葉月文書
24:五千文字未満時間旅行
『5000文字でタイムトラベルして帰ってくる』(monogatary・2023/08/09)
「カランカランカラーン! おっめでとうございまーす! お見事、特賞『5000文字でタイムトラベルして帰ってくる』当選でございまーす! じゃあ早速タイムトラベルしちゃってください! え? どういうことかって? この場で説明したいのは山々なんですけど、今わたしが喋ってる台詞含めて五千文字なんですよ。なんで、質問はタイムトラベルした先でお答えしますね。はい! じゃあこれ持って! ぎゅって握って! あ、そうだこれだけは取り急ぎ言っときます。五千字以内に帰還しないとアッチに取り残されて戻ってこれないどころか『異物』として排除されちゃうんで注意してください。それじゃ! いってらっしゃーい!」
と、送り出されたは良いものの(否、本当は全然良くない)、俺は今、もの凄く困っている。
俺は別段、タイムトラベルなんてしたいとは思っていない。自慢じゃないが“過去より今が大切”なタイプである。変えたい過去が無いではないが改変したくはない。かといって未来を先取りしたいとも考えていない。まあ、数字を選んで当てる宝くじの抽選番号が知れれば、そりゃあ良いなとは思うけども。それはなんだかズルみたいで気分が悪い。だからタイムトラベルしたい欲望も憧れもなかった。
なのに、トラベルさせられてしまった。不審者の手によって。強制的に。参加した覚えのない抽選の結果で。字面だけで見ると「完全に詐欺」だ。が、眼前に広がる荒廃は「残念ながら現実」と主張している。
不審者の言葉が真実なら、無駄に文字数を消費するわけにはいかない。
ので、現状を端的に言うと「世紀末な東京」に立っている。
位置的には……どこだろう。浅草に近いだろうか。なにぶん地方民の田舎者である。東京の街並みはテレビとグーグルマップとアニメの描写でしか見たことがない。都庁や『109』の看板を掲げたビルは見当たらないので、そっち方面ではないと思う。遠くにボロボロの東京スカイツリーが立っている。が、あれはべらぼうに高い建築物であるので、現在地の特定にはイマイチ役立たない気がする。東京タワーだったらワンチャンあったかも知れないけども。しかし、瓦礫が散在するだけのほぼ更地となった東京では、どのみち意味がないだろう。
右手に視線を移す。そこには「これ持って! ぎゅって握って!」と渡されたブツがある。
幼女向けアニメに登場しそうなファンシーでキラキラしたステッキだ。掲げて呪文か何かを叫んだら、服が弾けてフリフリの戦闘服に着替えさせられそう。アラサーの男になんて代物を持たせるのだ、あの不審者は。しかも話の流れからして、このステッキの力がタイムトラベルを引き起こしたのだろう。手放したいが手放せない。
ところで「質問はタイムトラベルした先でお答えします」とか何とか言っていたが、どうやって? まさか、このステッキで行うのか?
