福音の風を帆に

ミヤフジ

第1話 始まり


 0と1の信号で形作られた、エメラルドグリーンに染まった美しい電子の海を重さ数千トンはあるだろう木造の巨体は乗り越える様に切り裂いていく。重く、叩き切るように切り裂かれたエメラルドグリーンの海はその姿を白く泡立てた波へとその姿を変え、風と共に飛び散った波しぶきの一部が生ぬるく俺の頬を撫でた。

 船乗りにとって心地良い追い風をその帆で一身に受け、快調に海原を走るこの木造の巨体を右へ左へと自由に動かすための舵輪に手を宛がいながら、俺は一時の満足感とともに小さく後ろを振り替える。

 巨体が引く白い航跡の、その更に遠い水平線近くに見える沈みかけのボロボロの帆船。マストは半ばから折れ、割れた船板の切れ端が海面に漂い、何処かに火が付いたのだろうモクモクと黒煙を黒いわだつみのように空まで昇らせている、今しがた俺たちが襲撃した荒くれ者ども海賊船の成れの果て。


 その海賊船だったモノを横目に、俺は電子で構成された自分の体を触る。潮風によってがさついた自身の肌を触った感触も、潮風のあの独特の香りも口に入った海水のしょっぱさも…………何もかもが本物と見分けがつかないほど精巧に出来ている。


 そう、此処は広大な0と1の電子の宇宙インターネットに存在する小さな惑星『New World Online』。全く持って安直で何の捻りも無い、無難で愛嬌のかけらも無い。だが、そんなゲームタイトルとは裏腹に自己学習型AIを搭載したNPCなど多くの最新技術を実装した、今日本で一番人気といってもいいフルダイブ型VRMMORPGゲームの中の世界。



「いやあ、今回も大戦果でしたね提督!これなら女王陛下もきっとお喜びになると思いますよ!」



「そんなことよりさっさと適針トリム合わせろ。今週中に母港のポートマースに帰るぞ。」



「アイ・サー!進路をポートマースに合わせます!」



 全身で喜びを表しながら、俺にそう話しかけてくるNPCの船員の1人を軽くあしらいつつ、俺は母港へと帰還する為にそう指示を出した。まったく……俺はのんびりとこのゲームを楽しむはずだったのにどうしてこんなことになってしまったのか。

 いつの間にかNPCたちからは重要な役職を任されるわ、他のプレイヤーからは『海賊提督』や『星の開拓者』などと不本意ながらそんな二つ名で呼ばれるわ。



「はぁ…………今日も良い風だ。」



 ああ…………そう言えば初めてこのゲームの世界に降り立ったあの日も、今日と同じ様に分厚い雲が空を覆い広がった曇天の空模様だったな。

 溜息とともについつい俺はこのゲームをやり始めた当時に思いを馳せてしまった。もし、ゲームを始めたばかりの俺に今の状況を話し語ったとしても、全く信じはしないないだろう。きっと鼻で笑われながら否定する姿が容易に想像できてしまい、俺は小さく笑ってしまった。







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