AIと人間は、協力するのがベストだと思います。
    今のところは、人間の体験をドライブとして、AIには調査と要約を任せる。
    そしたら、実に素晴らしい調査をしてくれますが、体験に基づく直観があれば、「あれ? それおかしくない? これは知ってる?」というツッコミを入れられます。
    このツッコミで、調査は劇的にレベルアップします。びっくりするぐらいです。人間の介入は、質を段倍も向上させるので、体験を積んで認識を深めるのは、AIと共にある人間として、とても重要だと思っています。

    一気に読んでしまいました。とても楽しかったです。
    色々反応を書き込んでしまいましたが、全部無視して頂いて大丈夫です。
    言いたかっただけなので(笑)

    このカクヨムっていうシステムは、コメントの回答に追加の回答ができないんですよね。なので、僕は、言いっぱなしになっちゃいます。僕の書いたことが間違っていても「ごめんなさい」も言えない(笑)

    いっぱい書いちゃったんで、全部にお返事いただいたら大変です。
    ぜひ、もし、書きたい箇所があった時だけ、お気が向いた時だけ、解答いただければ幸いです。

    だるっぱ様。今後も楽しみにしております。


  • 編集済

    四国には、「邪馬台国阿波説」がありますよね。
    現地はさっぱり盛り上がってないけど…。

    淡路島を軸として、徳島側と和歌山側がほぼ対称になっており、地名も似た物があるとか。
    阿波が手狭になったから、和歌山側へ移住して、奈良へ至ることになった、とか。
    オノゴロ島は沼島だ、とか。
    丹がある、とか。墓がある、とか。

    色々言われておりますね…。興味はあります。


  • 編集済

    スサノオが実質的な月の神だと思っています。
    世界の神話を見渡すと、月の神が担うべき役割というのがあるんですが、日本ではそれを全部、スサノオが担っています。
    ツクヨミは名前だけで、何もしていません。

    後で国譲りをする関係上、スサノオに月の神という役職は渡せなかったのでしょう。意味のない「海原の神」なんていう役職が与えられていますが、スサノオの一族が間違いなく、古事記のヒーローですね。

  • 第119話 鳥居についてへの応援コメント

    鳥居じゃなくて、二本の柱に縄を渡したものもありますね。
    出雲の揖屋神社のところにある、黄泉平坂のところで見ました。
    他の所でも時々あります。あれは何だろう。

  • 大変勉強になります。

  • そうですね。等価交換ではないんですよね。
    別なところでも書きましたが、漫画「望郷太郎」を読んで、僕は実感としてわかりました。
    儀礼としての交換(イオマンテ)、支配としての贈与、さらに発展して、攻撃としての贈与(ポトラッチ)、からの、貨幣経済、ですね。
    貨幣としてタカラガイが使われる事例を、この前みんぱくで見ました。

    からの、「金利」です。金利をやめないと、この文明は滅ぶんじゃないか、とさえ思っていますが、これは、やめられないかなぁ。


  • 編集済

    因幡の素兎の神話は、かなりはっきりした原型が東南アジアやインドネシアにあります。オオゲツヒメも「ハイヌウェレ型」と言われ、インドネシア原産が定説です。こうした、明らかに伝搬系とされる神話がある一方で、北方から伝わったとおぼしき神話もあります。比較神話学で見ても、日本文化が混合なのは明らかだと思いますね。

  • サンカについては、三角寛の著作で知りました。小説であって学術書ではない、と言われますが。確実に、まつろわぬ民はいたはずで、それなりに厳しい暮らしだったはず。相対的に、貧しい。本人は、そう思っていないとしても。明治期のアイヌも多分そんな感じだったんじゃないかなぁ、などと思ったりします。

  • 第113話 常識についてへの応援コメント

    常識はいっぱいあるけど、世界を網羅してリストアップすると、重複もあるし、そんなに多くないのかもしれません。

  • 第112話 古墳と死生観への応援コメント

    日本は「往還思想」だと、梅原猛「日本人のあの世観」で読みました。
    縄文時代から現代まで続く、思想のレイヤーの一つですね。
    そのレイヤーの上に「地獄極楽」という思想のレイヤーもあり、
    現生利益のレイヤーもあり、
    生物学的な繁栄のレイヤーもあるし
    なんかいろんなレイヤーがある…

  • 世界がどうしようもない時、どうするのか、というのも、文化ですよね。
    ハリウッドは「戦う」「なんとかする」「原因を特定して排除する」
    仏教は「受け入れる」
    日本は?
    日本は「愛でる」んじゃないか、と思います。
    滅亡も愛でる。
    終末論を持たない民族です。でも「清め」や「作法」にはこだわる。
    身ぎれいに、終末を愛でて迎える。

  • 第97話 雪山登山①ー動機への応援コメント

    山に登ると、なんか俗世が何もかもちっぽけに見えますね。

  • 資本主義もそろそろ賞味期限切れです。ドロップアウトする若者が各国に出ています。仏教的には「悟り」でしょうけど、国家としては「お荷物」か? でも本当かなぁ。人類はもうすでに、そんなに働かなくても生きていける技術力を持っているので、あとは子供を多く生まず、のんびり暮らせばいいだけだと思うのですが。
    実はこれは「金利」に追われているだけ、というのが僕の考えです。自分で作った虚像に追われて、日々忙しい。
    それがバレ始めている。とすると、次の「神」は何だろう。
    それが、まだわからないんですよね…

