ひつじさんの声には抗えない
桃本もも
第1話
今日もまた眠れない。
真っ暗な部屋でひとり、諦めてまぶたを開く。
春眠暁を覚えず、なんて言うくらい寝心地のいい季節らしいけど、わたしの場合はまず眠ることが難しい。
眠いとは思っている。
1日授業を受けたり部活をしたりで、身体だってちゃんと疲れている。
それなのに頭は眠ってくれない。
眠らせてくれない。
焦燥やら諦念やらで布団がより重くなって、ベッドごと絶望に沈みそうになって。
結局一睡もできないまま朝を迎える。
そんな日が多いのがわたしの悩みだ。
眠れないときにスマホを見るのはご法度だって分かってる。
強い光がさらに覚醒を促すとか何とか。
だけど眠れないときほど暇でスマホを見たくなるときはない。
今日もきっといるはずだ。
わたしと同じく眠れないあの子が。
見慣れたSNSのアイコンをタップする。タイムラインを遡って、羊のアイコンを探す。
『今日も眠れない。
眠れるまで誰かおはなししよ』
いた。
いつもひそかに気になってる「ひつじ」さん。
プロフィールの情報だと、わたしと同い年の女の子。不眠症が悩みみたい。
フォロワーさんもたくさんいて、人気者のひつじさん。
いつも深夜に話し相手を募集しているのを、気になりつつ見過ごしてきた。
だけど今日は勇気を出してコメントしようと思っていたのだ。
そう決めていたから緊張でますます眠れなくなって……負のスパイラルかもしれないけど、ひつじさんと仲良くなれたらお釣りが来る。
誰にも相談できない悩みを共有できる仲間になれたら。
『わたしも眠れません。
お話ししましょう』
ひつじさんのつぶやきにコメントする。
返事が返ってくるのを待ちながらも、ひつじさんが眠れているのなら返事なんていらないなんて、相反する思いを抱いてしまう。
あまりにも気になって、何度もアプリを閉じては開き、開いては閉じ……そわそわしてしまう。
もう話し相手が見つかったあとだったのかな。
そう思って諦めかけたとき。
アプリの通話機能の通知。
ひつじさんからの着信だ。
急に通話!?
まずはコメントへの返信が来ると思ってたから、まだ心の準備が……!
躊躇っているうちに切られてしまったら絶対に後悔する。
布団を頭まで被り、通話開始のボタンを押す。家族にバレないように、声を押し殺す。
「……もしもし?」
『もしもし。こんばんは』
ひつじさんの声も、小さなささやき声だった。がさがさと衣擦れの音もする。
「こんばんは。ひつじさん、はじめまして」
『はじめまして、優雨さん。同い年みたいだし、気軽に話そう』
「はい……うんっ」
どきどきが止まらない。
ひつじさんがわたしの名前を呼んでくれた。
わたし今、ひつじさんと話してる……。
ひつじさんの声は低めで優しく耳に届いた。
夜に聴くのがいちばんいい声。そんな印象だった。
『優雨さんも不眠症?』
「うん。高校になってからだから、1年くらい」
『辛いね。あたしも1年くらいかな。寝ようと思えば思うほど眠れなくなるんだよね』
「そうそう! 眠っちゃダメな授業中なら眠れそうなのにね」
『わかる。あたしもそう』
ひつじさんは人気者なのに、それを感じさせない気さくさでとても話しやすい。
ひつじさんの声はゆっくりとわたしの耳に染み込むようで心地いい。
何だか少し……少しだけ、眠くなってきた。
『優雨さんは不眠症のこと、誰かに相談してる?』
「してない。夜眠れなくて昼に眠くなっちゃうなんて、夜更かししてるだけのワガママに聞こえちゃいそうだから」
『そう。でもあたしには何でも話してね。同じ悩みを持つもの同士なんだから』
「うん……ありがとう……」
少しだけ、なんて嘘だ。
今、すごく眠い……。
「あれ……? わたし、何で……」
『眠い?』
眠れそう?
優しい声が髪を撫でてくれているかのような感覚を与えてくれる。
夜に眠れる? わたしが?
「ん……分かんない……」
そう答えたのは、最後のひとかけらの強がりだ。
『……おやすみ』
ひつじさんの声は最後まで優しかった。
意識が遠のく中、通話の切れる音を聞いた気がした。
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