力の有無と正義の心に相関関係無し その2
「何の用すか、カシラ。」
タケは声の方に体を向けて臨戦体勢を取るがシメジは動けない。反応が後手に回った事を悟ると、顔だけ向けてそのまま開き直り、頬杖をついた。
「そない嫌わんでもええやんけトラガリぃ。挨拶に来ただけやんけ。」
背後の鬼気迫る部下達に反して、シノノメは満面の笑顔だった。
「シメジ君、キミほんま何モンなんや?1億の賞金たった一晩でナシにしてまう奴なんかおらんで?オマケに、これが表に出たっちゅう事は、お前はホンマにゲキヤクやないっちゅうこっちゃ。」
「流石に耳早いっすね。ちなみに何でここがわかったんすか?」
「大阪は俺のホームやで?真田の魔女の結界の中で何があったかは知らんけど、中入るまでがそこそこ派手やったからな、流石に耳に入るわ。」
「なるほど。で、ご挨拶に来て下さったって事は、手を引いてもらえるんすか?」
「まぁ正味の話、金にならん奴追いかけてもしゃあないんやけどな、俺も子分やられてるで、タダで引くワケにもいかんのよ。」
「俺も愛車潰されてるんすけどね。そっちの車は回収出来ました?」
「おお、コンビニのあんちゃんがエエ人で良かったわ。ほな、そっちの車とうちの鍵屋の腕で手打ちっちゅう事にしとこか。えらい損やけどなぁ。」
「お互い保険でどうにかしましょうよ。」
「なぁ、俺と組まんか?1億は五分の山分けでええで?」
「後ろの人数含めて、ってオチでしょ?流石に引っかかんないっすよ。」
「やっぱ同業者おったらこの手は通じんか。1000万でも大金やろ?これでも最初の提示からは減らしてないんやで?」
「話としては悪くないすけど、やっぱダメすね。」
「まぁ、結局そうなるやろな。さっきの見立ての他には、何か情報無いんか?」
「資料から分かるのはそんなトコすね。何ならこの資料は共有しますけど。」
シノノメは昨夜と同じく、大きく体をひねってシメジを舐めるように見つめる。
「お気遣い痛み入るわ。けど、それは同じモン持ってるで、大丈夫や。また何か分かったら教えたって。」
背後でイキリ立つ男たちを手で制して、シノノメはマツタケシメジに背を向ける。
何人かはタケを無視してシメジを睨みつけた後、シノノメに続いた。
「案外あっさり退いたね。」
「お前がカシラ躱わすのが上手いんだよ。あの人が嘘や誤魔化しを詰めて来ないの珍しいぜ?」
「まぁ、実際嘘は吐かずに済んでるからね。さっきのも「情報はあるか?」じゃなくて、次俺がどうするのか訊かれたらアウトだった。運と相性の問題かな。」
「それはカシラも織り込んでんだろな、ヘタにツツいてニブらせるより、自由にやらせとく方が役に立つと踏んで泳がされたんだろ。目は付けられてると思って間違いねぇよ。」
「やっぱり?」
「組もうって誘いは最後の温情だろうな、シメジんちでサツ呼ばなかったんで律儀にカリを返したんだ。シメジが組まねぇと言った以上口挟まなかったが、こっから先のどっかでは、組まなかった事を後悔するかもだ。」
「うーん、ああいう手合いの前じゃ口が裂けても言えないけど、正直、金の問題じゃないんだよねぇ。」
「ああ、やっぱりそうか。信念のままに行動出来てるうちは、金で動くやつと組んでもメリット無いもんな。でも俺だってタダ働きはイヤだぜ?」
「持ち込んで来た張本人がそれ言う?」
「いや、こっちも正直言ってよ、出所したてのスジモンにゃあ先立つ物が必要なのよ。」
「まぁ、それは追々考えよう。当面の金は出る事だし。」
「期待してるぜ。」
「で、実際アテあんのか?」
「そりゃもちろん。すぐそこのビジネスホテルで次のネタ元と待ち合わせしてる。」
「マジで何なの、その手際。」
「あー、タケちゃんってさ、相手の動きを理詰めで予測してケンカする?」
「いや、勘で分かるし、考えた事ねぇな。」
「だよね。対戦型の「なんとか王」みたいなカードゲームとかやる人だともっと伝わるんだけどね、事前に準備してやり合うタイプのケンカは相手の手の内が分かってて、且つ先手が取れると有利なんだよ。」
「うわ、俺それマネージャーに言われた事ある。全然理解出来なかったわ。」
「そりゃまぁ、何が出て来ても真っ向からぶちのめして、それで勝ち切って来てる人には要らない世話だよね。逆に研究されて対策された事とか無いの?クセを読まれて隙を突かれたりさ。」
「元関取相手に張り手の打ち合いで勝って、なんか格闘技いっぱいやってる奴のワザはあらかた捌いてぶちのめすから、自分じゃやらねぇけど、その手の小細工があるのは知ってる。」
「今の状況なら俺はそれを百発百中で出来る。相手がタケちゃん級の化け物でなければ、かなりのアドバンテージだと思わない?」
「あー、なんとなく分かってきた。」
「そんじゃ、理解も得られたところで、次の小細工に行くとしますか。」
