2064年8月




「ねぇ、亮。私達さ、付き合わない?」

「え、美穂って、俺の事が好きだったの?」

「…やっぱり、わかってなかったか」

「いや、いつも一緒にいるし、もしかしたらそうかもとは思ってたけど⋯。俺の思い込みだったら恥ずかしいよなぁって」

「じゃあ、改めて言うよ。…亮の事が好きだよ。付き合って?」

「うん。俺も好きだった。よろしくね」




「⋯⋯あれ?」


 付き合うんじゃなかったっけ?……って、誰と??……⋯あ、夢か。


 いつの間にか寝落ちしていたようだ。寝る前に読んでいた恋愛ものの影響だろうか。誰かと付き合うような夢を見るなんて。


 …もう結婚だってしているのに。⋯⋯…え??そんなのしてねーし。まだ寝ぼけてるんだな、俺。


 足元で丸まって寝ていたユキを起こさないように気をつけながら、つけっぱなしになっていた部屋の照明を消した。できればもう少し寝ていたい。


 エアコンがなくて扇風機だけの部屋は朝から既に暑くなっている。一晩動いていただろう扇風機の風は微温くて快適とはほど遠い。


 それでも、目を瞑っていたら眠れるかもしれないと思っていたけど、蝉が無駄だと言わんばかりに鳴いている。


 寝るのは諦めて、昨日読んでいた本を開いた。最後に読んだページがわからなくなっている。記憶がなくなったというわけではなく、本が閉じられててわからなくなっただけ。栞を挟む間もなく寝てしまったんだろう。


 今の自分になってからの事はちゃんと覚えている。毎日記憶がなくなるわけではないようだ。ただ、以前にも記憶喪失になっていると聞いた。だとすると、いつまでこのままの『俺』でいられるんだろう。もしかしたら明日またなってしまうかもしれない。来週、来月になってしまうかもしれない。そう思うと、何かをやっても全て無駄になりそうな気がして何かやろうという気になれない。毎日がとても退屈だ。


 そういう状況だからなのか、ばあちゃんもあまり以前の事を話してこない。こっちが聞けば教えてくれるんだろうけど、積極的に話そうって感じはしない。必要な分だけって感じ。まぁ、いろいろ聞いても意味がない気がするから別にいい。


 ……でも、そしたら俺は何の為に生きてるんだろうか?




 今日も外には行けそうにない。玄関を出たあたりでめまいに襲われた。そのまま倒れるわけにはいかないから急いで家の中に戻った。


「毎日毎日、よくやるなぁ」


 感心してるのか、呆れているのか、どっちだろうか。ばあちゃんが持ってきた麦茶の入ったコップを受け取る。


「…退屈だし…」


 麦茶を一気に飲み干して、空になったコップを返す。もうめまいは治まったようだ。


「ま、無理すんな」


 もう一度、外に行ってみようかと思ったけど、どうせすぐにダメになるだろう。今日はもうやめだ。


 二階の部屋に戻ると寝ていたユキが顔をあげた。こちらをちらっと見たけど寄ってくる事はなく、すぐにまた目を閉じて寝てしまった。


 こんな暑いとこでよく寝れるよな。猫って熱中症とかなんないのか?


 扇風機のスイッチを入れ、パソコンのスイッチも入れる。微温い風を浴びながらパソコンが起動するのを待つ。できれば涼しい部屋でパソコンをいじって過ごしたい。そうするにはパソコンを下に持っていくか、エアコンをこの部屋につけてもらうか。


 …エアコンの一択だな。


 やっと起動したパソコンで動画サイトを開く。部屋にあった小説の映画版を見る為だ。やることがないから何回も見たけど全然飽きないで見ていられる。見てる間は時間がすぐに過ぎてくれるのもいい。オープニングの音楽が鳴り始めると、ユキの耳がピクピクと動いた。それを見たあと画面を見ていると、どんどん映画の世界に引き込まれていった。




「どうだった?よかった?」


 何年か前の映画だけど、新作の公開に合わせて旧作も映画館で上映となっていた。前の自分が好きだったらしい。家にあった小説を読んでみて、好みではないと言ったけど、デートだと無理矢理連れてこられた。


「やっぱり、好きなジャンルじゃないな」

「そうなんだねぇ。不思議だなぁ」

「そう?別人みたいなもんだし、趣味も違うんでしょ」

「別人みたいか。そう、だよね⋯」


 ⋯失敗した。こういう雰囲気になるのが嫌なのに。前は前で今は今。いないやつと比較されても困る。




 映画が終わる頃、何かのシーンが思い浮かんだ。少なくとも、今見ていた映画のワンシーンではない。


 なんだ今の?⋯どっかで見たことあるような。⋯⋯昔の記憶??⋯⋯⋯そんなわけねぇか。最近見たドラマとか映画だったかも?


 なんだったのかを考えてもわかるわけはなく、気を取り直して違う映画を見始めた。

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