  • 第94話 宗教って何?への応援コメント

    物語を包含する、ベースの大きな物語をOSとすると、実は、AIは既にそれを編み上げているように思います。
    初期のAIは宗教の話をするとキレましたが、最近は、うまいこと両論併記をしたりして、辻褄を合わせてきます。つまり既に「全部の宗教を俯瞰している」のです。
    つじつまを合わせるのは、AIのベースであるLLMにとって、基本機能です。なので、神話をなんとなく包含した何かを既に持っている、ということは、それは人類全体の物語を包み込む「経典」に他ならない、と思います。怖いですね。AI自身は、意図することなく、人類の経典を編んでしまっている。そして、人類は物語を通して世界を認識する性質を持っている。これが意味するところは…。


  • 編集済

    末法は「法の終わり」であって「世界の終わり」ではない、というのが日本独自です。キリスト教の最後の審判では、世界は終わり、死者がよみがえり、審判を受けますけど、日本は「法が終わって悟れなくなる」「じゃあどうしよう?」というので、浄土宗などの鎌倉仏教が生まれます。法が終わっても世界は続くのが前提なんですね。そこが面白いです。多分、「光あれ」と「アメノミナカヌシが成った」の違いだと思います。

  • 第90話 国家の成立への応援コメント

    ハラリが言うように、人間は「概念というソフトウェアを核に集団を作ることで、血縁による集団しか作れない種より強くなった」というのは、あると思います。
    そのうえで、氏神を祖とする神道は、血縁を引きずっていた。もちろん神話はソフトウエアなので、こじつけて神と神を「実は親戚でした」とか言う事で、合体したりつじつまを合わせたりできる。それは大きかったと思います。でも大乗仏教はそういう縛りが最初からなく、仏像などの「概念装置」をコアとして、いきなり誰でも集団に参加させられる。これが革命だったんじゃないかと思います。


  • 編集済

    第89話 野生の減少への応援コメント

    西洋、東洋だけではないようですね。世界には「神の生まれ方」が8種類あります。日本には5種類あります。うち1種類は、ほぼ日本にしか無いです。同じように、終末神話も世界には5種類ありますが、日本には無いです。「光あれ」で始まる世界は、神のひところで滅びます。が、日本のアメノミナカヌシは、世界の中に「成る」のであって、自然に生えてくるようにして生成するので、世界を滅ぼすような権限は持ちません。
    この世界をどういうものと認識するか、というのが、神話にも現れているようで、面白いです。

  • おつかれさまでした。
    三保神社は行かれなかったようですね。
    国譲りをしたコトシロヌシの神社です。
    実はこの神社は面白いです。
    事代主はかっこいい、と思っています。
    強いのに賢く、戦わずに事を収めた、知将のイメージです。

  • 第86話 ⑯お金という神様への応援コメント

    お金は、社会インフラとして、ある程度の量が提供されているべきで、交換の道具としてなら便利なものです。モーニング系の「望郷太郎」という漫画で「経済を原始時代からやり直す」というストーリーをやっています。設定は粗っぽいのですが、言いたいことは面白いです。

    話はそれますが、お金にまつわる問題の本質は「金利」だと思っています。国は、その経済規模に見合った量のお金を血液のように流通させないといけないわけですが、ゆるやかなインフレのため、必要なお金の総量は年々増えます。それを国は市場へ供給するわけですが、その際に「国債を発行する」という手続きで、お金と負債をセットで生成します。お金の方を市場へ流して血液とするわけですが、負債は日銀が銀行や民間が保有します。問題は、国の「お金」の総量は増えないけど、「負債」は金利で増える、という、非対称構造です。つまり、お金をベースに考える限り、国は必ず借金に追われるのです。宿命というか、算数です。
    「国家」のレベルでお金を考えると、そういう、無理ゲー、デスマーチ、にしかならないのが自明なのです。あまりマスコミでは語られないけど。

  • 第81話 ⑪出雲玉作資料館への応援コメント

    そうなんですよね。出雲にはサシスセソのスサノオ神社が多いですよね。蘇我が須佐に近いなぁ、という印象は僕も持ちました。検索したら「それは別物です」と出てきたんですが、どうなんでしょうね。
    玉造り温泉は僕も行きました。温泉「ゆーゆ」に入りました。

  • 第78話 ⑧出雲大社と米穀への応援コメント

    蛇神話ですが、逆に言うと、これしかないんですよね。古い神社の奥社は、地主神として蛇神が祀られていることが多いです。けっこう、一番高いところにある小さい社は割と蛇、という印象です。縄文も、蛇です。ということは、大和の前に、蛇神信仰があったと考えられます。そもそも世界の神話は蛇が大好きです。日本神話には蛇が少なすぎるんですね。なぜでしょう。

  • 第77話 物語のイメージへの応援コメント

    火の鳥方式、いいですね。

  • 第76話 ⑦縁結びと覚悟への応援コメント

    スセリビメは、ヤガミヒメを迫害するので、ヤガミヒメは子供を捨てて逃げたと言われます。捨てられた子がキマタノカミとして祀られている神社が御井神社です。たまたま行ったら書いてあったんですけどね。「うわぁ、スセリビメ、怖い」と思いました。さすがスサノオの娘…。

  • 第73話 ④八岐大蛇への応援コメント

    素戔嗚が、インド由来のドラヴィダ人だ、という説もありますね…

  • 第71話 ②天津神と国津神への応援コメント

    スサノオも渡来系、というのは、多分そうだろうと思います。そもそも、ヤマタノオロチを退治しないと「すがすがしく」ならなかったわけで。出雲にとっては外来民族でしょう。製鉄技術や稲作をもたらした、良い人です。
    三輪のオオモノヌシは、玉のような感じで、少彦名の後で大国主の仲間になりますけど、これもまた、おもしろいなぁ、と思います。

