#38 アルメーネが魔軍六座になるまで

「あーあ、まだ満杯にならないのかよ。この調子だと約束の時間に間に合わねーぞ?」

「こればかりは地道に作業するしかなさそうですね。袋の中身を押し込めばまだ入りそうですし」


 魔族領の北西の端に位置する雷鳴の丘。アルメーネとフレットはトレムリーに頼まれて、電流草の茎を採取しに来ていた。凶暴そうな魔物の姿は見えないものの、上空は魔王城よりも暗い色の雲に覆われ、辺りからは断続的に雷の音が聞こえてくる。

 アルメーネは周囲に避雷針代わりの結界を張っているが、魔王城から空を飛んでここへ来るまでにも体力を消耗しており、作業途中で結界が消えてしまわないか心配で仕方なかった。


「ああっ、そうやって仕事量を増やすなよ。ただでさえ電流草は茎が細いし、電圧草と似ていて紛らわしいのに」

「茎の中が空洞になっているのが電流草。電圧草は茎の中身が詰まっているので、フレット様でも見分けはつくはずです」


 淡々と作業をこなすアルメーネに対し、フレットが不満げな顔で口を開く。本来電流草の採取はガルベナードに任される予定だったが、彼がトレムリーを強制終了させたせいで記憶にズレが生じ、ふたりに任務を吹っかける形となってしまったのである。彼が不服に思うのも無理はない。


「つーかさ、大将もよくアルねえみたいな奴を魔軍六座にしたよな。戦いなら他の奴らに任せたほうが強そうなのによ」

「各方面への連絡やデスクワークなど、戦い以外にも魔軍六座に必要なことはあります。ガルベナード様はその適任者としてわたくしを抜擢したのでしょう。もっとも、わたくしが前任者の養子というのもありますが」


 電流草を引き抜きながらも、フレットは雑談を始める。その内容につられるかのように、アルメーネは魔軍六座になるまでの自身の経歴を語り始めた。




「アルメーネは俺の『じゅーしゃ』だ。黒いメイド服を着て、魔王城のすみずみまでピカピカに掃除して、おいしい手料理をテーブルに並べるんだぞ」


 ――これはアルメーネの記憶に残る、幼き日のガルベナードの発言である。アルメーネは養父ブレマーがガルベナード王子の教育係に任命されたことをきっかけに、魔王城で暮らすようになった。他に同年代の仲間がいなかったこともあって、アルメーネは王子の遊び相手として仲を深めていった。食事の時はいつも一緒だったし、城内を探検したり、どちらがより派手な魔法を使えるか競争したりと、子供らしい日々を過ごした。


 ガルベナードがブレマーの指導を受けている間は、アルメーネは城のメイドたちに世話になっていた。彼女たちからは魔族としての礼儀作法を学び、また年齢が上がってからは仕事の手伝いもするようになった。そんな日々を過ごすうちに、いつしかアルメーネはガルベナードのお嫁さんになりたいと思うようになった。


 しかし、平穏な日常は長くは続かなかった。クランドル皇国による魔族領侵攻が始まったのだ。アルメーネはガルベナードやブレマーと城の地下室に隠れ、心の休まらない日々を過ごした。部屋の排気口からは連日のように剣戟や魔法を放つ音が聞こえ、鉄錆のような匂いも漂ってきた。


 そのように恐怖と不安が支配していた日々も、皇国軍が魔族領の瘴気にやられ撤退したことで終わりを迎える。しかし戦争によって魔族領の大地は荒れ果て、魔王軍も数えきれないほどの犠牲者を出す結果となってしまった。非戦闘員であるはずの魔王城のメイドたちも物資補給に駆り出され、その多くが皇国軍に討ち取られてしまったという。


 このように戦争によって減ってしまった人手を補うため、ガルベナードを魔王とする新体制下でアルメーネは魔王軍所属となった。彼女は魔王城のメイドとして日々の業務をこなしつつ、有事に備えて戦闘訓練も欠かさなかった。そのせいか、この時期はガルベナードと顔を合わせる機会も減っていった。


 そんなある日、アルメーネはブレマーから魔軍六座の役目を引き継がないかと話を持ち掛けられた。彼からは「既にガルベナードからの承諾は得ているし、役職に就いた方が君の将来のためになると思う」とだけ聞かされた。アルメーネも断る理由は無かったため引き受けたが、今思えばブレマーにも何か考えがあったのだろう。


 そうした日々を経て、現在のアルメーネは魔軍六座の役目を果たしている。




「……とまあ、わたくしの経歴としてはこんなところですかね」


 アルメーネはそう言い、自身の経歴についての話を締めくくる。彼女が話している間に、袋の中は電流草で満杯になっていた。


「アルねえはいいよな、大将のこと昔から知ってて仲もいいし」

「そ、そうですか? わたくしとしてはフレット様には血の繋がった家族がいるので羨ましいと感じることがあるのですが」


 フレットが話の感想を述べるが、育ってきた環境が違うせいかアルメーネの共感は得られなかった。どうやら魔族領の住民にも、隣の芝生は青いと感じる瞬間はあるらしい。


「さて、電流草も集まったので魔王城へ帰るとしましょう」


 アルメーネはそう言い、袋の口を縛って立ち上がる。彼女は内心では雷避けの結界が作業中に途切れなくてよかったと安堵していた。


「腹減った。肉食いてぇ」


 しかしアルメーネが結界を解除すると同時に、フレットのつぶやきが聞こえてくる。彼の燃費の悪さはアルメーネも知ったところだったが、いかんせんカミングアウトのタイミングが悪すぎた。


「……帰りにボルゴン山に立ち寄りますので、そこまで我慢してください」


 アルメーネは呆れ顔を見せながらもきっぱりとそう言い、魔王城の方角へと飛び立っていく。フレットも取り残されまいと遅れて飛び立ち、ボルゴン山を目指す。二人が向かっていく東の空は、うっすらと夜の色を帯び始めていた。

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魔王城の天井から降ってきた聖女、魔王軍にて預かり中。 雛菊優樹 @Yuuki-daisy

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