大阪駅に程近いオフィス街と歓楽街の境目には、ビジネスマンと風俗街の両方が御用達のビジネスホテルが並んでいる。
その数多あるうちの一部屋の前にマツタケシメジは並び立つ。
特に何とも無い振る舞いのタケを尻目に、シメジはフッと息を整える。
「なんかあんの?」
「いや、綾奈さんに聞いた通りなら、ちょっと顔を合わせたく無い奴がいるんだ。」
「へぇ、そいつは楽しみ。」
シメジは苦笑いでタケに一瞥くれると、部屋の扉を叩いた。
「きゃ!」
扉越しに小さく女の悲鳴が聞こえるのとほぼ同時に、扉が開きヌッと男が顔を出した。マツタケほどではないが、なかなかに巨躯の持ち主だ。
「うおっ。」
顔を出した男は目の前に自分より大きく壮観な獣が現れた事に驚いた素振りを見せた後、
「は、入れ。」
並び立つシメジに、取り繕うような睨みを効かせて部屋に2人を招き入れた。
中には、全裸の女性が床で項垂れていた。こちらに向けた背中と、冷たい床を睨む顔は真っ赤に染まっている。
「まぁ座れよ。」
男は、ベッドの上のシャツを乱暴に掴んで粗雑に女に掛けた後、腰に巻いたタオルの上からズボンとパンツを履いて、ふてぶてしくドカッと椅子に座って足を組む。
「おい相棒、ムショでもここまでの下衆はなかなかいなかったぜ?」
「な?だから俺も本当ならこんな奴のツラは見たくねぇんよ。」
「あ?お前、木偶の坊連れて気が大きくなってんのか?誰に言ってやがる。」
言うと男は胸のポケットから裸の名刺を出してシメジに投げつける。
株式会社メディオン営業本部 部長
芝村 勝(しばむら まさる)
「本来ならお前、俺とマトモに口なんか利ける立場じゃねぇんだぞ、綾奈の頼みだって言うから、わざわざツラは貸してやってんだ、分かってんのか?シメジ!」
「はっ、何偉ぶってやがる、危ねぇ営業で本社から関連会社に追っ払われたんだろ?聞いてるよ。女雑に扱ってるとこ見せつけてマウント取るクセも、学生の頃から変わってねぇな。」
「稼げもしねぇ奴らのヒガみで出向食らって迷惑してんだよ。昔から女抱けねぇ連中からヒガまれんのには慣れっこだったけどな。綾奈もお前が邪魔しなきゃ俺のモンだった。」
「そういう身の程知らねぇところが、お前の一番気に入らねぇとこだけどよ、今日は俺より先に相棒の我慢が限界だ。」
部屋に入ってからこっち、タケは時間と共に口角を上げ、ワナワナと臨戦体制を取り始めている。
「悪いなぁ、我ながら抑えが効かなくてよ。」
「でPCどこよ、メディオン製の電子薬歴はラップトップで使えるんだろ?」
芝村はタケを無視するようにしばらくシメジを睨んだが、タケがやや前傾姿勢をとった事を視界の端に捉えると、足元の鞄からゆっくりとテーブルの上にPCを出した。
「男の相手は趣味じゃねぇけど、俺が手すがらレクチャーしてやる。」
そしてそのPCを足蹴に、テーブルの上で足を組む。
「いらねぇ、そのPCと管理者権限のあるログインID置いてとっとと失せろ。」
シメジの言に、芝村の足元のPCが軋む。
「話にならねぇよシメジ、俺がわざわざ出張ってんだ、手ブラじゃ帰らねぇよ。お前、カラシバ探してんだろ?カラシバがこの3年で書いた薬歴は1500人分、件数にして2万弱だ、そんなもん漁ってどうすんだ?」
「お前にゃ関係ねぇよ。あ、殺すなよ相棒。」
「その約束は出来ねぇよ相棒。」
「おいおい、良いのか?俺がいなけりゃメディオンは使えねぇぞ。」
芝村の挑発に、獣がスンと鼻を鳴らす。
「そこの女は?そのカッコは売女じゃないだろ?」
先程まで芝村の足元にいた女性は、服を着て芝村の後方に佇んでいる。着ているのは女性用のビジネススーツだ。
「お前部下に手付けてんのか、マジでクソだな。」
「知った事か。」
「さて、いよいよマジでそのPCから足を降ろして自分から出てかねぇと、相棒と外でお話ししてもらう事になるぜ?」
「やってみろよ。」
芝村は腹を括った顔でタケを睨む。
「出来ねぇと思うのか?お前とは初対面だが、俺にはお前が喧嘩慣れしてるのが分かる。そんで、そういう奴の方が俺への理解が早えはずだと思ったんだがなぁ。」
勿論、タケは芝村が自分に怖じ気ている事も理解している。「殺すな」と言われて威圧で乗り切る策に出られる程度には、タケは知恵ある獣だった。
「チッ、こんな奴に使われやがって、情けなくないのか?」
しばらく睨みあった後、芝村は観念して精一杯の負け惜しみを吐く。
「役割分担だよ。一緒に動いてる時は俺は頭は使わねぇし、シメジは体を使わねぇルールなんだ。」
「なんだそりゃ。」
「理解する必要はねぇよ、慣れねぇ事すると腹に穴が開くんだ。」
「はっ、訳がわからん。」
短い捨て台詞を吐いて、芝村は部屋を後にした。
ジェネリック・シンドローム succeed1224 @succeed1224
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