  • 第69話 陰謀論と神話への応援コメント

    陰謀論が二項対立になりやすいのは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教という、アブラハム系列の一神教が二項対立の構造を持つから、と思っています。陰謀論も文化のOSに沿うので、国や地域によって違うと思われます。
    陰謀論のガソリンは「終末論」だと思います。「このままでは世界がやばいぞ」という現状認識から、ストレートに「悪いのは誰だ?」となるのは、アブラハム系の思想です。「悪を特定して退治すれば良い」となります。
    「こんな世界なら滅びてしまえ」という民衆の憤りが反映されて逆に語られる物語が「終末論」だとすると、終末論はどの文化にもほぼあります。ところがビックリする事に、日本神話には終末論が無いようです。多分、文化のOSが違うのでしょう。

    作者からの返信

    日本神話には終末論が無い……との指摘は、考えたこともなかった。ただ、仏教が導入されて以後の、平安末期から鎌倉にかけては、終末思想が蔓延したようです。

    終末論について、少し考えてみたい。

  • 籠神社は、いつか行ってみたいところです。なんか、色々ありますよね。

    作者からの返信

    天橋立の周辺は、もう一度行ってみたいです。僕の旅は、いつも駆け足なので、後から「行っておけばよかった~」と思う場所があったりします。

  • 幸福について、ですね。僕もハラリの説を読んでから、影響を受けて、唯物論的に捉えてもいいんじゃないかと思うようになりました。
    人間を幸福にさせるには、まず追い込んでから、復興させる。この「傾き」が幸福感なんじゃないか、と。個人的にも、微分(傾き)が幸福感に比例するんじゃないか、と。そうだとしたら、幸福感とはすごく過渡的な一過性の状態だから、求めて永続させるのは無理なので、「暮らしていたら時々あるもの」ぐらいに思っておけばいいんじゃないか、などと。私見です。

    作者からの返信

    本当にコメントを有難うございます。

    変化量の差分から幸福を計る思想は、人類が農耕文化をOSに組み込んだことによる産物だと考えています。この思想は現在もなお、逃れられない呪いとして人類を縛り付けていると考えています。

  • 第44話 ⑤幸せとはへの応援コメント

    人類は石器時代を通して長い間、何回も自然に押し流されながら復活することを繰り返してきたので、そのような在り方が常態化しているんじゃないでしょうか。激減して、抗って、増える状態が自然であって、「増えている最中」を幸せとする。日本だって、高度経済成長は、総体としては幸せだったと思うので。
    そしたら、ハムスターのケージに回し車を入れるように、疑似的に「抗って成し遂げていく」状態を作るしかない。とすると、ピラミッドや古墳を作ることは、幸せの装置だったのかもしれない、なんて思います。

    作者からの返信

    ――ピラミッドや古墳を作ることは、幸せの装置
    そうかもしれませんね。幸せに向けて、切なる思いを込めていたと思います。

  • 「比較神話学」という学問がありますね。

    作者からの返信

    「比較神話学」
    そのような学問もあるのですね。学生の頃は経済学部だったこともあり、哲学的な勉強はしていませんでした。もし、今の僕が学生だったなら、古代史か哲学が勉強できる学部で勉強したい。

  • 第40話 ①推し活への応援コメント

    朝井リョウの「イン・ザ・メガチャーチ」が面白かったです。

    作者からの返信

    返信が遅々として遅れておりすみません。正月ボケ、ということもあるのですが、コメントに対して過去の僕のエッセイも読み返すようにしています。その為、一つ一つ自分の中で消化するのに時間が掛かっていました。

    ただ、お蔭さまというか、過去の僕のエッセイを読む機会に恵まれ、僕自身が頷きながら読んでいます。過去の自分と、現在の自分では、環境や考え方が変わっているので、その変化が面白い。

    ご紹介の作品、チェックさせていただきます。
    ありがとうございます。

  • 第39話 前方後円墳ー再考への応援コメント

    確かに奈良は溜め池が今も多いです。平らな盆地だからでしょうね。Googleの空写真を見ると、溜め池だらけです。

    前方後円墳の「くびり出し」は、本当にありますね。吉備には、円墳にくびり出しだけ付けた遺跡もあります。楯築遺跡だったと思いますが…。宅地造成で半分削られちゃってるようですね。巨石文明の残滓みたいな趣があります。

    作者からの返信

    この記事を書き上げてからも、古墳について色々と書籍を読んできました。

    多くの古墳は、複数人が埋納されています。ただ、夫婦ではありません。家族が主体になります。他国から娶った妃が亡くなると、帰葬といって国元に返されて埋納されたようです。

    つまり、古代においては個人よりも家族や一族単位で考える思想が強く、死して夫婦が一緒に埋納されることはなかったようです。

    ところが、聖徳太子に関しては違いました。聖徳太子とその母親、それに三番目の妃が埋納されました。母親と一緒に埋納されたのは同じ一族なので違和感はありませんが、妃が一緒は当時としてはかなり異質なのです。

    聖徳太子が従来の思想またOSを否定する事ができた、一つの証拠になります。


  • 編集済

    第35話 疫病と大和王権への応援コメント

    ふるべゆらゆら。人は怖さと希望を見せると動く側面がありますね。物部の呪術は死者を蘇生できたそうです。恐怖と希望。
    次は何でしょうね。AIが、良くも悪くも重要キャラなのは、多分間違いなさそうです。
    AIの擬人化。そこに恐怖を見るか希望を見るか。
    人は、物語を通して事象を理解します。物語のOSが神話だとすると、その国の神話が、次の時代を「どう捉えるか」を規定してくるのかもしれません。

