第47話
僕は余りのおぞましさに背筋が寒くなりかけた。
けれど、彼女を、稲葉の姿を確認するために全体を見まわした。
すると稲葉、彼女は巨大な何かの胸の部分にいた。
「助けてぇぇ」
「痛いよう」
「ああああああ」
「ぴぎゃああああ」
取り込まれたもの立ちのうめき声とそれに合わせて巨大な何かも叫ぶ。
僕は歯を食いしばり、チタンブレードを抜き、巨大な”ノー・ネーム”と距離を詰める。
巨体を支える足は全て取り込まれた人間の足が、まとまり木の幹のように飛び出し、まるで不思議な光景で、気持ち悪かった。
足はウネウネと動き、そこから解放されたいのか、痙攣した足も合った。
僕は覚悟を決めて、チタンブレードをかまえた。
そしてチタンブレード改をふり、足めがけて斬りつけた。
斬りつけた部分の足が、切りおとされ、赤い血が噴出する。
「痛いぃぃぃいっ」
取り込まれた数人の顔が同時に叫ぶ。
どこかですでに神経が統合されてしまったているのか?
僕は頭の片隅でそんなことを考えながら、チタンブレード改をふり、もう一撃を加える。
雄叫びのような悲鳴のような声をあげるが、一向に、止まる気配がない。
拡張現実が、辺りに集まる隊員のバイタルサインとGPSから送られる位置情報が展開される。
すでに巨体は街の中心部からそう遠くない所まで押し寄せている。
僕はチタンブレードをふり、人間で言う、すねに当たる部分に向かい、振り下ろす。
巨大な大木に当たったように、そこで刃が止まる。
けれど僕は止めることなく、トリガーを引き、そのまま、チタンブレード改を振り抜いた。
刃が、硬い部分を切り抜き、血が、吹き出す。「ぎゃあああああああああああ」
どこかの取り込まれた顔が叫んだ。
僕はすまないとおもいつつ、すぐに反対の足の方へと後ろから回り込もうとする。
巨体が進む振動、そして仲間の隊員が体部へ向けて発砲しているのが耳に入る。
そのたびに叫び声が聞こえる。
反対の足へたどり着くとそのまま、うごめいている足をきりつける。
誰かの足を切りおとしていく。
名前の知らない誰か足。
僕は歯を食いしばり、チタンブレード改を深く食い込ませた。
そしてもう一度、トリガーをひきながら、引き抜いた。
叫び声が聞こえる。
けれど、それはどこかでなっている音にしか聞こえなくなっていた。
巨体の進みが少しだけ遅くなり両足をよりひきずりながら、進む。
「あぁぁぁぁぁぁ」
途中で、大木のように太くなった腕を巨体は振り上げて、目の前で銃撃を行う隊員達に向かい、振り下ろした。
かわそうとした隊員のうちの何人かは潰され下敷きになった。
ドスンと地面がゆれ、地面がわれた。
攻撃の意志を見せ始めた巨体。
他の隊員は後退しつつも、ライフルで攻撃をしかけていた。
僕はできるだけ、後ろに回り込む。
「イリス!」
『クロ!』
無線でイリスが反応する。
「他の隊員に身体に向かって攻撃を集中するようにいってくれ」
『わかった。クロはどうするの!?』
イリスは息を上げながら、問いかけてきた。
「僕は稲葉を……」
言葉を飲み込み、答えた。
「巨体の後ろ側から攻撃をしかける」
『無理しないで』
「大丈夫」
僕は短く答えると僕は巨体の背中側へ周りこみ、もう一つのチタンブレードを鞘から抜く。巨体の背中を見上げる。
稲葉の顔を見ていない。
僕は彼女になんて言えば良いのかなんて、考えていた。
「きっとそれは無理なことなんだろうな」
僕は短く息を吐きながら、呟く。
再度、息を吐き、駆け出す。
移動速度が鈍っている。
巨体の足めがけて二本のチタンブレードを斬りつける。
血が、吹き出し、身体にかかる。
もう感染の心配などない。
僕は”リザーブ”だから。
すでに感染している。
いつ目の前の化け物と同じになってもおかしくない。
そして名も無い怪物となる。
わかってる。
けれど、稲葉に関してはむごいじゃないか。
僕はこころの中で叫んだ。
そしてその叫びをできるだけかき消したくてチタンブレードを振る。
アキレス腱に当たるような場所を斬りつける。兎に角、進行を止める。
僕はがむしゃらに、足の部分を斬りつける。
巨体は大きく叫び、咆哮が聞こえる。
そして銃声も。
拡張現実が周りに集まりだした隊員の存在をマップに写し始めていた。
「「助けて」」
「痛いぃいいいい」
「お母さん!」
「あぁ、誰かぁぁぁぁ」
声にならない叫びと共に、はっきりと人間の声がする。
”ノー・ネーム”ではない別ものになろうとしている。
同じではあるけれどもちゃんと人間としての意識をもっている。
けれども・・・・・・。
僕は二本のチタンブレードをふる。
片方の足を集中したせいか、片方の足がちぎれかける。
巨体は体勢を崩し、身体を半身にしながらその場に大木のような腕を地面につけ、歩みをかなり遅くする。