「その通りでーす!」
「うわ‼︎ 喋った‼︎‼︎」
突然聞こえた不審者の声に驚きすぎて、思わず放り投げてしまった。傍らの瓦礫にガッと当たるステッキ。小さく「あいた!」と声が聞こえる。
「ちょっとー、大切に扱ってくださいよう。これが壊れたら帰還できなくなっちゃうんですからね!」
「あ、あぁ……すまない」
「それで……あーっと、貴方のお名前、『
「そうだ」
俺の名前は馬笙虎哲である。
「馬笙さん、今いつに居ます?」
「は?」
「だから、いつの時代に――」
「いや、質問の意味が判らなかったわけじゃなくてだな。というか、質問したいのはこちらなんだが」
「あ、そうですよね。じゃあどうぞ」
どうぞ、と言われて、言葉に詰まった。何から訊くべきか――多すぎて迷ってしまう。
「……『いつの時代に居るのか』って、つまり、俺の現状を把握していないのか?」
「そうなんですよー!」ステッキ(不審者の声)は嘆くように叫ぶ。「実はちょっとした異常事態が起こりましてね。馬笙さんの時代位置情報が取得できていないんです!」
「はぁ⁉︎ 待て、じゃあつまり俺は帰れないのか⁉︎」
「そんなことはないと思います。時代レベルの迷子になってるだけなんで、情報が拾得できれば大丈夫です! 安心してください、帰れますよ!」
「“時代レベルの迷子”って、何も安心できないんだが……」
「まあ、残り約四千字以内に情報を得られれば、の話ですけど」
「おい。迷子になったのは俺が原因じゃなく、そっちの不手際か何かだろう。どうして文字数が消費されなきゃならない?」
「そういうルールなんで」
「ふざけるな!」
「至極真面目ですよ、落ち着いてください。ルールって言葉がご不満なら法律とでも言い換えましょうか? 兎に角、お上が決めたことなんで。現場の我々に吠えられても困るし無意味だし文字数を浪費するだけです」
「…………」
「ほら、その三点リーダーもカウントされちゃうから止めてください。わたしは安全で快適なタイムトラベルを提供し、馬笙さんを五体満足で現実に戻したいだけなんです。あ、ところで馬笙さん」
「なんだ」
「五体満足ですよね?」
「恐ろしいことを言うな! 当たり前だろう!」
「あー良かった! いやね、前々人の担当者から聞いたんですけど、過去にも似たような事故が二、三件ありまして。その時は欠けちゃったらしいんですよ」
「どこが⁉︎」
「あんなとこやこんなとこが。マ、馬笙さんのお声の元気っぷりから察するに欠損皆無。ご無事なようで何よりです!」
わはは、と笑うステッキに、俺は絶句するしかない。
「それでですね、馬笙さん。ご自身の為に簡潔にお答え願いたいんですけど。いつの時代にいらっしゃいます?」
俺は周囲をぐるりと見回す。そして一言で答える。
「判らない」
「それは……時代に疎い、という意味で?」
「そうじゃない。平成初期ではないと断言できる。スカイツリーが見えるから」
「なるほど」
何かに入力しているのだろう。「東京スカイツリー完成後、っと……」と呟く声が続く。
「他に何か、時代を特定できるものはありますか? 予め言っておきますが、どんなものでも結構ですよ。建築物でも食べ物でもポスターでも。『あれがある』『これがない』って表現でも構いません」
「そう言われてもな……」
更地の何で時代が特定できると言うのだろう。
「『これがない』どころか、何もないんだが」
「ゑっ」
急に素っ頓狂な声をあげるステッキ。
「何もないって仰いました?」
「あぁ、そうだ。ボロボロのスカイツリーが遠くに立っているだけで、あとは何もない。建築物は疎か看板も、信号機もない。幾つかの瓦礫が転がる更地だ」
「…………」
「……おい、聞いているのか?」
「…………」
「三点リーダーもカウントされるから止めろと言った奴が、文字数を浪費するんじゃない」
「…………やばい」
「何が――」
「やばいやばいやばいやばいやばい! ヤバい! 緊急事態! 緊急事態‼︎ エマージェンシー‼︎‼︎」
あまりの大音声に、どこにあるか判らないスピーカーはハウリングを起こし、俺の耳はキーンッとなった。現状でも充分ヤバいのに、一体何がどう更にヤバくなるというのか。そう尋ねてもステッキは「やばい」しか繰り返さない。
「壊れかけのレディオだって、もっとまともに動くぞ」