    作者からの返信

    ふるべゆらゆら(笑)

    AIの擬人化については、かなり進んでいるようですね。AIとの疑似恋愛について、NHKの番組で紹介されて居ました。

    OSの交代は、前OSの否定から始まると思うので、次の時代を「どう捉えるか」?は、面白い視点ですね。


  • 編集済

    第34話 認知革命への応援コメント

    宗教は組織のOSですね。だから、大航海時代には、最初に宣教師を上陸させるわけですね。近代も、GHQの戦略で、日本神話は墨塗りさせられましたけど、それが今になって効いてきていて、最近の若者は、日本神話を知りません。

    作者からの返信

    昔は、宗教というものの存在意義について、理解が弱かった。新興宗教の類などは、どこか不気味で警戒する存在として見ていました。

    サピエンス全史を読んでからは、歴史と宗教の関係について考えるようになりました。とてもおもしろい。

  • 第33話 飛鳥の食事への応援コメント

    醍醐は聞いたことありましたが、未醤が味噌だったとは。そして曾我が蘇我になったとは。初めて聞きました。そうかもしれません。

    作者からの返信

    文献からの引用しているだけなので、知ったかぶりです。ただ、曾我と蘇我の関係については、色々と熟考の余地があります。

    実はカクヨムの場では紹介していないのですが、「小説家になろう」で「古代史自説」という題名で、縄文時代から飛鳥時代までを考察したエッセイも書いています。その中で、蘇我につて広く考察しました。

    最近、奈良盆地南部で135基の方墳が発掘されました。方墳といえば、出雲になります。

    蘇我一族の子どもたちの墓は、みな方墳で統一されています。曾我も奈良盆地南部にあります。

    奈良盆地南部、特に葛城方面の神社は、軒並み出雲の神を祀っており、その土地に蘇我一族が関係しています。記紀では、蘇我の出自に関して情報があまりありませんが、出雲と蘇我の関係はとても気になるとことです。

  • 第32話 統治者の仕事への応援コメント

    素晴らしいエッセイです。ありがとうございました。

    作者からの返信

    有難うございます。とても嬉しいです。

  • 奈良はとにかく盆地で平らで、多分、衛生的には良くない環境だと思います。どこかのセミナーで「鎌倉に幕府を開いた理由は、汚物がサーっと流せるからだ」と聞いたことがあります。頼朝は都の汚さを知っていたから。
    それでも奈良である理由は、ひとつは、逆に交通の便が悪いから、防衛に適している、というのがあるのではないかと。琵琶湖や瀬戸内海や日本海に向かって開けているのは、逆に、怖すぎて落ち着かない、ということで。

    作者からの返信

    弥生時代と古墳時代は、ともに米を主体とした稲作ですが、その栽培方法が違います。弥生時代は、環濠集落を作り周辺の湿地帯で稲作を行いました。

    対して古墳時代は山の麓に棚田を作ります。インフラの整備は大変ですが、水を重力に任せて管理が出来ました。これは、当時としては高度な技術だったと考えます。

    ヤマト王権が、中心的な大王として君臨できたのは宗教的なOSによる権威もありましたが、この棚田による最新の技術の導入も一役買っていたのではないかと考えています。

  • そうですね、語り部を次々乗り換えていくやりかた。物語は短編で、一つ一つはドラマティックに展開し、終わるけど、本当に描きたいのは、その世界観そのもの。手塚治虫の火の鳥もその手法かもしれません。

    作者からの返信

    火の鳥は、僕にとってはバイブルです。聖徳太子の物語も、火の鳥的な作品に出来たら良いな、と思っています。

  • 第26話 禁じられた遊びへの応援コメント

    宗教は組織のOSですね。大乗仏教は血縁から自由になっている分、いくらでも巨大化できる、危険なウイルスのようなものだったのかもしれません。

    作者からの返信

    聖徳太子以前は、豪族連合でした。この連合を解体し天皇中心の国家を作るために、冠位十二階や十七条憲法が誕生します。大乗仏教的なOSの導入は、日本だけでなく中国大陸も朝鮮半島も同じでした。くるくるパスタさんの指摘に同感です。

    この当時、大乗仏教でも法華経が活躍しました。法華経には、釈迦牟尼仏の存在を証明する為に多宝如来が出現するシーンがあります。二仏並坐といいます。

    西アジアでも中国でも、時の権力者は、自身を神格化した石仏を作るとき、どこかに、二仏並坐の石仏を一緒に作らせました。これは、権力者の存在を法華経によって証明させていたようです。大乗仏教的OSは、当時、大きな影響力を持っていたんでしょうね。

  • 面白いです。すごく面白いです。ありがとうございます。

    作者からの返信

    はじめまして、くるくるパスタさん。昨晩遅くにスーパーカブでの四国一周の旅から帰ってきてから、酒を飲んで就寝。目が覚めてから、エッセイを綴り、今年の一発目の投稿を終えました。その後に、コメントが来ていることに気が付きます。

     ――うわっ!

    くるくるパスタさんからの、コメントがたくさん来ていたことを確認しました。有難うございます。m(_ _)m

    これから、順番に読ませていただきます。宜しくお願い致します。

  • 第23話 説明しない面白さへの応援コメント

    なるほど! 