「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
人間の声に似た耳をつんざくような叫び声が響く。
『各隊員に次ぐ、集中して射撃を行え』
増原隊員の声が聞こえた。
他の隊員が、顔に当たる部分や身体にライフルの弾丸を撃ち込む。
銃弾の雨に、取り込まれた人間達は叫び声をあげ、絶命したように黙る。
南雲博士の開発した抗ナノマシン剤が効いてきたのか、再生もしなくなってきた。
銃弾は巨体の各部分をつらぬき、血をそこら中にまき散らす。
「ああああああああああああああああああ」
はっきりと人間の声の叫びになっていた。
僕からは顔がみえなかった。
きっと稲葉、彼女も痛みに顔をゆがめているのだろう。
ただ静観していることだけしかできない。
一分もたたないうちに巨体は完全に歩みをとめて、体勢を崩し、前のめりに倒れた。
地響きとともに、巨大な叫び声は聞こえなくなった。
埃がまい、辺りをつつむ。
『打ち方やめ』
増原教官の声が聞こえ、銃声がやんだ。
巨体は歩みを止めたものの、まだ何かを目指そうと少しだけ動いていた。
頭部に当たる部分、そして腕がもがくように動いていた。
他の隊員たちは巨体の腕の餌食にならないように離れていた。
僕はまだ動いている頭部のほうへと向かった。煙のなか、僕を目にした隊員が「おい」と制止したが僕はその止めた腕を振り払った。
頭部には十人以上顔と身体があった。
何人かは銃弾にやられ、再生できずに穴だらけになっていた。
ほかの何人かは息も絶え絶えだった。
そしてその中に、稲葉がいた。
稲葉は顔の半分が火傷などで、炭化していた。再生が追い付かなかったのだろう。
彼女は泣きながら「お母さん……」とすすり泣いていた。
僕は彼女の近くに歩み寄った。
ゴーグルをはずし、僕は声を駆けた。
「稲葉……」
彼女には聞こえているだろうか?
僕が呼びかけると稲葉は涙で濡れた片目でこちらをみた。
「黒……だ……」
彼女は視線をこちらに合わせた。
「……」
僕は彼女と視線があい、言葉に詰まってしまった。
「黒…だ、ねぇ……助けて……」
彼女の願いに、僕は答えようとしたが口が開かない。
「ねぇ……、黙って……ないで。このまま……化け物になるのはやだよぉ……」
稲葉は小さい子供のように泣いた。
「わかってるよ」
僕は喉が渇きかすれる声でいった。
頭の中で南雲の先ほどの言葉が反芻する。
『本当に助けられるとおもっているのか?』
分かっていた。
すでに取り込まれた物はナノマシンの餌食なって”ノー・ネーム”化は避けられない。
人間に戻るということはできない。
ナノマシンも人間と同調し始めてはいると今までの戦いではっきりしてきた。
けれどまだ完全ではない。
僕は彼女を見た。
もう助かる見込みもない。
再生を止めたがどこかでナノマシンが、悪い方へ膨張すれば、”ノー・ネーム”になる。
「黒田ぁ……」
彼女の声に僕は口を開いた。
「稲葉……、大丈夫。化け物にはならない」
僕は彼女をみてまっすぐに答えた。
「私、死ぬんだね……」
稲葉は震える声でいった。
僕は震える声で答えた。
「痛いかもしれないけど、すぐに楽になれる」
「そっか……」
稲葉はもうわかっていた。
僕は彼女の願いはわかっている。
チタンブレード改に装填された抗ナノマシン剤の残量をみた。
後、二・三回というところで残っていた。
僕は一方のチタンブレードを鞘に戻し、もう一方、改を振って血を落とす。
そして稲葉ではなく、まだ脈動している巨体の肉片にチタンブレード改を突き立てた。
刃が肉片にささった感覚がわかり、僕はトリガーをひき抗ナノマシン剤が注入される。
ナノマシン剤が効くかは分からない。
僕はチタンブレード改を引き抜く。
そして稲葉の方をみた。
僕はチタンブレード改を強く握っていた。
「黒田……」
稲葉は泣いていた。
「黒田…あんたに…お願いがある…の」
「なんだい……?」
「私のこと……忘れないでね。 名前覚えておいてね……」
彼女は短く笑った。
僕は何も答えられずにただ頷いた。
僕はチタンブレード改をふりあげた。
「約束する……」
やっと声を絞り出すと同時に僕の身体は動いていた。
それと同時に巨体が最後の咆哮をした。
巨体の動きがとまり、煙もおさまった。
周りが騒がしくなってきたのは分かっていたが、そのまま僕は膝をついていた。
手にした彼女の顔はまだ温かく見開いた目が虚空を見つめていた。
僕は彼女の頬をなで、空を見上げた。
ただ声はでなかった。
けれど叫ばずにいられなかった。
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