32:『有限会社SANNTAの日本支部長は、』
(2023/12/27・Prologue)
有限会社SANNTAの日本支部長は、尽きない悩みに頭を抱えている。
特に深刻なのはサンタクロースの人手不足である。
高齢化による引退の波と、新しい人材の確保が反比例し続けているのだ。し続けるどころか波は大きく、差は広がるばかり。昭和時代は甘々だった住宅のセキュリティレベルが年々高くなるのも問題だった。まだまだ現役を謡う高年のサンタも、ピッキングは出来るが電子カードキー型の上を破る術は知らない。
「はぁ……どうしたもんかのう」
虚ろな目で空を見つめ、マシュマロを浮かべたホットチョコレートを啜る支部長の肩を、ぽんと蹄が軽く叩く。
振り向くと、一頭の雄トナカイがいた。彼は一昨年前から日本支部長の相棒、兼、秘書を務めている。
「ボクに任せてください!」
トナカイは黒い瞳を輝かせ、自信満々という様子で言う。
「ツテ、というかアテがあります!」
「ほ、ほんとうか!?」
「はい!」きらりと光る白い歯を見せつけるように笑いながら頷き、胸を張って続ける。
「ボク『元気になるオヤツ』をよく買うんですけど、そこは求人サービスもやっているので。広告、出しておきますね!」
雄トナカイは宣言通り、求人広告を出した。
人手は三日と経たず集まった。想定以上に集まったので、支部長は目玉が飛び出るほど驚いた。
すわ、今度はトナカイと橇の数が足りなくなるのでは? と思われた。が、そこはギリギリ大丈夫だった。
プレゼントも確りと用意され、聖夜、最新のセキュリティシステムにも対応可能な現代の若々しいサンタが、よい子のために夜空を駆けたのだった……。
* * *
クリスマスは平和に過ぎ去った。
しかし、その翌日以降は忙しい事態となる。
二十代の若者を中心に、男性が次々と逮捕された。彼らの罪は主に不法侵入、器物破損、窃盗である。
「離せ! 人間どもめ、オレに触るな!」
胴を地面に押さえつけられた雄トナカイが、悪態をつきながら藻掻く。しかし抵抗空しく、彼の四肢は縄で縛り上げられてしまう。
日本支部長の相棒兼秘書は、サンタクロースを闇サイトで募ったのである。『元気になるオヤツ』も只のオヤツではなく違法薬物だった。
「計画は完璧だった」心底悔しそうな声音で呟く雄トナカイ。「ネット云々に疎い時代遅れの老爺サンタを懐柔し、ジジイのアカウントを乗っ取る。プレゼントを配るついでに金品を頂く。喩え犯行が明るみになったとしても、もっとずっと先のことだった筈だ。それもオレに容疑がかからない形で! なのに、何故バレた!?」
「それは儂のおかげじゃ」
歯を剥き出しにして喚く雄トナカイの前に立つのは、「時代遅れの老爺サンタ」呼ばわりされた支部長である。
「きみは知らんかったようじゃが……」彼は残念極まりないというふうな口調で語り始める。「わしはSANNTAの日本支部長の座に就いておるのに、サンタの仕事は殆どやったことがない。SANNTAに転職する前は世界をあっちこっち飛び回っては、いろんなところを嗅ぎ廻り、あらゆる機密情報を収集しておった。所謂、スパイというやつじゃな」
「ス、スパイ……!?」
「そうじゃ。吃驚したかね、トナカイくん」
支部長は長く真っ白な髭を撫でながら朗らかに笑う。けれど、雄トナカイを見下ろす目は鋭く、氷のように冷たい。
「とうの昔に“そっち”は引退したが、異邦の情報屋ぐらいはまだまだやれるらしい。喜ばしいことじゃな、全く」
(終)
四椛文庫2023 四椛 睡 @sui_yotsukaba
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