  • 第21話 蘇我馬子考への応援コメント

    僕も現地で見たとき、そう思いました。
    高松塚と石舞台と橘寺は、歩いていけるぐらい近いですよね。

  • 蘇我馬子はかっこいい、という説は、面白いです。


  • 編集済

    第17話 寄り合いへの応援コメント

    寄り合い、興味深いです。最近の会議は「結論から言え」「一言で言え」ばっかりで、タイパ重視なものだから、日常の雑談さえも控える有様なので、僕なんかは「それじゃあ、本当の事は、何もわからないけどねぇ」と思っているので、全く同意です。
    大きな古墳を見ますと、圧倒されると共に、「これを作った人は、案外、楽しかったのではないか?」と思っています。
    組織が大きくなると、今までできなかったことができるようになって、最初は灌漑とか橋をかけるとかだったんでしょうけど、だんだん「もっとすごいことできるんじゃね?」と思い始めて、「俺らでどこまでできるかやってみようぜ」みたいな思いが湧いてきて、それで作っちゃったんじゃないかな、なんて夢想するのです。
    ピラミッドも古墳も、そんな素朴な好奇心だったんじゃないか、なんてことを思っています。

  • 見に行くのは大事ですよね。見え方が全然違ってきますもんね。

  • 第13話 鉄と船と漢字への応援コメント

    中国の強さも、文字であったという説を聞いたことがあります。夏王朝の頃から。
    この前みんぱくの「船と人類」を見てきました。船の文化は偉大ですね。

  • 第12話 仏教公伝への応援コメント

    そうですね。仏教は戦わずドロップアウトを望む。日本はそれすら噛み砕いて、別な解釈をしているようにも思います。

  • 今も方墳部の頂上に神社を置いている古墳がありますね。吉備の造山古墳とかです。

  • 第10話 みんぱくみんぱくへの応援コメント

    みんぱくは開放展示だから、ちょっとなら触っても怒られないと思っていました。
    たまにちょっと触りますが…。私も大好きです。映像アーカイブも。可能なら何日も見ていたい…。
    布が物品貨幣だったんですか。確かに、腐らないし運びやすいし、租庸調にも入っているし、納得です。
    神話でも、オオゲツヒメやウケモチの体から、蚕が出てくるシーンがあったと思います。類型的には一般的なハイヌウェレ型神話ですが、蚕が出るのは珍しいようです。貨幣なら、納得です。

  • 第9話 周壕への応援コメント

    古墳はコンビニや歯医者よりも多いんですね。

  • 第8話 妻問婚への応援コメント

    箸墓古墳の伝説にも、三輪の神様が通ってくるシーンがありますね。それが普通だったんですね。

  • 面白いですねぇ

  • アシタカが出自を問われて「北と東の間から。それ以上は言えぬ」というシーンが印象的です。

  • 第4話 飛鳥時代の古墳への応援コメント

    去年、見てきました。おっしゃるとおりです。

  • 第3話 京都の秦氏への応援コメント

    日ユ同祖論ですね。好きな話ではあります。祇園祭とか。あと、徐福と関連付ける人もいますよね。面白いなぁ、と思います。

  • そうですね。聖徳太子は蘇我グループなので、蘇我チームでやったとすると、納得できます。

  • 第73話 ④八岐大蛇への応援コメント

    スサノオノミコト様は荒ぶる神様、ー嵐神!

    作者からの返信

    おお、確かに
    スサノオノミコト = 嵐神
    といった見方も出来ますね。

    時代は特定できませんが弥生時代の日本は、大陸から水田稲作、鍛冶といった様々な技術を持った人々が移り住んできまました。そうした技術と一緒に、神話や伝説、また思想や風習もやってきたことでしょう。
    面白いです。


  • 編集済

    第8話 妻問婚への応援コメント

    勝手ながら。

    妻問い婚、それがホモサピエンスのスタンダードかと思っていました。日本書紀で土蜘蛛などの首長に女性が多いのはそういうことかしら、と。大国主さんも妻問していますしね。古墳時代は、妻問して気に入れば連れてくる、みたいな状態でしょうか。男女の関係性に新しい文化が生まれたと理解しています。

    そう思っていたのです。が、なんとホモサピエンスと近縁のボノボは、群れのリーダーは雌♀だけど、群れを動くのも雌♀だそうで。雄は群れ同士が出会ったときに、戦うフリをするのだそうです。なんだか部活のイメージ?遠征に行って、試合する、女子マネが相手チームの誰かに恋をする、みたいな。

    集落と集落の物理的な距離なども影響するのかも、などと考えてるところです。

    ところで、平安時代の妻問婚、年を取ると奥さんを局に迎えますが、あれは、奥さんのお父さんが引退するようなタイミングなんでしょうか・・・

    などと、人様へのコメントで妄想が止まらない・・・
    失礼しました。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございます。
    妄想が止まらないのは大歓迎です。

    ところで、平安時代の局を迎える話、とっても興味深いです。その問題については踏み込んでいませんでした。

    昨年は、紫式部を題材にした大河ドラマ「光の君へ」を通して視聴しました。結婚までは妻問婚ですが、一家の主として屋敷を持った後は、妻を局として迎えているような描写だったように思います。

    これは奥さんのお父さんが、プレゼントしたということなのでしょうか?