「いやだってヤバいもんはヤバいんですって。どれぐらいヤバいかと言えば、もとは盗人が使用していた隠語『やば』が現代社会に浸透し一般市民が何かにつけ『ヤバい』と言うようになった挙げ句、とある芸人の持ち芸に出世したぐらいヤバいです」
「全く判らん」
「馬笙さんが居る時代は存在しません」
俺は呆けてしまった。言われた言葉を内心で反復し、なんとか噛み砕こうとする。が、到底噛み砕けるものではない。
「どう、いう……は?」
「ちょっと詳しく解説しますと、タイムトラベルに於いて我々が把握している未来時空は『未来人の情報』と『タイムトラベラーの証言』によって成り立っているんです。データによれば、現時点で把握可能な未来は2220年まで。その時代に世界が、延いては日本がどのような状態になっているのかをお教えすることは出来ません。が、明確に言えるのは、ただひとつ――」
東京は更地ではない、ということだけです。
「そ……れは、ヤバいな」
「えぇ。とってもヤバいです」嘆息したステッキは自棄くそ気味に続ける。「“時代レベルの迷子”から“時空レベルの遭難”へ昇格です! おめでとうございます‼︎」
「全然めでたくないぞ⁉︎ どちらかと言えば降格だろ! 俺はどうなるんだ、帰れないのか⁉︎」
「帰れないですね」
「『5000文字でタイムトラベルして帰ってくる』だろ⁉︎ 勝手に抽選して当選させて飛ばしておきながら『帰れない』? ふざけんじゃねえ!」
「存在しない時代だから、五千字を越えても『異物』認定されない幸運に感謝しましょうよ」
「出来るかァ!」
「ですよね〜。判ってましたけど」
ここまでヤバいと困りましたね〜、と全く困ってなさそうな声音でステッキは言う。
「こうなってしまうと、緊急の最終手段を使うしかなさそうです」
「碌に調査も試験もしていないのに最終手段が出てきてしまった」
「碌に調査も試験も出来ないんだから仕方がないじゃないですか。こちらから観測したくても更地じゃあ、どうにもなりませんし」
「それは、まあ」
確かにそうだけども。虚脱感というか、虚無感が凄い。
しかし、俺は何をしてでも帰還したい。いくら地方民の田舎者で都会に強い憧れがあったとしても「世紀末な東京」なんて御免だ。まして俺は、望んでタイムトラベルをしたわけではない。帰巣本能ではないが、元の時代に帰りたいと思う気持ちは当然だった。
けど、不安が無いわけでもない。
「把握していない、情報収集も観測も不可能な“存在しない時代”から、どうやって帰還させるつもりなんだ?」
「究極の奥の手なんで詳しいことは言えませんが、ざっくり言うなら『魂だけ戻る』って感じですね」
「たま」
しい。
「……待て、残り約九百文字で完結する情報じゃないぞ」
「完結する必要はありません。秘匿事項なんで。ほんじゃ、ポキッとステッキを折っちゃってください」
「それこそ出来るか! だって、魂だけって、そんなの――」
死ぬってことじゃないか。
俺の声にならない言葉を、ステッキは肯定する。
「というか、既に死んだようなもんなんですよ。未観測の時空に居る時点で。そこからなんやかんやで帰還しても、時空の歪みで身体がお陀仏です。本来なら歪みの中に構築したトンネルを正規ルートにする筈が、未開の道無き道を無理矢理通行するんですから。柔い肉体なんて秒でグシャです。
けれど魂だけなら何とかなります。ほら、異世界転生とかあるでしょ? あれの応用編と考えて貰えれば結構です」
「…………」
「マ、先に述べたとおり、五千字越えても『異物』として排除されないんで。あなた次第ですよ」
「……判った。折れば良いんだな」
「えぇ。景気よくいっちゃってください!」
こうして俺のタイムトラベルは終わった。
元の時空に帰還した俺の魂は、不審者によって回収された。そして、新しい器に納められた。真ん丸の黒い瞳に、触り心地抜群なショッキングピンクの身体をした兎のぬいぐるみだ。アラサー男の魂を入れるには色んな意味でキツい代物である。けれど「世紀末な東京」に、ぽつねんと取り残されるよりは百億倍マシだと考えている。俺はポジティブ思考の持ち主なので。
それに、何も知らない女子供に抱っこされ「かわい〜!」と持て囃されるのは存外、悪くない。
(終)
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