第10話 日常から離れる時

今日は3月23日。

この世界に休日の概念があるのかは定かではないが、俺は鳥がちゅんちゅんと鳴く穏やかな朝に自然と目が覚めた。

何も考えずとりあえずベットから椅子へ移動して座る。


「あれ、そういえば妹はどこだ」

 ベットを見返すと確かに妹が居た痕跡はあった。

 だが本人が居ない。

 朝からシャワーでもしてるのか?とも思ったがそんな音は...


音?

なんだこの音は。

少し小さいが、まるでフライパンに油を敷いて食材を焼いているようなパチパチとした音が俺の耳に途絶えることなく入ってくる。

椅子から立ち上がって音の方向へとゆったり歩いた。

近づくにつれて肉のいい香りが強くなってくる。

音の場所に辿り着くとそこは台所で、妹がウィンナー数本をフライパンで焼いている姿があった。


俺が近づいてくる気配かその視線を感じたのかは分からないが、妹はウィンナーを転がしながらこっちに顔を向けた。


「あー、おはようお兄ちゃん」

開口一番が普通の朝の挨拶だった。

俺も自然に

「あぁ、おはよう」

と、返した。


妹は会話を紡げた。

「もうちょっと時間かければ出来上がるから待っててくれる?」


「分かった」


何か手伝おうかとも思ったが、戻ってと言われたきりなので素直に椅子に戻ろうとする俺だったが、振り返る時に一瞬ウィンナー以外にも厚切りベーコン・8コ入りの卵パック・ブロッコリー・ロールパンがあった。


肉の方が多いような気がしないでもないが…かなり本格的な朝食を作るつもりなんだろう。

それを確かめた後は素直に椅子に座って楽にして窓の外を見ていた。



「お兄ちゃーん朝ごはん出来たよー!」

突然聞こえてきたのは妹の声だった。

テーブルに視線を向けるといつの間に豪華な朝食が綺麗に並べられていた。

ウィンナーとスクランブルエッグに付け合わせのブロッコリーの一皿とロールパンにスクランブルエッグとベーコンを挟み込んだサンドイッチ、それに暖かいミルクもあった。

「今朝からこんなに豪勢な朝食が食べれるとは...」

 いただきますと言って俺たちは箸をもって食べ始めた。



朝食を取り終え暇になった俺たちは台所で汚れの着いた皿たちを洗っていた。

兄妹そろって狭い台所に立って皿洗いなんていつぶりだろう。

少なくとも妹が小学生だったころは一緒に家事をしていたな。

まぁそれはそれで家が賑やかになってよかったと思うが、やっぱり中学に上がったあとの妹は俺と似て反抗の態度をとっていた。

俺と似て、というのは違うか。

反抗期はみんなに来るものだから環境に左右されるようなものではなくもっと生物的な意思からくる物なんだろう。

その時期は二人で話すこともなかった。

「久しぶりだな...」


俺は無意識にそうつぶやいた。

それが聞こえた妹はすぐさま「ん?なにがー?」と聞き返す。


「あー、いや。二人でこうして家事をするのが久しぶりだなって思っただけだよ」


「そっか」

淡白に返されたと思った矢先無言で濡れたコップを渡してくる。

なんだよ、と返すと

「じゃあこれ、拭いておいてね」


「はいはい分かりましたよ」

俺たちはそんな調子で朝を過ごした。



俺は特にこれと言って外に用がある訳ではなかったのでアルカからもらった50音を見て少しでも読めるようにとベットの上で寝ころびながら学習していた。


「意外と簡単なのかもな」

一日中読み書きしているとそんな実感が湧いてきた。

とは言え慢心してはいけない。

落とし穴や引っ掛けの類に当たればひどい目に会うのだから。


そして俺はその後妹が作ってくれた夕飯を摂って3日目を終えた。



4日目の朝、教えてもいないのに部屋までアルカが出迎えに来た。

なんで分かったんだと聞いてみたいところだが、それは後回しになった。

「なんの用だ?」と聞くと剣術指南役として出迎えに来てくれたらしい。

今日から剣術を学んでまともな冒険者になるための訓練をするみたいだが...


「フレイも一緒に来てもらうよ、キミには彼の役に立てるようなとっておきを教えてあげるから。」


そう言いながらアルカは俺と妹の肩にそれぞれ手をかけてこう口にする。

「ニン・セルヘーヌ(任意転移)」




え、という驚きの一言すら発することもないまま知らない場所に連れてこられた。


太い丸太と細い木の棒を組み合わせた人形がいくつも並べ立てられている森だった。


「ここが、”修練所”ってやつか...?」


アルカは身にまとった鎧の上からドンっと胸を叩き自信に満ちた顔をこちらに向ける。


「なんだその顔は。そんなに教え子ができてうれしかったのか?」

そう聞いてみても彼女の表情は変わらなかった。

あぁ、うれしいんだな。


そう思っていると妹が小声で耳打ちしてきた。

「お兄ちゃん、アルカってもしかしてまじめなように見えて変人だったりする?」


「そうは思いたくないんだけど。初対面のイメージが日に日に崩れていく音が聞こえてくるよ妹よ...」


そんなことを言っているとアルカはどうしたー?と声を掛けてきた。呆けているように見えたのか?

俺は何でもないと返事して、アルカの話を聞くことにした。


「今日から毎日、この”狂気の刃”の二つ名を持つ冒険者、アルカ・スマトロンが直々に、直々に!」


なんでそこ強調すんの?


「私の”剣”というものを教えてやろうじゃないか!」


アルカが言い切った後、俺と妹は顔を見合わせてこう思った。


「「テンション高くない???」」

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