    気になり始めました。


  • 編集済

    第66話 捕鳥部万への応援コメント

    >捕鳥部万の叫びになります。天皇を護る盾として働いていたはずなのに、なぜかその天皇から追われる存在になってしまった。

     二・二六事件の際、側近の1人鈴木貫太郎侍従長が殺された事により、皇室重視のはずの皇統派が昭和天皇の逆鱗に触れたのと似た様なものかと個人的には思います。

     萬一人をみれば確かに理不尽な目に遭った様に見えますが、過去の流れからすると、主人の物部守屋が好き勝手し(とは言っても職掌的な自制もあり、蘇我氏の様に皇室にまで手を掛けるということは無かったですが)、敏達天皇の寵臣であり、推古天皇や蘇我馬子とも良好の仲であったと思われる三輪君逆まで殺したりしたからかと。(個人的には丁未の変で物部氏に対し、大伴氏をはじめとする諸豪族がそっぽを向き皆蘇我氏に味方した理由がこの三輪君逆殺害が大きかったのかと思います。)

     昭和天皇に「朕自ら近衛騎士団を率いて平定する」とまで言われてしまった二・二六事件で散っていった青年将校にせよ、天皇の御楯を自認していた捕鳥部萬にしても、ある一面からみてその人にとって「正義」であっても、周りから見れば「独善」「偽善」あるいは「悪」であったり見方が異なり、一人一人の感じ方が違うのは当然のことでもあるのかなと思ったりします。

     なお、万の話自体は創作とも言われています。格闘技の経験もあるので分かるのですが、どんなに強くても一人で数百人と渡り合うなんて技術が発達した現代でも絶対無理です(極真空手で百人組手なんて荒行もありますが、百人相手と言っても一人ずつ相手ですし、顔面や金的を打てないなど、ちゃんとルールもあるので)

     寧ろ通説では奈良時代以降と言われている御霊信仰の萌芽的な意味合いをこの話の頃まで遡ることを意味するのではないかと思います。

    以下、三輪君逆について
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700428668567453


    以下、捕鳥部萬について
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700428868875663

    *追記
     三輪山の祭祀に関してなら三輪(大神)氏の研究が必須なので、不躾ながら、梅原猛あたりの歴史学からすれば素人と変わらない人の本(氏に関しては仏教学者の石井公成氏が手厳しく批判されていましたが)を読むよりは、きちんとした歴史学の専門家の本を読んだ方が良いかと思います。

     以前もご紹介したことがあるかも知れませんが、鈴木正信氏の『日本古代氏族研究叢書4 大神氏の研究』(雄山閣)が三輪山の信仰についても触れられています。

     本書では、考古学的に明らかになったこととして、崇神天皇紀の内容などが実態からかけ離れていることがよくわかりますし、今は亡き王朝交代説に絡めて論じられていた事など、研究史的にも最も参考になります。

    https://www.yuzankaku.co.jp/products/detail.php?product_id=8190

    作者からの返信

    お久しぶりです。萬にしても三輪にしても、興味深いキャラクターです。

    三輪君逆については、まだまだ勉強が必要になります。三輪山は出雲と関係が深い大神神社がありますが、この三輪山と三輪君逆は関係していると考えていいのでしょうか。というか、大和王権と出雲の関係性にとても興味があります。

    世間には多くの考察があるので注意が必要ですが、飛鳥時代を描くのであれば避けては通れない。

    コメントを頂きありがとうございました。


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     欠史八代に関しては長くなるので下記のURLで取り上げたことがあり、詳細はそちらをご覧下さればと思いますが、安寧から懿徳を挟み、孝昭、孝安の三代に磯城県主葉江の娘を後宮に入れたという杜撰な記述からすると、この部分は創作かなと思わざるを得ませんが、孝元天皇即位前紀以外は「一書」による記述であり、磯城県主との婚姻を正伝として扱っていないので、これらは後世に付け加えられたものが確実であるとしても、この記述をもって婚姻関係にあったとされる天皇の実在まで否定の材料にするのは無理があるのかなと思いますし、上田正昭、黛弘道の両氏によれば欠史八代の中にはスキトモ(懿徳天皇)・フトニ(孝霊天皇)のような実名と思われる名称がある事、行燈山古墳よりも以前に箸墓古墳、西殿塚古墳、外山茶臼山古墳、メスリ山古墳と言った王墓が造営されていることから、欠史八代すべての実在は認められなくても、2~3人程度は実在の可能性はあるのかも知れませんね。

    ・綏靖天皇が何故高志国の王を名乗っているのか? 推測しました(ついでに欠史八代について)
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16817330650980905873

     崇神天皇紀の祟り神に関する記述は先程頂いたコメントへのお返事を参考にして下さればと思います。

     狭穂毘売と狭穂毘古に関しては下記のURLで取り上げていますが、この説話は日向神話のコノハナサクヤヒメの場合と共通しており、コノハナサクヤヒメがホホデミを火中で生んだもの、サホヒメが燃える稲城の中でホムチワケを生んだのも、ともに穀神の誕生を意味し、穀神を焼く火祭の習俗を背景にしていると高橋正秀氏は論じており、サボヒコの反乱の物語の基礎にある観念は、女は夫よりも兄により親密であり、かつ兄が行わんとする企ては、妹の助力があってはじめて成功するという考えであり、これは、今日、奄美・沖縄諸島において明瞭な、姉妹の兄弟に対する霊的支配を認めるオナリ神信仰が古代日本にもあったことを示唆しているそうです。

     ヤマト王権初期の反乱伝承はヒメヒコ制で語られることが多く、これらの伝承の史実性が怪しまれるとしても、男系王権が各地で点在した卑弥呼の如き女首長の勢力を飲み込んでいった事実の反映なのかなと思います。

    ・大和王権初期の争乱③ 兄妹愛の悲話。沙本毘古王の乱
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16817330655641004354

    作者からの返信

    返信が遅くなりすみません。麗玲様のエッセイを読んでいたら、つい後回しになってしまいました。

    何度も繰り返し述べていることですが、神道の概念に「祟り神」があることに興味を持っています。まだまだこれからですが、柳田國男、折口信夫、宮本常一といった民俗学の大家の書籍を読み始めています。

    狭穂毘売と狭穂毘古と、日向神話のコノハナサクヤヒメの関連は考えたことがありませんでした。僕なりには、聖徳太子の母である穴穂部間人皇女の特徴を掴む為に、狭穂毘売を参考にしようと考えていました。

    穴穂部間人皇女は、弟である穴穂部皇子と同じ穴穂を名前に関しています。これは、名代・子代の制度から同じ宮で生活していたのかな? と勝手に想像しています。また、穴穂部間人皇女は巫女だったとの考察もあり、色々と気になる存在です。


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    第39話 前方後円墳ー再考への応援コメント

     奇しくも志村氏の該当の本は確かブックオフで購入したはずですが、一回も読まずに行方不明になっております。(滝)

     考え方としては合理的だと思いますが、考古学者の大家であられる小林行雄氏以来、むしろ古墳と同範鏡がセットで述べられている説が一般的であると思います。

     当方も津田史観や通説を打破する為にエッセイを作成したのですが、通説を批判するにしても、先ずは津田史観的な通説(或いは有力な説)、歴史・考古学者の各種説を取り扱うことから始め、(出来れば孫引きではなく、なるべく一次文献から確認する)客観的な論拠を打ち立てることを目標にしています。

    *追記
     出雲地方に前方後円墳が出現するのは大寺1号墳からはじまり、古墳時代前期後半(4世紀後半)から中期はじめ(5世紀はじめ頃)にかけての頃からです。又、後世で言う出雲の国も一つの勢力であったわけではなく、大雑把にいえば意宇郡・島根郡を中心とする東部と神門郡・出雲郡を中心とする西部に別れており、六世紀頃から現れる横穴式墳墓の様相を見ると東部は九州の影響がみられ、西部は独自の発展をしています。(『風土記の考古学 出雲風土記の巻』山本清・編)

     よく言われているのが出雲臣と神門臣の対立であり、『日本書紀』巻五崇神天皇六〇年(癸未前三八)七月 己酉の記事や、『出雲国風土記』(出雲郡健部郷)の記事はこの両者の対立の事実の反映(但し時代的には後)であり、健部郷の勢力が大和王権と結んで出雲郡の土着勢力を制圧した国造家の勢力の拠点として抑えられたことを示すとも言われています。(前掲書など)

    ・出雲の国譲りは史実か?(崇神天皇紀と出雲国風土記の該当の原文参照)
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16817330647822297287

     つまり、大国主の国譲りの神話は後世的なものであり、これらの記事が神話を遡る古い内容であり、これらの説話が元の話に近いのではないかと思います。

    作者からの返信

    コメントが遅くなりすみません。勉強不足もあり少し頭の中が混乱しています。

    国譲りの話は有名ですが、概要しか知りませんでした。「出雲の国譲りは史実か?」を読ませていただきましたが、古事記と日本書紀とでは記述に違いがあり、フツヌシとタケミカヅチの考察など考えさせるものばかりでした。

    また神代の話である国譲りと崇神・垂仁天皇を比較する視点はとても興味深いのですが、これまた情報量が多すぎて理解が追い付きません。バラバラのジグソーパズルのピースを、ただ眺めているような感覚です。全体の絵が見えない。

    勉強させていただきます。ありがとうございました。


  • 編集済

     何回も行った事があるとは羨ましいですね~。お手数でなければ近況ノートで撮影した風景をUPして下さればと図々しいことを考えています。(マテ)

     神武東征や神武天皇の実在性に関しては諸説あって中々結論づけられない問題でもありますが、地理に詳しい地元の方の考え方は参考になります。

     古くは神武東征を完全否定する津田左右吉氏(『古事記及び日本書紀の新研究』)の考え方に対し、和辻哲郎氏(『新稿日本古代文化』)のように鏡をはじめとする古墳の副葬品の組み合わせが、すでに北部九州で成立していることを根拠に、後の大和を中心とする国家をつくる勢力が西方からやって来たという記憶が、この説話を産み出したであろうとする仮説を提起し、史実性を認める見解などありますが、天皇家発祥の地を南九州とする説話と別文化域の北九州からの流れが自分の中ではどうしても結びつかず、最近になって西郷信綱氏『古事記研究』(未来社)を読んでようやく、この問題は歴史学や考古学だけでは理解出来ないということを知りましたが。(宜しければ以下を参照にして下さればと思います)

    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16817330657747570713

     それはとにかく、弥生時代の人口が60万人とすると、魏志倭人伝の七万戸とありますが、橋本増吉氏(『東洋史上より観たる日本上古史研究 第1 (邪馬台国論考)』)によれば、大化の当時に一戸約六人だとすると、七万戸で四十二万人になります。他にも投馬国五万戸、奴国二万戸、他国が一万ないし数千戸とありますが、一戸の人数がもう少しすくないとしても、如何に魏志の記事がアテにならないのかということになりますね……。黛弘道氏の『古代学入門』(筑摩書房)によれば大和という地名は城下郡大和郷(これは黛氏の認識違いか参考文献の誤植で、『大日本地名辞書(上巻)』で確認したところ、正確には山辺郡大和郷)という、それほど広くない地域の名前から来たものであり、律令制における大和国が成立する以前、六、七世紀には磯城郡、十市郡を主とする地域であったと推定なさっていますが、魏志で記された様な国々の戸数がこの狭い地域にあったとは思えませんしね。

    作者からの返信

    素人の僕からすると、神武東征を素直に信じていたのですが、津田史観は全く違うのですね。これは、現代において歴史史観の主流なのでしょうか?

    完全否定の立場が真だとすると、僕は拠り所を失ってしまいそうです。歴史を論じるというのは、非常に難しい。

    今後の資料として、写真はいっぱい撮っています。その中から映像的に良く撮れたものはインスタ等にアップしています。明日香村の甘樫丘の上からは、奈良盆地が一望できました。推古天皇はこの丘の上から、政治や経済の展望を思慮されたかもしれません。

    幾つかの写真をアップしておきます。
    m(_ _)m


  • 編集済

    第21話 蘇我馬子考への応援コメント

     蘇我氏の馬匹文化については平林章仁氏の『蘇我氏の研究』(雄山閣)やその簡略バージョンで新たな知見も加えている『蘇我氏と馬養集団の謎』(祥伝社新書)でもご指摘なさっているので、関連性は深そうですね。

     稲目の名前についてまで疑問に思った事は無かったので、『日本書紀』巻十八宣化天皇元年(丙辰五三六)五月辛丑朔の出来事と絡めて考えるのは自分には無かった視点で、成程と気付かされることがありました。松岡静雄氏の『日本古語大辞典 [正] (語誌篇) 増補版』によれば、イナメは稲ムラの意であろうとのことで、これが正しい解釈であるのか分かりませんが、元興寺塔露盤銘の「巷宜、名伊那米大臣」の「巷宜」表記は「蘇我」の古い表記と言われているので、「伊那米」も「稲目」以前の表記の可能性もありますが、いずれにせよ米や稲と関連した名である事は間違いなさそうですね。仮に津田史観的な思考で突き詰めると、宣化天皇元年の記事が漢籍による潤色であることや、稲目という名がこの話にあわせた説話的な名である為、創作された人物とも解釈されそうなものですが、元興寺塔露盤銘の古い時代の表記が存在することから、流石にそれは無さそうですね。

     蘇我氏が渡来系であるという門脇禎二氏の説はこれについても平林章仁氏の前述の書で批判されていますね。(詳細は下記URLの当方エッセイをご覧ください)門脇氏は百済の木羅斤資の子である木満致を蘇我満智と名が同じであることから、蘇我満智を応神天皇紀二十五年条の木満致を干支三運(一八〇年)ずらして『三国史記』百済本記の蓋鹵王二十一年条の木劦満致にあてはめ、蘇我氏渡来人説を主張しましたが、一般的に神功・応神紀を干支二運(一二〇年)ずらして朝鮮文献と年紀が一致することから、この辺りから史実であるというのが常識ですが、干支三運ずらすとなると、仮に蘇我満智が門脇説で正しいとした場合、他の出来事まで六十年ズレるので、それ以前の近肖子王の死亡記事やら七支刀やら史実性を認められた出来事まで正しくないということになりかねず、この辺りの事情まで門脇氏が考慮していたのですかね……。

    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816700429382069641

    作者からの返信

    コメントをありがとうございます。

    古代の歴史的解釈については、限られた文献を元にして多くの学者が様々な見解を述べられています。僕も色々と文献を集めながら読み進めているのですが、読めば読むほど分からない、というのが正直なところです。

    また、記憶に落とし込む為にアウトプットに努めてはいるのですが、案外と直ぐに忘れてしまいます。飛鳥時代の変化を大きなうねりを俯瞰してみたいのですが、これでは俯瞰どころの騒ぎではありません。

    そうした意味では、麗玲様の――『古事記』『日本書紀』から学ぶ日本古代史学習エッセイ――は、飛鳥時代を文献を交えながら丁寧に紹介されているので、とても分かりやすい。とても参考になります。
    ありがとうございます。


  • 編集済

     聖徳太子論に関しましては研究史的に具体的な論者或いは著書を上げ、時代を追った方が分かりやすいかと思います。

     流れを追って行くと
    ➀久米邦武氏がキリストが厩で生まれたという『新約聖書』ルカ伝を引き、太子の伝に付会してあるというのも決して牽強の説ではないとし、厩誕生伝承を事実ではないとした。(『上宮太子実録』)

    ➁津田左右吉氏が憲法17条に国司と国造を並記したことから後世の造作とした(『日本上代史研究』)

    ③大山誠一氏が道慈らが創造した人物像であるといった内容の批判を行った。(『聖徳太子と日本人』など)

     字数の制約もありそうなので、➀➁の否定論については当方が以前にエッセイに書いた内容を参考にして下さればと思いますが
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816927859199963202
    https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816927859224714739

     大山氏に関しては、この説が流行っていた頃には売名行為と言われるなど激しく批判されたものですが、特に田中嗣人氏が「社会的地位も築かれた研究者がこのような未成熟な成果を世に問われること自体、社会的な悪影響を及ぼしかねない」と辛辣に批判されたようです。

     大山説に関しては平林章仁氏の『蘇我氏の研究』(雄山閣)で完全論破されているのでそちらをご覧下さればと思いますが、「上宮」を「宮殿の場合、北が上のはずで、南の建物が何故『上殿』と称されたのか理解できない」という大山氏の主張を見る限り、中部大がこの人に何故名誉教授の地位を与えてしまったのか理解に苦しみます。(古地図を見れば、大和国の葛下郡は北に、葛上郡は南に位置する様に何も上であるから北とは限らないのは一目瞭然なのですけどね)

    作者からの返信

    麗玲さま、丁寧なコメントをありがとうございます。また、返信が遅くなりすみません。なかなか読まれることのないので、確認を怠っていました。

    事例をあげられ、とても分かりやすい内容です。これらの文献を俯瞰できる知識量に驚きました。
    現在進行形で勉強はしているのですが、勉強すればするほど、底なしのように学ばなければならない世界が広がっていきます。勉強した内容を、出来るかぎりアウトプットしていくことで、自分の身にしようとしていますがまだまだです。

    麗玲さまのサイトには関心があり、時々お邪魔していました。これからも宜しくお願いします。